第10話 聴罪
自室に戻った俺はベッドで大の字になり、無駄にキラキラした天井を見上げた。シャンデリアとまでは行かないけれど、ガラスがふんだんに使われた照明で、天井自体には宗教画が浮かんでいる。綺麗な絵だとは思うが、大して造詣も深くないし「へー、生きてるみたいに描かれててすげぇな」で終了だ。
そこに、ノックの音が響いた。応答してみればお付きの信者が入室してきた訳だが、現在の時刻は午後三時。晩メシには早いし、大人なのでオヤツも要らない。何の用かと思っていたところ『ゆるしの秘跡』とかいうのを頼まれた。
(そんなモン頼まれてもなぁ……コイツら信者には当然の事かもしれねぇが、なんだぁ『ゆるしの秘跡』って……まったく判らねぇ)
この身体は武器の扱いこそ長けていても、そういうしきたりには滅法弱いようだ。俺は自然な感じを装い信者から事情徴収。それによると『ゆるしの秘跡』は神父の中でも頑張ったやつ――聴罪司祭が、洗礼後に罪を犯したカトリック教徒に対し、神の代行でゆるしてやる儀式らしい。そこで俺は何となく理解した。
(ああ、この身体は聴罪司祭じゃねぇんだ。エクソシストで『異教徒殲滅部隊』ってのは頭に流れ込んで来てるから間違いねーが……)
つまり俺が、その『ゆるしの秘跡』をやったら、ゆるされたい信者の気持ちは大惨事になる。なので断ったのだけれど、現在ここの教会の聴罪司祭が出張中だそうで。しかも赦されたい信者はかなり切迫している状態らしい。
(まぁ仕方ねーか……聴罪司祭級って思わせといた方が、便利だったりするかもしれねぇし)
俺はこの教会の作法を聞く振りで『ゆるしの秘跡』の手順を探る。それによれば、相手の顔が見えない部屋に入って、洗礼済み信者の反省文に相槌を打ち、最後は『父と子と聖霊の御名によって。アーメン』と祈ればいいようだ。どこかで聞いたことがあると思ったら『In nomine Patris, et Filii, et Spiritus Sancti. Amen.』と同じ意味。またコイツの使い道が増えた。全くの偶然だったが、俺は何と便利な一文を覚えてしまったのか。
まぁともかく俺は信者に連れられ、礼拝堂の奥へ向かった。「さ、こちらへ」と言われて入った室内はかなり狭く、分厚そうなつい立てのある細長いテーブルと椅子しか無い。ただつい立てにはちょっとした穴が空いていて、そこから人間の気配が漂っていた。はぁはぁと荒い息も聞こえたし、確かに切迫しているらしい。
それは良いとして、先ほどから俺のバリア破りがうるさいのでスイッチを切った。相手はポータブルを持ち歩いているようだ。いきなりバリアを破られ、おののくような雰囲気も漏れている。
バリア破りに関してはちょっと問題があると思い、俺が本場の人間だから神の力でバリアを破れると誤魔化し、ついでに日本の作法はよく判らない旨を伝えた。これで俺はかなり気楽になる。あとは余所行きの喋りをするだけだ。
「あなたは今、『ゆるしの秘跡』を望みますか? しばらくすれば、この教会の聴罪司祭が戻りますけれど」
「い、一向に構いません……! むしろ、最新のバリアすら破るその御力に感謝します……!」
声からして『ゆるしの秘跡』を請う信者は、かなり年配の男だった。俺は信者が話すよう水を向ける。
「本日はどうなさいました?」
「わ、私はさいたま市という場所でヤクザの大親分のような事をしております」
これを聞き、俺の表情がピキッと引きつった。しかし内容に興味があったので、先を促す。信者は余程焦っているのか、ぺらぺらと喋りだした。
「先日、さいたま市の組織が二つ、たった一人の男に綺麗さっぱり壊滅させられました。あとは私の組織とその傘下を残すのみです。既に傘下の幹部も数名殺されております」
この幹部というのは、俺の通り道でうろうろしていたポータブル持ちの事だろう。思わぬ脅しになっていたようで、俺の口端が上がった。
自称ヤクザの大親分は、尚も続ける。
「お聞きください……二つの組織を壊滅させたその男は、主に仕える服を身に纏っていたらしく……私にもお告げが来たと思ったのです――悔い改めよと」
「そうかもしれませんね。教徒である貴方に、最後の機会をくださったのでは?」
「はい……はい……! もう、この仕事は終わりにして真っ当に働き、日曜のミサには必ず来ます……!」
ズビッと大親分が泣き出したので、俺は落ち着くまで待った。
(いやー、随分と大物が釣れたモンだな。小夜とは直接関係無さそうだし、殺さんでもいいか。さーて、コイツをどう利用すっかなぁ……)
こんな事を考えている間に大親分が泣き止んだので、コホンと咳払い。俺はなるべく威厳がある声を出してみた。
「主はおっしゃっている。貴方がさいたま市から去っても、また新しい悪魔が現れると」
「そっ、そうですね……! ではさいたま市を見回り、二度とヤクザみたいな組織が出来ないようにしたいと思います! 蓄財はたっぷりございますので、私が生きている内は平和かと……! 実はこの蓄財を、寄付させていただこうと思っていたのですが……!」
「いやいや、その蓄財でさいたま市を発展させるがよい。土地を買い、ミジン……いや、ゾウリム――もとい、悪魔に見初められた者を土木工事者として雇い、働きに応じた富を分け与え、二度と荒れたさいたま市にしないよう気をつけとけ。特に鈴谷とその周辺。マンションを多めに建てること。この辺りの指揮は人望のあるアンタがやれ」
いかん、だんだん俺の喋りが酷くなっている。化けの皮が剥がれたという感じか。幸い、相手は気づいていないようなので、こうなったら早く終わらせるしかない。
「えー、さいたま市に人が戻り経済活動が始まったら、土地持ちのアンタには金が舞い込んでくる。それで得た金は綺麗な金だから、寄付したけりゃその中から生活に困らねぇ分だけするんだ。生活に困るとヤクザな暮らしが恋しくなるからな。あと、二代目は世襲制じゃなくて、アンタの仕事を引き継ぐ能力がある奴にしろ。解ったか?」
「くぅーっ! 主はなんと素晴らしき……!」
「ほれ、一緒に祈るぞ。父と子と聖霊の御名によって。アーメン」
「父と子と聖霊の御名によって。アーメン」
「おまけだ。In nomine Patris, et Filii, et Spiritus Sancti. Amen.大変だと思うが頑張れよ。他に言いたい事はあるか?」
「いえ、ありがとうございました……!」
ガタ、と椅子から立ち上がる音がしたので俺は安堵する。相手と顔を合わせるのも何だしと思いしばらく待っていたら、涙を流すお付きの信者が現れた。どうしたのかと尋ねたところ、あの狭い部屋から出てきた大親分が神に対し必死で祈っていたらしく、その様子に心打たれたと言う。
「本当に貴方様は奇跡の存在なのだと実感させられます……! 内容を聞くのは禁忌ですが、一体どのような『ゆるしの秘跡』を行えば、人はあれほどに祈れるのか……!」
「そりゃあ秘密だなぁ」
「はい、心得ております……!」
面倒なので一切の話をしなかったところ、何だか知らんが俺の『ゆるしの秘跡』は評判になり、聴罪司祭が出張から帰るまで次々に信者が来るという状態に陥った。信者が話してくる秘密の内容は薬物乱用、タヌキとの交通事故、不倫に浮気、町内会の側溝掃除や犬の散歩をサボッたなど多岐に渡る。俺は病院を勧めたり、出会い頭はしょーがねぇだろと慰めたり、時間の無駄だから別れとけと言ったり、次の機会には頑張っとけと励ましたり――普通の事を答えるだけだ。そして最後にお祈り。信者は皆スッキリした様子で帰っていく。この狭い場所は愚痴聞き部屋と改名した方がいい。
でもまぁ、お陰さまで暇つぶしになった。『ゆるしの秘跡』と小夜関係の読書で、ふと気づけば二日が過ぎていて、明日は小夜の見舞いに行ける日だ。予定通り、花でも買って行ってやろうと思う。黒のクレヨンしか使わない小夜に、なるべく綺麗な花を。俺は「小夜のヤツ、すげぇ回復してんじゃねーの?」と期待しながら眠りに就く。
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