閑話

第84話 デモニカとライズロット

 デモニカへ聖大剣グラムの伝説を伝えた所、ホークウッド村へと再びおもむくこととなった。



「こらぁラスハ! 修理しとるのじゃぞ!? 斧で壁ぶっ壊してどうするのじゃ!?」


「すみませ〜ん!」

「全くラスハはさぁ……」

「ダルクも、よそに気を取られず早く運ぶのだぞ」


 村ではイリアスが側近や部隊の者達と復興に勤しんでいた。


「イリアス張り切ってるねぇ〜」


 レオリアが獣耳を小刻みに動かす。


「子供達が待っておるのじゃ! 頼れる姉貴分として頑張らねばのぅ!」


 子供達は皆イリアスの2〜3歳下。これはイリアスのカリスマ性を磨く機会となるかもしれないな。


 そんな様子を眺めていると、デモニカが南の洞窟へと向かおうとしているのが視界に入る。



 デモニカ? なぜ1人で……。


 

 無性に不安になり、彼女の背中を追いかけた。


「ヴィダルか。其方そなた達は村で待っているが良い」


「俺も連れて行ってくれないか?」


「……悪いが我1人で行かせてもらう」


 そのまま立ち去ろうとするデモニカを引き止めたい一心でその腕を掴んだ。


「頼む」


 彼女は振り返らないまま答えた。


「今日はやけに聞き分けが悪いな」


「悲しそうなデモニカを1人にはしておけない」


「我が、悲しそうだと?」


「ああ。何がとは言えないが。俺は魔王軍の知将として……いや、貴方の部下として、行きたいんだ。一緒に」


 自分の意思を伝えるように手に力を込める。


「俺にも、デモニカの背負う物に触れさせて欲しい。決して無理に聞き出そうなどとは思わない。だから……頼む」


 無言の時間が続く。しかし、俺が何を言っても引かないと分かると彼女は肩をすくめた。


「……仕方ない。ついて来るが良い」


 主人からの許可を得て、俺は洞窟へと向かった。



◇◇◇


「ここが聖大剣グラムが供養されていたという洞窟か」


 デモニカは辺りを見回すと、洞窟の裏手の方へと歩いていく。その先には小高い丘。そして、その中央には小さな石碑が佇んでいた。


 デモニカと共に石碑へと近付く。


そこには「ハーピオンの勇者ライズロット、ここに眠る」と刻まれていた。


「ライズロット。本来のグラムの使い手か」


「見晴らしの良い場所が好きな娘だったからな。あるいは……と思ったがやはりここに眠っていたか」


「知り合いだったのか?」


「……」


 言いたく無い……か。


 無理に聞き出しはしないと言ってはいたが、ここまでかたくなだとこたえるな。


「ライズロットは……」


 デモニカは石碑を撫でながらゆっくりと話し始めた。


「思慮深く、何よりも優しい娘だった。討伐に行ったモンスターを殺めることができず、ボロボロになりながら手なづけたりしていた」


 これは……デモニカの過去の話、か。


「ライズロットとはどんな関係だったんだ?」


「バイス、ライズロット、グランダル、そしてアドラー。全て我の信頼を置いた者達だった」


「だった?」


「4人は、魔神竜封印の為に我を騙し……殺した。ふふふ……突き刺された剣の感触。今でも忘れはしない」


 彼女がその腹部を撫でる。


「魔神に勝てぬと諦めた愚か者共、いや、もしかしたら他の思惑もあったのかも知れぬ」


「貴方が殺されたとは信じられないのだが」


「抵抗はした。全力でな。その場にいた兵士達を何人殺めたかも分からぬ。だが、あの4人は……1人しか・・・・道連れ・・・・にできなかった。あの時の我はまだ……」


 まだ? 過去のデモニカは今とは違ったのだろうか?


「まぁいい……我は負けた。それが真実」


 デモニカが伸ばした手を取り、彼女を立ち上がらせる。


「だが、今思い返せばライズロッドだけは涙を流していた。彼女なりに思う所があったのかも知れぬ。今となっては知るよしも無いが」


 ルドヴィック・フォン・バイスを討った時、デモニカは明らかな怒りを見せていた。それは彼女が古の過去で裏切られたことから来たものだった……。


 それを彼女の時代の「バイス」の子孫であるルドヴィックへ向けた……そういうことか。


「ヴィダル。ライズロットの子孫は?」


「ハーピオンのバアルが子孫にあたる。しかし、彼女は既にザビーネが討った」


「そうか……」


 デモニカの顔は悲しみを携えていた。


 信頼した仲間から裏切られた過去……。



 俺に。



 彼女の為に俺ができることは。



 



 彼女の瞳を見据え、ゆっくりと告げた。



 俺の持つ「魔法名」を。



精神拘束メンタル・バインド



 俺の瞳から光の鎖が伸び、それがデモニカの瞳へと繋がれる。


「……何のつもりだ?」


 彼女の両眼が鋭さを増す。仲間の裏切りに思い馳せている場での俺の行動。このような顔をさせてしまっても仕方がない。


 だが……だけど……。


 俺の心を救ってくれたデモニカ。


 我があるじよ。


 俺は……今の俺は過去の4人とは違う。


 皆、支配者達に使われ、虐げられてきた者達ばかり。俺もその1人。


 そんな俺に、俺達に貴方は名をくれた。必要だと言ってくれた。


 だから……。


「俺は、デモニカ・ヴェスタスローズを絶対に裏切らない」


 俺の言葉に呼応して、光の鎖が眩さを増していく。俺の脳に命令が刻み込まれていく。


「……自分が何をしているのか分かっているのか?」


「分かっている。俺にとって貴方への忠誠が全て。俺を見出し、必要としてくれた貴方だからこそ俺は尽くしたい」


「我が貴様の理想を捻じ曲げるかもしれんぞ?」


「貴方は俺に誓ってくれた。俺の理想を果たしてくれると。だから、そのようなことはしないと信じている」


 やがて眩い光は消え、鎖は跡形もなく消え去った。


 光が消えた後に見えた彼女の顔は、見たことのある物だった。


 それは俺が初めて彼女へ忠誠を誓った時の顔。


 魔王としての貫禄ある表情ではなく、無垢な少女のような……恐らく、本来の彼女が抱いていたであろう顔。


 それはゆっくりと俺の知る魔王としての彼女へと戻っていった。


其方そなたがそれほど愚かだったとは……」


「貴方の為なら愚か者にでもなる。俺だけじゃない。血族の者は皆同じ思いのはずだ。ザビーネは……まだ分からないが」


「……ふふ。其方がそこまでしてくれたこと、我は……嬉しく思う」



 デモニカがそう言った時、風が吹いた。



「そろそろ村へ戻るか。の所へ」



 デモニカが村へと歩いていく。長い髪を揺らしながら。



 その髪を揺らすそよ風は、彼女のことを想う誰かが吹かせたのかもしれない。

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