第18話 お外へ

 翌朝。

 俺は教会の人間を連れ立って病院へ行った。そして小夜に問う。

「このまま病院に居て俺が見舞いに来るのと、俺が小夜を外へ連れて行って一ヶ月に一回病院に来るの――どっちがいい?」

「けんじとおそと!」

「……へへ、あんがとよ」

 そこから教会の人間に退院の手続きや、病室を空っぽにする荷物持ち、運転手をやって貰った。小夜関係の一式は、とりあえず教会の俺の部屋へ運ばせる。俺は小夜の私物が無くなった病室を見て「なるべくここには帰りたくねぇな」と願うだけだ。


 そのあと俺は、感染防止の透明なマスクをした小夜を教会の車に乗せた。子供服などを売っている店へ行きたい。なにしろ小夜は病院から貸して貰った前開きのパジャマみたいな物と下着、上履きしか持っていなかった。

店に着き、なるべく小夜に触れないようサイズを測ると、服が百三十センチ、靴が二十一センチという数値。俺は小夜に似合いそうで、脱ぎ着が簡単な物を選びながら、これ以上育ってくれるなと願った。


 服を買い終わったら昼を過ぎており、小夜が空腹を訴えたので教会へ戻ろうとしたのだけれど――小夜はじーっと目の前にある、ファストフード店を見つめている。テラス席の客が楽しそうなので自分も、と思ったのだろう。または二百年前の小夜がよく食べていたので、嗜好が残っているとも考えられた。

(今朝まで病院のメシを食ってた人間が、昼メシに生まれて初めてのハンバーガーってどうなんだ? 腹壊すんじゃねぇの? ここはじっくり、教会で病院食から家庭レベルに持って行って――って、おい!)

 気づけば小夜が空いているテラス席に陣取り、にこにこしている。完全に期待の眼差しと言うやつだ。

(やべぇ……なんか今の小夜でも食えるモンがあればいいんだが……)

 俺が悩みつつ店内に入ってみると、チビッ子用低刺激とかアレルギー除去とか色々選べるセットがあった。これだったら小夜も大丈夫そうだ。俺はチビッ子用低刺激のセットを選び、小夜が待つテラス席に戻った。量的にはかなり少ないが、これで我慢して貰おう。

「待たせたな」

「ううん、へいき! ……わあー!」

 小夜がチビッ子セットで喜んでいる。紙に包まれたハンバーガーの食べ方が判らないようだったので、半分だけ剥いてやった。小夜はすぐにパクつき、無言でむしゃむしゃ食っている。これは美味いという証拠だろう。なので俺も声を掛けず、小夜が食べる様を見守った。

(ああ、初めてのハンバーガーなのに口の周りが綺麗だわ。保育士と俺で躾したから、拭う必要も無い……ちょいと泣ける)

 この、いちいち感激してしまうのは、一体何なんだろうか。涙が出てくるから、俺は表面上、誤魔化す術を身に着けたほうがいい。

「ごちそうさま!」

 俺がそんな事を考えている間に、小夜がチビッ子セットを食べ終わる。少し付け合せのポテトフライが残っていたので、本当に腹いっぱいなのだ。小夜の食は他の子供に比べて細いと言える。それに対しては安心している俺が居た。何せ育ち過ぎると面倒な事になるからだ。かと言って、小夜の背が伸びない程の食事制限なんかは、あの小屋での生活振りを見ている俺には出来そうも無かった。もし小夜が「もっと食べたい」と泣きじゃくれば俺は与えてしまう筈だ。人工臓器に賭ける事になっても。

 人混みに小夜が中てられても困るな、と考え、そこから先は車に乗せて教会へ連れて行く。小夜は車窓からの景色を楽しむこともなく、すうすう寝ていた。疲れたのだろう。しかし教会に着くと目を覚まし、室内へ入れば瞳をきらきらさせる。

「なんか面白いモンがあるか?」

「いろがたくさんのガラス、きれい」

「ああ、ありゃステンドグラスってんだ。教会の定番だぞ」

「これも! これもたのしい! あしがむぎゅむぎゅする!」

「絨毯な。確かに病室の床はつるつるだ」

 ひとしきり教会の中を楽しんだ小夜を連れ、俺は自室へ戻った。そこでも物珍しそうな小夜が、机の上の高価そうな照明をいじったり、ぼふっとベッドへ横になって天井画を見たり。ちっとも落ち着かない。

 俺は小夜に「これは危ないから触ったらダメ」などと伝え、自分の端末を出す。

「さて、二人でどこに行くか……まずは国内か。海も山も見たことねぇもんなー」

 そこで思いだしたのだが、国内とはいえ俺だって二百年後の世界を知らない。だから小夜を案内できる自信も無く、旅行代理店を使う事にした。現地のガイドを付けて貰って、宿も良さそうな所を取ったらいい。移動手段はなるべく小夜の負担が少ない乗り物を。食い物にも拘ろう。少し物入りな旅行になるが、バチカンから渡された金が山ほどあるので心配ない。でもまぁまずは、小夜を外の世界に慣らさなければ。いきなりあっちこっちに連れ回したら疲れてしまう。


 俺は小夜が平気そうになるまで教会での生活を続ける事にした。以前にも『この少女を救うのが~』と言ってあるから、話は上手いこと進む。

 小夜と俺は最初こそ自室でメシを食っていたが、そのうち他のヤツらともその時間を過ごすようになった。お付きの信者がメチャクチャ喜んでいたが、やはり存在したメシの時の祈りは面倒くさい。しかし小夜は集団生活などをした事が無いので、沢山の人間が居ても大丈夫なようにしなければ。例えば観光地のレストランに入った時、遊園地の待機列などに並ぶ時、夏の海――などなどで、いきなり驚かれても困る。最悪はフラッシュバックだ。


 このフラッシュバックだが、教会で早速起こしていた。何の事は無い、信者がつまづいて目の前に居た小夜に掴まっただけなのだが――あの時みたいに様子がおかしくなって、ずうっとその場で苦しんでいた。これに関し、俺が出来る事は何も無い。何せ一番最初にフラッシュバックを起こさせた原因は俺だから、例えば「発作中に声を掛けると悪化してしまう」などの心配もある。

(そういえば、こういう時にどうしたらいいのか医師に聞いてなかったな。次の通院で聞くか)

 俺はずっと小夜を見守り、苦しみ疲れて眠ってしまってから、なるべく線の細い信者を選んで部屋へ運んで貰った。その際、広めのベッドは小夜へ渡す。入院中ずっとベッドを使っていたし、その方が慣れているだろう。俺は絨毯の上に布団を敷く生活になった。

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