第55話 バイス王国の暴君 ールドヴィックー

 ——バイス王国。



 男が兵士に連れられ、私の前に押さえ付けられる。


「これはこれは反抗組織のリーダー様じゃないか。確か……テオだったか?」


「へっ! 王に名前を知られてるとは俺も中々有名になったもんだな!」


「無礼な口を聞くな! 現王ルドヴィック・フォン・バイス様の御前であるぞ!」


 脇に控えていたゼフィルスが双剣をテオに突きつける。


 なおも反抗的な目を向けるテオ。そんな目を向けられると遊びたくなってしまう。


「良い。私が見てみたいと言ったのだ。エルドリッジ。反抗組織の状況は?」


 年老いた老人……主席顧問のエルドリッジが書類に目を通す。


「はい。えぇ……第3区画と第4区画に潜んでいるのを発見致しました」


「と、言うことだ。私達はいつでもお前の仲間達を殺せる。生かして貰っているのを感謝して欲しいものだな」


 仲間の居場所を言い当てられたからなのか、テオが顔を青くする。


「お、俺にどうしろってんだよ!?」


「いやいや。私はただ下々の者が何を考えているのか聞きたいだけだよ? 言ってくれ。お前達は何が不満なんだ?」


「……税を引き上げておいて何言ってやがる!! 仲間達はみんなそのせいで明日も食えない目に遭ってるんだよ!!」


 何を言っているんだコイツは? この国で生きているのなら当然の義務だろう。何をそんなに嫌がるのか?


 まぁしかし……少し乗ってやるか。


「何!? それは本当か!? エルドリッジ。彼らは全人口の何割を占める?」


「ええ……はい。反抗組織の階級層は全人口の2割ほどとなります。はい」


「2割……2割か。それは困った。そうなると残り8割は困ってないことになるが? なぁ? リーダー様」


「お、お前!? 本気で言ってるのかよ!!」


 テオが怒りで暴れる。それをゼフィルスが押さえつけた。


「そうだエルドリッジ。最近凶悪な強盗事件が起きているな?」


「はい。第一区画の家族が殺され、金品を奪われる事件が発生しております。はい」


「では、この男の家族を殺し、反抗組織を犯人にしよう! できるか?」


「……犯行工作、情報操作は容易いでしょう。充分可能です。しかし、なぜそんなことを?」


「彼らの階層と残り8割を分断させる。民共は憂さ晴らしに飢えているからな。ちょど良いだろう」 


 テオの顔を覗き込む。


「どうだ素晴らしい案だろう? 賞賛してくれてもかまわんのだぞ?」


「ふざけるなああああああぁぁぁ!!」


「おぉ! 良い反応だな! よし。ゼフィルス」


「はい」


「話は聞いていたな? 実行犯の選定はお前に任せよう。この男は殺してから家族に引き渡してやれ」


「離せぇクソがぁっ!!」


 テオの抵抗がさらに激しく抵抗する。しかし、押さえつけられた状況を覆すことはできず、その情けない姿に哀れみすら感じた。


「優しいだろう私は? 家族に会えず死ぬ者もいるのだぞ。家族揃ってあの世で過ごせ」


「殺してやる!! 絶対に殺してやるぞルドヴィック!!!」


 ヤツが激しい憎悪を私に向ける。それを挑発するようにテオの顔を覗き込んだ。


「それは素晴らしい! 是非やってみてくれ!」


 ゼフィルスの剣を奪い、その刃先を拘束されたテオの口に咥えさせる。


「ほら、私を殺したいのだろ? 咥えてみろ。その意思が本物なら、手が使えなくても剣で私を貫けるだろ?」


「がぁっ!?」


 しかし、何度押し付けてもテオは剣を上手く咥えられずにいた。次第に彼の口に血が滲んでいく。


「はぁ……なんだその程度のものだったのかお前の意思は。残念だ」


 一瞬、エルドリッジが私を見た気がした。


「なんだ?」


「い、いえ……何もございません。はい」


 視線を哀れなテオへと戻す。いくら喚いた所で力の差は覆せない。それが分からない愚か者だったか。リーダーというから期待していたのだが……。


 なんだか、すっかりテオに興味が無くなってしまった。



「連れて行け」


 兵士達へと命令し、罪人を連れて行く。エルドリッジとゼフィルスもそれに続いて玉座の間から去って行った。



 扉が閉まると、再び静寂が訪れる。




 玉座の間に私1人。




 私の今の行いは正しかったのだろうか?



 ……。



 もっと徹底的にやるべきだったか?



 こう、なんというか人としての尊厳を失わせてから家族に引き合わせた方が劇的だっただろうか? その上で……。



 まぁいい。



 誰もいない空間へと目を向ける。ここからの景色こそが私の得たかったもの。どれほど見ても飽きることは無い。


 兄達は愚かだったのだ。何の努力も無く、疑いも無く王位を継ぐことが必然だと思っていた。



 だからこそ私などに謀殺されるのだ。



 ふふ。私は違う。民だろうが家臣だろうが徹底的に恐怖でコントロールして見せる。誰が絶対的な王なのかを知らしめる。私こそが生まれながらの王。誰もその座を揺るがすことはできない。



 しかし、近頃ふと思う。


 私はこの国の長のままで良いのだろうかと。


 この国の兵力ならば大国とも渡り合える。国としての格も劣ってはいない。太古には、かの大国達と肩を並べていたと聞く。


 もう一度返り咲いてみるか? 私の代で。



 ……。



 いや、謙虚でなければいかんな。野望の為に全てをかけるなど愚か者のすることだ。


 私は国内の地位を盤石にすればいい。それだけを……。



「ルドヴィック様!!」



 エルドリッジが慌てて戻って来た。


「なんだ? お前が慌てるなど珍しいな」


「た、ただいまなる者共から使い魔が届きました」


「使い魔だと? 何用だ?」



「せ、宣戦布告にございます! 暴君ルドヴィック・フォン・バイスを打倒すると……」



 宣戦布告だと? 先王の時代以来か。



「こ、こちらでございます」


 エルドリッジが兵士を呼ぶと、フクロウの顔に鏡が着いたような生物……使い魔を腕に乗せた兵士が入って来た。


「じ、自分の警護地域にこの使い魔が飛んで来たのでございます!」


 使い魔が首を震わせると声を発する。



「我は魔王デモニカ・ヴェスタスローズである。貴様の横暴、圧政……全てを我らは知っている。抑圧された民の解放の為、貴様の首を取らせて貰う」



 この国に密偵を送っていたのか。しかし、なぜ民の解放など……奴らに取って何の得もないだろうに。


 いや、それを理由に国そのものを奪うつもりか!


 ……そうはさせん。この国は私の物だ。


「い、いかが致しましょう?」


 焦るエルドリッジを無視して兵士の顔を見る。


「君。そのロングソードを貸してくれないか?」


「え? は、はい!」


 使い魔を乗せた兵士は腰の鞘を外し、私へと差し出した。


「我が国のロングソード。よく手入れをしているな」


「はい! ありが——」



 剣を抜き、使い魔を叩き斬った。


「あ"ぁぁぁっ!」


 使い魔が真っ二つになる。


 全く。腹の立つ連中だ。私を横暴などと……。


「ルドヴィック様!? な、なんてことを……っ!?」


 エルドリッジが腕を押さえる兵士へと駆け寄った。


「やめろ。それよりも軍へ通達しろ。ギビングとアルトを呼べ」


「は?」


「早くしろ」


「……は、はい!!」


 慌しくエルドリッジが走って行く。


「侵略者か。宣戦布告など、随分コケにされたものだな。そう思わないか兵士君」


「お、思います……」


「はぁ……君などに分かる訳が無いだろう。私の屈辱が」


 腕を抑える兵士の首を剣で跳ね飛ばした。



「ぎっ!?」



 飛ばされた首は、驚愕の表情のまま部屋の隅へと転がっていく。


 魔王軍……聞いたこともない。ヤツらもまた愚か者共だな。


 その愚かさ、思い知らせてやろう。

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