君の生き様が牙を剥く

藍ねず

前編


若干の拷問表現があります


――――――――――――――――――――


「リリー、リリー。素敵な朝よ、起きてる?」


 木製の扉が軽快にノックされる朝。一人で住んでいるこじんまりとした小屋にはよく響く音で、私の手は殻ごと卵を握り潰した。美味しい朝食を作る予定だったのに。


 返事をしなければノックは続く。寄り添うような音は鳥肌を立てさせ、長袖の上から何度も腕を擦った。


「リリー」


「はい、聖女様、起きています」


 渋々返事をして扉を開ければ、甘栗色の髪と白いヴェールを身につけた女性――我が国の聖女様が笑顔の花を咲かせる。


 私はドアノブを握りしめ、恭しく頭を下げた。


「そんな堅苦しくしないで? はい、これ。焼きたてのパンとトマトのジュースを頂いたの。お野菜もあるわ。受け取って?」


 布のかけられたバスケットごと手渡され、私は意識して口角を上げる。バスケットからは香ばしいパンの匂いが漂い、トマトジュースの濃い赤色が覗いていた。瑞々しい果実にも劣らぬ野菜たちは朝の採れたて、収穫一番なのだろう。


「朝の巡礼、お疲れ様です。有難く頂戴いたします」


「ありがとう。美味しい物をたくさん食べなくてはね、リリーは特に」


 聖女様の美しい手が私の髪を撫でる。じんわりと移る体温は私の鳥肌を加速させ、朝日よりも輝く女性に眩暈がした。


「今日もお仕事、頑張りましょうね」


 美しく優しい聖女様。誰にでも分け隔てなく、森の外れに住む私にも施しを下さる。


「私は、何があってもリリーの味方だから」


 細められた金の瞳は癒しの象徴。我が国に安寧をもたらす神の御使い。それが選ばれた女性、神聖なる聖女様。


 私はバスケットの隙間に爪を立て、聖女様の背後に現れた鈍色の甲冑に目を細めた。


「ありがとうございます。聖女様」


 あぁ、今日もくそったれな一日が始まるな。


 ***


 人の血を作るには兎にも角にも食べることが重要だ。


 肉を食べて血を濃くし、野菜や魚も食べることで栄養が偏らないように。油の取りすぎは毒。鮮やかすぎても駄目。適度な濃さと量を保つ為には、健康的な食事が一番。


 だが最悪な話、バランスの取れた食事を胃に入れさえすれば体の一部になるので良しとする考えもある訳で。


「まぁ、かわいい小鳥たち」


「聖女様のお優しい声に動物も集まるのですよ」


 鈴やかな聖女の声に兵士が笑う。窓際に座り、ベランダに集まる小鳥に聖女は微笑んでいるようだ。


 かく言う私は手足を鉄の椅子に縛り付けられ、口は開口用猿輪がはめられた。閉じることを許されない口には透明な漏斗が固定され、今しがた穏やかに聖女を褒めた兵士に肩や頭も押さえつけられる。


「いい天気ね。今日も国の為、民の為に身を粉にするわ」


「素晴らしいです、聖女様」


 黒と白のメイド服を着た女は微笑んで聖女に頷き、私の隣で台に上がる。かと思えば、液体状にした食べ物を慣れた様子で漏斗に流し込んだ。


 私の喉にドロドロとした食事が否応なしに流れ込んでくる。こちらの嚥下を無視した速度に喉はついていけず、何度もえずくことで流し込みが止まった。私の酷い声が部屋に響く。


「でも最近、少し疲れも感じてしまって……駄目ね、もっと頑張らなくては」


「そんなことはありません」


「聖女様は頑張りすぎなのですよ」


 目の縁に涙を溜めた私が、食事を呑み込むのを兵士もメイドも待っている。意識は聖女に向け、日頃から頑張る聖女を称えているくせに。


 私が痙攣しそうな喉を奮い立たせて液体を飲めば、再び食事が始まった。


 どれだけ手足が暴れても食事は止まらない。私はこんな食事しか許されていない。


 ふやけたパンの欠片。微かに残った野菜の皮。食材の味をメチャクチャにまとめたトマトジュース。


 上を向いているので吐きたくても吐けない。引きつる喉は飲み込む動作しか求められなくて、いっそこのまま気絶したいと思ったのは初めてではない。


 国の中央に建つ立派な城。私の小屋から離れた桃源郷。煌びやかな城内の奥の一つ。


 白い調度品で飾られた部屋には私の汚い嗚咽と椅子が軋む音が響き、目は湯だって溶けるのではないかと錯覚するほどの熱を溜めた。


 毎朝、毎日、嫌になる。私はあの辺ぴな小屋で一人静かに暮らしていたいのに。


 毎朝、毎日、死にたくなる。聖女様の挨拶を皮きりに、私を連行する兵士達からナイフを奪える日は来るだろうか。


 アイツらの目の前で首を搔っ切って死んでやりたい。舌を噛み切って野垂れ死にたい。


 でも駄目だ、ここには聖女がいる。


 みんなに愛され、みんなに優しいともてはやされる、聖女様がいるのだから。


 私が気絶しようが死にかけようが彼女の奇跡が救ってしまう。私の死ぬ道を輝かしい光が砕いてしまう。


 今日の朝食を飲み切った私の口から漏斗が抜かれた。胃の許容量ギリギリの食事に吐き気が込み上げたが、素早く皮ベルトで口を塞がれたので出せもしない。


 暴挙に涙を垂れ流し、鼻から漏れた液体を吹き捨てる。詰まった鼻では呼吸が浅く、動悸を落ち着けるにはいつも時間を要するのだ。


 無様に泣く私の前に、汚れ知らずの聖女がやってくる。


 微笑む彼女は私の髪を温かな手で撫で、女神の如く微笑んだ。


「ねぇ聞いてリリー、私この前の仕事、頑張ったのよ」


 息の荒い私に対し、聖女はいつも自分の話をする。聖女として敬われる昼間は常に誰かの話を聞く御身分だから、こうした朝に自分の話をしなくては気が済まないのだろう。


「魔獣が出たという森に行った時は本当に骨が折れたわ。でも兵士の誰も死なせなくて本当に良かったと思ってるの」


 キラキラ輝く聖女様。その華奢な体では到底背負いきれない激務の中に立ち、国の為、民の為に粉骨砕身。


「先日は助けた青年から花束を貰ったの。もちろん嬉しかったわ、彼が元気になったようで。でもねリリー、乙女心からすれば、まともに話したこともない男性からアプローチを受けるのは……ちょっと怖いわよね」


 彼女は私の口からベルトを外す。小刻みに痙攣する腹筋が今にも嘔吐を促しそうだが、努力家な聖女の前でそんな粗相は許されない。そんなことをすれば不敬罪で殴られる。


「昨日は大臣の方々と国の政策についてお話したの。まだ若輩者の私で勤まるかは心配だったけど、みんな優しくしてくれたから乗り越えられそうよ。縁に恵まれるってやはり大切よね」


 私の涙を聖女は拭わない。汚れた口元に見向きもしない。脂汗が滴った髪など気にしない。


 みんなが愛しい聖女様。頑張り屋の聖女様。誰もが貴方の努力を認め、こう言ってくれるでしょう。


「……せぃ、じょ、様は……よく、頑張られていると思います。どうか、ご無理はなさらない、で……ください」


 一言発するごとに胃の中が逆流しそうになる。


 そんな私の言葉に聖女は目を輝かせると、目元を染めて笑ったのだ。


「ありがとうリリー‼ リリーの言葉で私は今日も頑張れるわ‼」


 そうして聖女は部屋から出ていく。兵士もメイドも去っていく。


 残された私は消化が適度に終わるまで椅子に縛り付けられ、床に唾を吐き出した。


 窓の外では小鳥が虫の取り合いをしている。千切れた虫を丸呑みにした小鳥は空へと飛び立ち、平衡感覚を奪う青空に消えた。


 時間が来れば私は椅子から解放され、王と謁見させられる。力の入らない足には逃げないように鎖がつけられた。両手も鎖で繋がれ、引かれ、まるで奴隷のようだろう。


 王様と王妃様、王子様たち、聖女様の前にひざまずいた私は両腕を前に引かれた。


 額を床に擦り付けて、引かれた両手は前に伸びきった。猫が伸びをする形の未完成形態だ。


「さぁ、それでは今日も占おう」


 渋い王の声を合図に肩が震える。私の声を奪う布で口を覆われた。


 あぁ、さっさと終わらせてくれ。


 私の願いなんて誰も聞きはしない。暴れる自由も奪われて、体力も既に底をつきそうで、重たくなった腹が邪魔。


 金属音が聞こえた時、私の手の甲を冷たい鋼が突き刺した。


 冷たさを追いかけるように熱さが全身を駆け巡り、数多の血管が斬り捨てられた。


 悲鳴は布に吸われて涙が出る。何度やられても慣れはしない。慣れる前に殺してくれ。


 望んだところで私を救う神はいない。神は聖女の味方だ。だから私は今日も死ねず、手の甲から溢れる己の血液を見つめるのだ。


 艶やかに膨らむ血液は、流れ落ちずに溜まっていく。その光景に最初の問いを投げるのは王様だ。


「隣国が我が国を侵略しようとしている噂は本当か」


 威厳ある声に私の血が呼応する。


 膨らむ赤は重力に反抗し、上に向かって雫を落とす。


 歪んで切り離された血液ははばたく為の羽根を持ち、深紅のコウモリへと変貌した。


 小さな頭に三角の耳。体を覆える翼を広げて、目も鼻もないコウモリに。


 開かれるのは、小さく裂けた口。


 《真実 真実》


 膜を通したような高い声が王に答え、国のトップは嘆かわし気に額を揉む。


 血で出来たコウモリは二言三言返事をすれば気化して消えた。


 そうすれば、次の質問。問いの嵐。誰も彼もが口を開く。王様の次は第一王子、王妃様。第二王子に、第三王子も、順々に。


「どのような対策を立てるべきか」


 《物資 止める 物資 止める》


「こちらが先に仕掛けるべきでは?」


 《評判 落ちる 反感 反感》


「国内に内通者はいないのかしら」


 《婦人 婦人 フォフスマス婦人》


 コウモリは抑揚なく答えていく。私の体で作られた血液が、私が知りもしないことを喋って消える。国の安定の為、安全の為。王家が知りたい大きな話、人が知りたい小さな話。


「ワールズ御令嬢とスナット御令嬢、僕のパートナーに相応しいのは?」


 《スナット御令嬢 スナット御令嬢》


「やったぁ、やっぱりね~」


「次だ、森の魔物は全て殺していいよな?」


 《反対 反対 反対》


「なに?」


 馬鹿やめとめよ。


 血気盛んな第三王子が苛立ったのが伝わる。数秒後には私の横腹が蹴り上げられ、汚れた涙が絨毯を汚した。


「なぜ駄目なのか理解出来んが?」


 《理不尽 理不尽》


「なぜ肯定しない」


 《エゴ エゴ エゴイスト》


 第三王子が深紅のコウモリを斬り付ける。気化する前のコウモリは刃に液体として付着し、止まらない血液からコウモリは飛び立ち続けた。


 《けだもの けだもの》


 《良き魔物あり 良き魔物あり》


 《力量差あり 力量差あり》


 《干渉しない 問題ない 問題ない》


 私が蹴られるごとに血管が圧迫されてコウモリの量が増える。「おやめ」と王子をなだめたのは王様だったが、それは茶番が過ぎたからだろう。王家のみな皆様はお忙しいから時間が惜しい。


 痛む体に顔を歪めた私は、凛と背筋を伸ばしている聖女を見上げた。彼女の目は明後日の方を向き、王子たちに微笑み、王様と王妃様には恭しい会釈を。


「それでは最後に私から。本日も、我が国の民は平和に過ごせますか?」


 《一応 平和 平和》


「それは良かった」


 聞こえなかったのか、一応ってついたぞ聖女様。


 鎖を緩められた私は引きずられ、止まらない血からはコウモリが湧いた。


 《痛い 痛い》


 《つらい つらい つらい》


 《死にたい 消えたい》


 《痛い 痛い 痛い》


 私が飲んだ言葉がコウモリとして飛び上がり、王達の前で霧散する。赤い霧は天井に吸い込まれ、私の目尻から涙が落ちた。


 《痛い 痛い もうやめて》


 《苦しい 苦しい 苦しい》


 《見て 見て ちゃんと見て》


 《酷い人 酷い人 酷い人》


 私の姿を誰も見ない。コウモリの声を誰も聞かない。己は勝手に問うくせに、こちらの発信は拾わない図太さよ。


 自分の見たい物しか見ない聖なる人々。自分にとって面倒なことは無視して進み、自分の興味は齧って歩き、自分に良い言葉しか必要としない。


 私はなんとか手の甲を押さえ、コウモリが飛ばないように力を込めた。震える足で立ち上がれば鎖の音と共に医務室へ連れていかれる。


 そこにいるのは細身の男医。鎖を外された私は彼の前に座り、斬られた手の治療をされるのだ。


「お勤めご苦労様」


 気の良さそうな医者はいつも私を労って手当てをする。ガーゼに滲んだ血痕からコウモリが生まれることはなく、私の背中は醜く丸まった。


「ありがとうございます」


「いいんだよ。今日も少し休んでいくといい」


 促されるのは部屋の奥にある簡易ベッド。仕切りの白いカーテンを閉められた私は、そこで初めて体の力を抜いた。


 これが毎日、朝から昼にかけてのルーティーン。


 血液がコウモリになる私の強制的な日課。


 自分の血がおかしいことには幼い頃から気づいていた。


 両親がいない私は、森の小屋に住む血のつながりのない老女――お婆ちゃんに育てられた。名前もお婆ちゃんがつけてくれた。無口な良い人だった。大好きだった。


 自分の血がおかしいと気づいたのは、幼い頃のこと。転んだ膝からぷっくりと盛り上がった血液がコウモリとなって羽ばたいたのだ。傷口から這い出た血が集まり、固まり、形を得て飛び上がる。血で出来たコウモリは数秒浮遊すると必ず弾けた。その体から少ない言葉を発する為に。


 《痛い 痛い》


 私はじくじくと傷口周辺に広がる痛みより、異変に意識を奪われた。傷口から飛び上がった血の塊は小さなサイズで、私はその姿が「コウモリ」であると後に学んだ。


 飛び上がった血のコウモリは瞬きの間に弾け消える。飛散した血液を全て霧に変えて、蒸発するように。


 《痛い》


 私は高い音を聞き取り、膝から溢れる血が足を伝うことはなかった。血液は再び集まりコウモリとなって飛んだから。かと思えばやはり弾けて消えたから。


 《痛い 痛い》《痛い》《痛い 痛い》


 弾ける瞬間に聞こえる声。それがコウモリの声だと頭が理解した時、体は硬直した。セメントで固められたように指先一つ動かすことが出来なくなったのだ。


 そんな私を見つけたお婆ちゃんは、慌てることなく教えてくれた。


『誰にも言ってはいけないよ』


 だから私は誰にも言わなかった。お婆ちゃんが実践して見せてくれたが、一般的に血液はコウモリにならないし、重量のままに流れるものらしい。


 私は約束を守って自分のおかしな体について口外していなかった。だが薬草を売りに街に出た時、たまたま魔術師がいて、私はたまたま薬草を包んでいた紙で指先を切ってしまったのだ。


 《痛い 痛い》


 零れるコウモリを慌てて霧散させたが時すでに遅し。名前も知らない魔術師は私を指さすなり「先導の血脈か‼」などと訳の分からないことを言い出したのだ。


 それはどうやら先読みが出来るコウモリを血液から発生させる希少な人間のことらしく、私は警備兵に捕まって城に連行された。


 着いてきた魔術師曰く、私は痛みに強く、健康的な体であればより精度の高いコウモリを出せるだの云云かんぬん。王様から「よくぞ気づいた」などと褒美の品を貰った魔術師は気づけばいなくなり、体質を暴露された私は王族と聖女様の「相談係」となったのだ。


『おやめください、おやめください! この子は普通の子でございます!』


『お婆ちゃん!!』


『リリー!!』


 城に連れて行かれる私を止めたお婆ちゃんは、その場で反逆罪として首を刎ねられた。


『いやだッ!!』


 号泣する私のことなど誰も気にも留めなかった。お婆ちゃんが作った血溜まりを兵士が踏んだ。聖女様は神々しい祈りを死体に施した。王様たちにとって、一人の老女の死など微々たる事柄であった。


 だから彼らは問うのだ。


 国に災いが起きないか。

 縁談はどの者と進めるべきか。

 魔物討伐に行く日取りは。

 お茶会に呼ばない方がいい家紋はあるか。

 大臣は誰がいい。政策は、催しは、晩餐会の招待者は。


 どうでもいい質問に答える為だけに私は斬られた。最初は何度も激しく抵抗し、結果的に今の奴隷スタイルが確立してしまった。そのストレスのせいで痩せれば健康的な体にしなくてはいけないというお触れの元、健康的な食事を流し込まれる流れに発展。どうして普通に食べさせてくれないのかと思ったが、漏斗を初めて口にぶっこまれた時に気づいた。


 ここに私を人間扱いしている者はいない。私は不気味な血液コウモリの入れ物に過ぎないのだ。


 だからとりあえず、栄養を取らせておけばいいだろう。元より出自も不明な下々の身分。それが城に入ることすら異例なのだ。聖女様でもあるまいし。


 だから私の為に食事を皿に盛る時間は惜しく、流し込むことで効率化しやがった。こんなの家畜以下の扱いではないかと思ったが、それは家畜に失礼な気もしたのでドロドロの食べ物と共に飲み込んだ。


 逃げ出そうとすれば、聖女様の奇跡の力が察知して兵士がやってくる。私はどこにも逃げられない。だがこんな生活がずっと続くのも耐えられない。


 疲労と緊張で眠っていた私は、医務室に誰かが入ってくる音で目覚めた。最近は眠りも浅くて不健康まっしぐらだ。食事だけで人間は健康でいられるのかね。それこそコウモリに確認するべきだ。


 カーテン越しの雰囲気で分かる。やって来たのは、聖女様だ。


「リリーの様子はいかがですか?」


「疲れ切っている様子で、今は眠っていますよ」


「そうですか……」


 姿を見なくても聖女様の憂いがひしひしと伝わってくる。医者は「そう暗い顔をされないでください」とやんわり口にし、聖女様が頷いた気がした。


「私は一体どうすればいいのでしょうか。彼女の為に何か出来ないかといつも考えているのですが」


「それはまた寛大なお心。して、聖女様は彼女の一体どんな部分に気を揉まれているのですか?」


 艶やかに息を吐いた聖女様に鳥肌が立つ。医者が彼女の肩を撫でている気がして、私はシーツを握り締めた。


……兵士の方やお城におられる方はもっとお強いですのに、リリーは……リリーはどうすれば、強くなってくれるのでしょうか」


 医者が慰めを込めて「聖女様が気に病まれることではないですよ」と告げている。


 哀れみを含んだ聖女が「ですが、」と首を横に振る。


 聖なる女性は、低い物腰で言っていた。



「なんと……


 感嘆した医者の声。聖女様は何度も何度も謙遜する。


 私はシーツを握る手から力を抜き、再び流れ始めた涙を拭わなかった。


 私はどこまで、惨めになれば許されるんだろう。

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