異世界転生の敗北者は追放生活を謳歌中〜最弱と思われていたスキル『土下座』はどうやら強敵にのみ最強なようです。世界の崩壊?クラスメイトへの復讐?そんなものは後回しで結構。実力を隠してのんびり生活します〜
不愉快な朝の日
第1話 異世界転生の敗北者
俺の名前は泉 薫いずみ かおる、現在高校2年生をやっている。
生まれてこのかたずっとぼっちで、最近まで不登校気味だったが、出席日数の為だけに登校している。
そして今日は修学旅行、こんな学生の青春を飾るようなイベントになんて通常なら絶対に行かないが、修学旅行の行き先が沖縄だったので、好奇心には抗えず来てしまった。
1時間ほど前に沖縄に着いて、今はバスで移動中である。
「なあ、夜中抜け出そうぜ、絶対夜の海とか綺麗だもんなぁ」
バスの隣の席の男が話しかけてくる。
こいつの名前は 中田 剛なかた ごう、俺が唯一会話できる友達で、剛といういかにも強そうな名前をしているが、実際は貧弱な、名前負けしている悲しい奴だ。
「一緒に抜け出してくれる彼女でも作ったらどうだ。俺は面倒な事になりそうだからパスで」
「相変わらずやる気のない奴だなぁ」
バスの前の席に座る俺たちを差し置いて、後ろではクラスメイトの男女がイチャイチャしている。
剛はその様子を羨ましそうな目で眺めていた。
「あーあ、俺も彼女の一人でも欲しいもんだぜ」
「そうか、頑張ってくれ。これで飯のおかずが一つ増えるな」
「玉砕する事前提なのかよ!」
「まあな。で、誰を狙ってるんだ?」
「雨霧あまぎりさんだよ、あの子スッゲェ優しいし、めっちゃタイプなんだよなぁ」
剛が言っている雨霧とは、雨霧 時雨あまぎり しぐれという人物の事で、誰にでも優しく、クラスの人気だ。
実際スタイルも良く、黒髪のポニーテールがとても可愛い。そんな彼女の彼氏の座を目指して、我こそはと沢山のイケメン共が告白したが、その全てが玉砕しており、未だに独り身なのだ。
なので、剛のように『彼女は俺の運命の人だ!』なんて妄想を現実にまで連れ込んでいる人以外は、彼女を狙う奴なんていないのが現状だ。
ちなみに俺の幼馴染でもある。が、それはもう過去の話で、最近ではほとんどしゃべらない。
「にしてもこのバス、どこに向かってんだ?」
「そんなの知らねえよ。ホテルにでも向かってんじゃねえのか」
「ふーん、じゃあ寝るから着いたら起こしてくれ」
「分かった」
俺がポケットからアイマスクを取り出し、目に付けようとしたその時、ドンっと急ブレーキを踏む音が聞こえると、バスが急停車した。
なんだなんだと、クラスメイト全員が動揺するが、急停車しただけだと理解しすぐに騒ぎ始める。
(……妙だな)
バスが急停車した場所は、信号のない坂道の途中で、しかも周りには自動車どころか人間が一人もいない。ならば、なぜこんな場所に止まったのだろうか?
明るい光を放つ太陽は次第に真っ黒な雨雲に呑まれていき、激しい豪雨が降り始める。
その後すぐに雷が何度も鳴り響く。バスが停車して1分も経たない内にである。
次第にクラスメイト達もこの違和感に気づいたのだろう。窓の外を見て、観光スケジュールが崩れてしまうと嘆き始める。
「なあカオル、これなんかおかしくないか?」
「ああ、そうかもな」
この時点ではただの偶然の重なりだと思っていた。
だが、たまたま視界に入った運転席を見て、考えが一変する。
そう、さっきまでいたはずの運転手がいなくなっていたのだ。まるで神隠しにでも遭遇したのかのように、運転席は帽子だけが置かれて空席だった。
そして、先頭の席に座っていた教員もいない事に気づいた。
「……おい、運転手がいないぞ!それに、きょ、教師達もいない」
誰かが震えながらそう言うと、生徒達が叫び出し、バスから降りようとする。少なからず身の危険を察知したのだろう。
だが、扉はおろか窓も開かなかった。
「楽しくなってきたねぇ。退屈な旅行かと思ったが、まさかこんな幸運が訪れるなんて」
バスの一番後ろの席に座る異常者、水井 仁みずい じんが言った。
水井仁は、学校中の誰もが知っている問題児で、俺とは違うタイプのぼっちだ。
ルックスが整ってる事もあり、一定数のファンがいるが、本人は心底どうでもいいと思ってる。なんとも罪深い男だ。
「はあっ?何言ってんだよお前、これ絶対ヤバイシチュエーションじゃねえか」
「ふん、少なくとも君達のくだらない日常を見ているよりはマシだろうなあ。そうは思わないかい?」
「ああん!ふざけてんじゃねえぞ」
クラスのリーダー格の男が、仁に襲い掛かろうとした。その時、バスの下の地面に魔法陣が浮かび上がってきた。
魔法陣は、ちょうどバスを覆うくらいの大きさをしており、様々な色が混合して光り輝いている。
「……もしかして、異世界転移ってやつか?」
誰かがそう言うと、クラスメイト達は愕然とし、悲鳴を上げた。日ごろ騒いでるだけあって、中々いい響き声だった。頭に響くから鬱陶しいが、余裕のない姿を見るのは少し楽しかった。
「ヤダァぁ!マァンマァ!!助けてヨォ」
「私達が何したって言うの!ねぇ!」
異世界なんかに行きたくない、そう熱心に叫ぶクラスメイト達の声は届かず、光り輝く魔法陣に吸い込まれていった。
―――――
「うっ、くっ、ここは……どこだ?」
目を覚ますと、俺達は真っ黒な空間にいた。周りにはクラスメイト達が転がっている。どうやら気絶しているようだ。
俺に続き、他のクラスメイト達も続々と目覚める。
『おはようございます、皆様。そしてようこそ死後の世界へ』
クラスメイト全員が目覚めたと思われる頃に、地面から魔法陣が浮かび上がると同時に美しい少女が魔法陣から姿を現す。
身長だけで言えば高校生くらいだと思われるが、神々しい金色の髪に、美しい容姿に華々しい、だけどどこか控えめな格好はこの世界の住人ではないかのようだった。
「死後の世界ってどういう事なんだい?君が勝手に僕達を召喚しただけではないだろうか?」
他のクラスメイト達が混乱で頭が追いつかない中、仁が少女に向かって質問する。
『その通りです。しかし、貴方達のバスはあの後すぐに事故に遭い、全員死ぬ運命にありました。だからチャンスを与えたのです』
少女はゆったりとした口調で話した。
「チャンス?何だそれは」
『貴方達には異世界に転移して異世界を救ってもらいたいのです』
「無力な人間に何ができるのか知りたいものだね。周りを見るといい、未だに集団幻覚と思ってる阿呆共ばかりだ」
仁はこのクラスの中でも、最も底の見えない人物だが、スペックが高いという事は分かっている。その仁が自分自身を異世界では無力と称したのだ。なら、当然俺達にも何もできまい。
『まず、異世界の事を説明しましょう。異世界は元々平和でした。しかし、ある国のある予言者が3年後に世界が滅ぶと予言したのです。事実、その通りの運命下にあり、3年後に現れる悪魔の王の暴走によって世界は滅亡してしまいます。人々は世界のどこかにいる悪魔の王を探し、討伐しようとしました。するとそれを察したのでしょう。悪魔の配下達が世に現れ、人々を襲い始めたのです。……そんな世界であなた方には3年以内に悪魔の王を倒して欲しいのです。勿論タダでとは言いません。特殊な能力や武器を与えてあげましょう。そして、見事悪魔の王を倒した一人には、元の世界に帰る権利を与えます』
「一人!たったの一人だけなのか!?」
リーダー格の生徒が叫んだ。
一人しか帰れないというのは、異世界になんて行きたくないと考えているクラスメイト達からしたら死の宣告みたいなものだろう。
『はい、一人のみです。勿論断って天国に行く事もできます。ですがその場合、元の世界に帰れる可能性はゼロです。転生して受精卵からやり直してください』
「……あんた、一体何者なんだ!?何々だよ!!」
『神です。幸福の神レナと申します』
「あ、あんた神なんだろ!なら自分でその悪魔とやらを倒しに行けばいいじゃねえか!」
『神にも事情があるのです。だからあなた方に頼んでいます。あと、勘違いしないで欲しいですね。貴方達は死ぬ運命にあった、そして死んだ。そしてチャンスが与えられている。自分の状況をよく考えてから発言してくださいね』
「チッ、そんなの机上の空論だろうが!」
『そう言うならお見せしましょう』
幸運の神はそう言うと、指をパチンと鳴らした。その直後、俺達全員の脳裏に映像が流れた。それは、俺達が乗っていたバスが、突然現れた動物を避けようとして脱線し、ガードレールを突っ切って海に落下する映像。
そしてこの映像が、神の言ってる本来あるべきだった運命だと察した。
「お分かりいただけたでしょうか?」
「ああ!分かったよ!」
リーダー格の男は、神に論破されて黙ってしまった。
元々プライドの高い男だったので、そのプライドが傷ついてしまったのだろう、実に滑稽だ。
「今から皆んなに聞く、異世界に行くか行かないか。まずは異世界に行かない奴、手を挙げてくれ」
リーダー格の男がそう言うが、誰一人として手を挙げない。皆んな神の言い分に納得したのだろう。
『どうやらお話も終わったみたいですし、特殊な能力、武器についての話をしましょう。今からあなた方の脳内に40の特殊能力、武器に関する情報を入れます。その中から好きなものを選んで私に言ってください。早い者勝ちですよ。では、転送』
神がそう言うと、俺の脳内に40の特殊能力、武器の情報が流れ込んでくる。
魔剣や伝説の盾、ハーレムや魔王の称号まで沢山ある。
だが、俺達クラスメイトの数は41人、一人余ってしまう。
一人余ってしまうから話し合いをしようとでも思ったのか、皆んなが沈黙する中、一つ声が響いた。
「僕はこの『服従』でお願いするよ」
沈黙を破ったのは仁だった。そして、一人が沈黙を破ると、続いて一人、また一人と己の欲を優先し始める。
『分かりました。それでは異世界に行ってらっしゃいませ』
神がそう言うと、仁の足元に魔法陣が出現し、その光に包まれ、仁が消えた。異世界に召喚されたのだろう。
「じゃ、じゃあ俺はハーレムだ!」
「俺は魔剣!」
「私はヒーラーで!」
仁に続き、次々とクラスメイト達が異世界に召喚される。
そして、1分も経たないうちに残りは二人となった。
残ったのは俺と雨霧の二人だった。残り一枠になっても彼女は特殊能力を叫ぼうとはしなかった。
「早く選んだ方がいいんじゃないか?」
「うん、私はいいの。だからカオル、残りの一枠で異世界に行って」
「いや、残ったのは『癒し』の能力だけ、こんなのあってもなくても変わらないだろ。てか、俺のキャラに合わない。だから早く行け」
「でも、そしたらカオルは何の能力もない状態で危険な世界に送り込まれるんだよ!そんなの絶対ダメだよ!」
雨霧が必死な様子でそう訴えた。懐かしい。昔もこんな風に喧嘩してたな。
「いいから行けって!こんな状況下でも他人の事を心配してんじゃねえ!」
「……か、カオル」
「昔からお前のそんな所が嫌いだったんだよ!お前はもっと自分の心配をしろよ!」
「……分かった。カオルがそこまで言うなら、『癒し』を私にください」
『分かりました。では異世界に行ってらっしゃいませ』
「異世界むこうで私がカオルを守るから、だから安心して来てね」
最後にそう言い残して、雨霧は異世界へと去っていった。
さて、俺が何で能力を譲ったのか疑問に思っただろう。その理由は簡単、主人公補正だ!最後に残った残念な奴には最強な能力を与えちゃう……的なイベントがあるからだ。これ、異世界放流モノのテンプレなり!
「さあ神、一つ最強な力が残ってるんだろ!早く渡せよ。出し惜しみとかいいからさあ」
『ぷっ!そんなのある訳ないでしょ。まさか、そんな展開期待して、最後まで残ってたのバカみたい、ププププ!はぁ、面白い』
俺が最強能力を要求すると、神はお腹を抱えて笑い始めた。さっきまでの真面目で神々しいキャラは一体どこに行ったんだか。
「ていうか、キャラ変わってない?」
『当たり前でしょ、だって神々しいオーラ出しとけばなんか雰囲気でどうにかなるし』
「お前、何が幸運の神だ!呼称詐欺だぞ!嘲笑いの神じゃねえか」
『実はね、私は罰を犯して幸運の神から反転して不幸の神に格下げされちゃったのよ。だから先輩にこんな雑用やらされてたんだけど、とんだバカを発見したわぁ!ふープスプス!』
俺は今にも神を殴りたくなってしまった。いや、殴ろうか。うん、そうしよう。
俺は数は前進して、神に近づく。
『分かったわよ、可哀想だから神の加護をあげるわ。私の能力を直々にね!まあ、不幸の加護なんだけどね、ふープスプス』
「死後の世界で女を殴る事になるとは思わなかったな」
俺は指をパキパキならして殴る準備をした。
『あー、そんな大声出さないで!上にいる先輩に聞こえちゃうでしょ。これ以上罰を犯したら、私ヤバイから』
「おい待てよ。そもそもの話、特殊能力を一つ準備し忘れたのも罰なんじゃないのか?」
『あー、それねー。本当は予備も含めて45個先輩から貰ってたんだけど、5個異世界で売っちゃったのよねー。お金足りなくって。まぁ、貴方には不幸の加護があるからいいよねぇ』
「すみませーん!こちらの不幸の後輩が、特殊能力売ってましたよ。先ぱーーーーい!」
俺は天井に向かって大声で叫んだ。特殊能力が無いことを適当に嘘ついて切り抜ければよかったものを正直に話すなんて、この神はおバカなようだ。
『あーーーん!なんだってぇぇぇーーーーー!おいレナァァァァァーーー、それは本当カァーーー!』
俺が叫んだ直後、上から別の声が響いた。そして、真っ黒な天井に魔法陣が浮かび上がり、そこから女性が降りてくる。
『ヒィーーーー!せ、先ぱーーーい!?』
不幸の神がブルブルと震えている事から、この女性がその先輩なのだとわかる。
不幸の神と同じく美しい容姿の神で、紅い髪を腰あたりまで伸ばした肉食って感じの女性だった。
先輩は降りると、ゆっくりと不幸の神の方へと向かっていった。
『なあレナぁ、お前が降格して、現世に飛ばされて、泣いて頼み込んできたからこっちに戻してやったんだけどなァァァァァーーー!私の仕事手伝わせて欲しいって言ったのお前だろうがァァァァァーーーー!』
先輩が怒鳴ると、ものすごい暴風が発生した。今にも飛ばされそうな所をどうにか床にしがみつき、何とか飛ばされずに済んだ。
(というか、こいつまるで先輩に雑用やらされているかのように語っていたが、自主的にやってたのかよ)
『悪いなにいちゃん。特殊能力が無いんだってな。うーん、そうだな不幸の神こいつを連れて行くので、手を打ってくねぇか、頼む!』
先輩は、不幸の神の襟を掴んで持ち上げ、俺の前までやってくると、頭を下げてお願いした。
『嫌だわ、こんな奴と一緒に異世界なんて!』
『うっせえ!テメェが悪いんだろうガァーーー!』
涙目でブルブル震える不幸の神の姿はまさに肉食動物に怯える少食動物のようで、見ていてスカッとした。
「じゃあ、それでいいです。たくさん利用方法はあるみたいだしな」
『本当か!ありがとうなにいちゃん』
『イヤーーーーーー!!』
『じゃっ、送るぜ』
先輩はそう言って、不幸の神を投げ飛ばすと、即座に魔法陣を出現させた。
『お前が悪魔の王を倒したこっちに戻してやるよ。それか、現世で徳を詰んで信仰されるような神になるかだ』
『やだ、やだ、絶対にイーーヤーーーー!!というか、そんなの無理に決まってんじゃん!』
不幸の神は魔法陣から抜け出そうとするが、見えない壁が不幸の神を囲んでいる。
「それじゃあ異世界を楽しもうか、不幸の神さんやぁ」
『イーーヤーーーーー!!』
不幸の神の悲鳴を最後に俺達は異世界へと飛ばされた。
こうして、俺の退屈はぶち壊されたのである。
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