第103話 進撃の魔王軍
——ヒューメニア近郊。エリュシア草原東部。
ナルガイン、イリアス、ザビーネは兵士達を率い攻撃を仕掛けていた。
「
巻き起こる螺旋がヒューメニア兵達を絡め取り、一瞬にして肉塊へと変える。
暴風の如く巻き起こる螺旋が敵陣に風穴を開ける。
「兵士達はナル姉様へ続くのじゃ!」
イリアスの声と共に無数の兵士達が突撃する。それに合わせ、彼女は攻撃上昇呪文「
「なんだ!? なぜ魔王軍の部隊に攻撃が通らない!」
ヒューメニア兵士達が魔王軍の攻勢に恐れを抱く。
「す、すごいですぅ……私は後で見ててい、いいですよねイリアス様?」
「なーにを言っておるのじゃ! 広範囲攻撃こそお主の見せ場じゃろ!
イリアスが
そして、ゆっくりと顔を上げた彼女は邪悪な笑みを浮かべた。
「クカカ……なんだよ。アタシに暴れさせていいのかぁ?」
「それがお主の役割じゃからの。ナル姉様は中央を突破した。お主は敵側面から挟撃をかけるのじゃ」
「役割ぃ? 知らねぇな」
「
突然。ザビーネが苦しみの声を上げる。
「ぐ、あ……頭が……」
「お主に拒否権は無い。早くいかぬか」
ザビーネの苦しみの声が止む。その痛みに彼女は改めて実感した。「魔王の血族の者には逆らえない」と。
「……ちっ」
ザビーネが翼を広げ舞い上がる。
疾風のように戦場を突き抜けた彼女は、着地と同時に背負った大剣を引き抜いた。
「仕方ねぇ! せめてアタシを気持ち良くさせろよ雑魚どもが!」
鈍く光る大剣を薙ぎ払いながら、彼女は
「
瞬間。空間が歪む。その空間に飲み込まれた者達は、未だ己の体に何が起こったのかを理解していなかった。
「ハーピー兵がいるぞ!」
「ああ! 分かっ——」
1人の兵士が叫ぶ。しかし、彼の声に反応する声は途中でかき消えてしまう。
彼が振り返った先の兵士達は、時を止めたようにピタリと動きを止めていた。
「おいどうした!? 敵が目の前に……」
彼が言いかけた時、無数の仲間達が死んでいく。身体は真横に切断され、ゆっくりと上半身がずり落ちていく。
「う、うあああああああ!?」
逃げ出そとした彼の前に、ザビーネが立ち塞がる。
「クカカカ。どうだぁ? テメェだけ生き残った気分はよぉ?」
「ひつ……!? た、助け……」
「んな訳ねぇだろ」
ザビーネがフワリと舞い上がり、兵士の両肩を強靭な
「い"っ!?」
「いい声で鳴いてくれよなぁ! せっかく残してやったんだからよぉ!!」
ザビーネが高速回転し、兵士の上半身を捩じ切っていく。
「あ、あ"ああ"ああああ"あああああっ!?」
「カカカカカカカカカカカカカカカっ!!」
回転して空へと舞い上がるザビーネが血の雨を降らせる。
陣形の中にポカリと開いた空間。
そこに降り注ぐ血の雨。
それは、ヒューメニア兵達の心を折るには十分過ぎる光景だった。
◇◇◇
最前線のその先。敵陣の中央ではナルガインがヒューメニアの傘下へと入った者達……海竜人の国、メリーコーブ兵士達を蹂躙していた。
「
ナルガインが投げた槍が幾人もの海竜人を貫いていく。その終着点、大地へと突き刺さった槍が膨大な砂塵を巻き上げる。その突風がさらに多くの兵士達を死へと引き
「死ねぇナルガイン!」
「貰ったああああ!!」
ナルガインへと挟撃をかける2人の兵士。武器を手放してなお、漆黒の鎧は堂々たるオーラを放っていた。
「オレも有名になったもんだな」
突き出された2本の槍が、彼女の両手に弾かれ虚しく空を切る。
「なんだと!?」
「素手でっ!?」
驚愕の表情を浮かべた兵士達は、顔面を掴まれ大地へと叩きつけられた。
「がぁああっ!」
「お……お……」
その威力は凄まじく、轟音と共に一撃で2人の命は奪われた。
漆黒のフルヘルムが赤い光を放つ。その威圧感が兵士達へ攻撃を
そんな中、1人の戦士が彼女へと向かっていく。
「その鎧! その赤い光! 遂に見つけたぞナルガイン!!」
巨大な水の刃がナルガインへ向かう。
「……そのサイズ。通常の
ナルガインが敵兵士の槍を蹴り上げ
「
放たれた真空の刃が水の刃へと直撃し、対消滅する。
「
海竜人戦士が放った突きを、ナルガインが受け止める。強烈な威力を持つ一撃は周囲の大地へ深い亀裂を刻み込んだ。
「お前……何者だ?」
「メリコーブのベリウス。貴様に殺されたガイウスは俺の弟……仇を討たせてもらう!!」
ベリウスが放つ槍をナルガインが紙一重で交わす。直撃こそしなかったものの、彼女の
「ずっと探していた。ガイウスを
「復讐か」
ナルガインが
「ヴェドグラ!!」
ベリウスが聖槍ヴェドグラを大地へと突き刺すと、突如大地から水が噴き上がる。その水圧がナルガインの螺旋を打ち消した。
「何?」
「貰ったああああ!」
ベリウスがナルガインの胴体へと向け、槍を突き上げる。
「
聖槍ヴェドグラがナルガインの鎧を深々と突き刺す。
「まだだ!! ヴェドグラの力はこんなものでは無い!」
ベリウスの叫びに呼応するようにナルガインの鎧に激流が流し込まれる。
「死ねえええええ!!」
ナルガインの鎧の継ぎ目から水が溢れ出す。異様なまでに膨れ上がった漆黒の鎧はやがて破裂するように
「はぁ……はぁ……やったぞ……これで……」
しかし、ベリウスの予想を裏切るように
彼女は、後ろに束ねた長い金髪を
「この特異な能力……ヴィダルの言っていた聖槍ヴェドグラか」
「……っ!? やはり、一筋縄でいかないか……だが! 次は仕留めてみせる!!」
ベリウスが槍を構える。
それを迎え討つようにナルガインは槍を構えた。
「今の一撃で分かった。お前はオレに勝つことはできない」
「ほざけぇ!!
ベリウスが叫び技を放つ。聖槍が発生させた水の刃を
「
ナルガインの放つ螺旋が、龍の姿となり水の刃へと向かっていく。
「それが貴様の限界だと知っているぞ!! ヴェドグラぁ!!」
ベリウスが叫ぶと聖槍が輝きを放ち、さらに巨大となった激流がナルガインの龍を飲み込んでいく。
「今度こそ終わりだ!」
その激流が龍を食い尽くそうとした刹那。
ナルガインが叫んだ。
「イリアス!!」
ベリウスにとって、それは一見意味の無い言葉に聞こえた。
しかし、その視線の先に少女を見る。海竜人の少女を。メリコーブから消えた巫女の姿を。
「な、なんだと……? 巫女が……」
「
攻撃向上魔法と共に少女の身体が光を帯びる。
そして。
そして……。
その手には
「ナル姉様!!」
イリアスがナルガインの槍を放つ。身体強化された少女が放った槍は空中で加速し、真っ直ぐ激流に飲み込まれんとする龍へ向かう。
ナルガインが槍を掴み、
「
直後、飲み込まれそうな龍の中から新たな龍が現れた。
「な、なんだと!? そんな技は……」
2頭の龍が螺旋の軌跡を描く、自らを飲み込もうとした激流を食らいながら。
ベリウスの手からヴェドグラが弾き飛ばされる。
「ぐああああああああああああ!?」
その皮膚は引きちぎられ、肉体はバラバラに吹き飛ばされる。
そして……頭部の一部が大地へと落ちた。
だが、もう助からぬと悟ってなお、ベリウスの視界は生きていた。何故か意識は残っていた。
彼の胸の内に残るのは弟の仇を取れなかった悔しさ。
しかし。
その視線の先には無邪気に笑う巫女がいた。
メリコーブでは道具として一生を終えるはずの巫女が。
その巫女がナルガインを姉と慕っている。
……。
消えゆく意識の中、ベリウスは……。
弟の仇、ナルガイン・ウェイブスを理解することだけはできた。
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