第78話 神殺しの大剣 ーザビーネー

 洞窟の奥に安置された神殺しの大剣「グラム」を手に取る。


 古代文字が刻まれ、所々白い装飾が施された美しい刀身。振るだけで分かる宿った力。これさえあれば……。


「軽い。これほどまでに扱い易い大剣は手にしたことが無い」


 外に出て、グラムを構える。


「伝説では、一振りで山を消し飛ばしたという」


 狙いは、目の前にそびえる山々。


 構えを取り、意識を集中させる。


 頼むぜ。それなりにリスクを冒して手に入れたんだ。ハーピオンの伝説が嘘でないこと、証明してくれよ。


 一歩を踏み出し、大剣を薙ぎ払う。


絶空斬ぜっくうざん!!」


 薙ぎ払われた刀身に続くように、一瞬空間が歪む。


「い、今……目の前がズレたような気が……」


 部下達が口々にを口にする。


 ……うるせぇよ。凡人共は黙って見てろ。


 その直後。


 山脈が轟音を立てながら地滑りを起こしていく。グラムの太刀筋に合わせるように、山は2つに切断された。


「や、山が!? これが……神殺しの大剣の力……」


「よし! 本物だっ!!」


 喜びのあまりデカい声を出してしまう。不思議そうに俺を見る部下を睨み付けた。


「す、すみません……」


 部下達が気まずそうに目を逸らす。


 ……。


 ククク。やはり。この力さえあれば、成せるぞ。


 ハーピオン序列1位に上がる為の唯一の方法。



 女王バアルへ決闘を挑み、勝つことが。



 過去全ての挑戦者を見て来たからこそ分かる。女王バアルと通常のハーピーには圧倒的なまでの戦闘力の差がある。それは生まれの違い。血筋の違い。ハーピー族の勇者ライズロッドの血を引くあの女にはまず勝てる者はいない。


 そこで考えた。


 ライズロッドの使った武器……神殺しの大剣グラムの伝説が本当ならば、あの女王を殺せるのではないか? と。それからアタシはずっと剣の在処ありか、その伝説を調べていたんだ。いつか来るチャンスを逃さぬ為に。


 そして、魔神竜の復活により伝説は真実であると知った。大剣グラムには魔神竜封印の為に生贄となった神の力が宿っている。


「この力を操れば……勝てる」


 リイゼルは序列2位にいながら女王にこうべを垂れることを選んだ。女王に挑めるのは2位の者達しかいないのに、だ。


 アタシは違う。アタシはこのチャンスを物にしてみせる。


 バアルのスカした顔を歪ませてやるぜ。



◇◇◇


 ハーピオンに戻り、しきたりにのっとり女王へと決闘を申し込んだ。王座に座った女王は、怒りとも哀れみとも着かない表情でアタシを見下ろした。


 その翌日。


 女王の座をかけた決闘が行われることとなった。


 場所は……今は使われていない闘技場。



 石造りの円状の建物には、ハーピー達がひしめき合い、この勝負の行方を見守っていた。



 闘技場へと入り周囲を見回していると、バアルがゆっくりと舞い降りた。



「欲望の強い貴方ならいつか女王に挑むとは思っていましたが、序列2位に上がってすぐとは。出世させて上げた私の意思をもっと尊重して欲しいものですね」


「アンタの意思じゃねぇ。リイゼルの失態でアタシは上がったんだよ」


「減らず口を。最後に言っておきたいことは?」


「そのスカした態度、偉ぶった口調、絶対の自信。全てが気に入らねぇんだよ糞アマが」


「……殺す。無礼者め」


 バアルの雰囲気が変わる。その手に煌びやかなロングソードを構える。生前ライズロッドが使ったという一振り。並の武器なら叩き折られてもおかしくない。


 だが……。


「このグラムなら、その上をいくぜ」


 大剣を背中に担ぐように構え、女王の一撃に身構える。


 女王の速度は神速を超える。それを超える為には大剣奥義スキルを放つしかない。



 一撃で仕留めてみせる。



 ヒリヒリとした緊張感の中、決闘開始を伝える笛が鳴り響いた。


蒼龍破斬そうりゅうはざんっ!!」


 バアルの懐に飛び込み、大剣を振るう。


「死ねぇぇぇバアルっ!!」


 しかし。


 剣に手ごたえが無い。


「なんだと!?」


 次の瞬間。頭をバアルの脚……鉤爪で掴まれる感覚が走った。


「その程度で私に勝てるとでも思いましたか?」


 そのまま、体にフワリと浮遊感が漂う。視界が反転し、投げ飛ばされたことだけは理解できた。


「これで終わりです」


 視界の奥からとてつもない速度へと加速したバアルが飛び込んで来る。


「うおああああああああっ!?」


閃光雷鳴斬せんこうらいめいざん


 バアルの剣が雷光の軌跡を描き、アタシの首を狙う。


「死ぬかよぉ!!」


 咄嗟にグラムを盾にし、バアルの剣技を防ぐ。


「何?」


 武器ごと斬り伏せようと放った剣技が防がれたことでヤツの顔に疑問が浮かぶ。


 その隙を突いてヤツを蹴り飛ばし、地面へと着地した。


「私の剣技を受け止めるほどの業物……その大剣、どこで手に入れたのですか?」


「カカッ。分かんねぇのか? お前の先祖が封印した、神殺しの大剣だよ」


「……貴様」


 バアルの目がアタシを見据えた瞬間。恐ろしいまでのプレッシャーが背筋を伝う。


「誰の許可を得て我が一族の宝に手を出した? その剣の持つ重み、歴史、想い、意味。貴様にそれが分かりますか?」


「分かんねぇよ。これはアタシが王になる為に使わせて貰う!」


「せめて楽に殺してやろうと思いましたが……生まれて来たことを後悔させてから殺してあげましょう!!」



 ヤツが動いたと認識した時には、目の前で技を放つバアルがいた。



神風爪撃斬じんぷうそうげきざん



 その脚の鉤爪かぎづめつるぎから放たれた連撃が、アタシの全身に深い傷を刻みつける。



「ぐ、グゥぅゥゥゥッ!?」



 周囲から歓声が上がる。


 ハーピー達の声。


 女王に挑んだ愚か者をあざける声。



 うるせぇ。



「このまま死ね愚か者!」



 バアルが剣を構える。



「うるせぇんだよ!!」



 全部狙い通りなんだよ。



 怒り狂ったアンタは獲物を痛め付ける。簡単には殺さない。



 全部知っている。



 アタシはアンタに挑んだ者達を見て来たから。



 一撃で殺されさえしなければ……グラムさえあれば……アタシは……。



 全身がズタボロになりながらグラムを構える。


「……っ!?」


 殺気を感じたバアルが後ろへと飛び退いた。



「グラムの力ぁ見誤ったなぁバアル!!」



 驚愕の表情を浮かべる女王へと向け、グラムを全力で振り下ろす。



絶空斬ぜっくうざん!!」



 瞬間。空間が歪んだ。



 バアルが大地へと着地する。


「貴様。何をした?」


 通常なら届かぬ斬撃距離。



 しかし、グラムなら。アタシなら、届く。



「アタシを散々舐めた報いだ。死ね」



「何だ? 体が……おか」



 その言葉を残し、女王の体が



 一瞬の静寂の後、闘技場は悲鳴に包まれる。



「じょ、女王様ああああぁぁぁ!?」

「誰かぁ!? 回復魔法士を呼べぇ!!」

「そ、そんな……」



 カカカッ……気持ちィィ……ぜ。



 先ほどとは声のが違う。



 皆が恐れ慄く声。


 馬鹿にしていた者が王座へと就く絶望。



 その悲鳴が、アタシを讃えてくれる。



 幼き頃からの夢を叶えたんだ。いやしい生まれだと蔑まれて来たアタシが。



「聞けぇ!! 今この瞬間よりハーピオンの女王はこのザビーネ様だ!! 反抗の動きを見せた者は捕えよ! 捕えた者には褒美を与えるぞ!! カカカカカカカカカカカカッ!!」



 権力の匂いに敏感な者達が一斉に動き出す。


 新たな女王の命に従い、反抗的なハーピー達を捕らえていく。



 アタシは女王。



 特別だ。



 力で全てをじ伏せるんだ。



 もう、力のねぇガキじゃ無い。親も兄弟も、いらねぇ。


 いなくたって……アタシは……。



 特別なんだ。


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