閑話 イリアス育成

第51話 イリアスの教育

 ——イリアスを助け出してから2週間後。


 ルノア村。


 デモニカに呼び出され屋敷へ向かうと、メイドのネリから裏庭にいると教えて貰った。


 屋敷の裏手に回り込む。


 手入れが行き届いたそこは花園のようになっていた。


 中央で花を愛でるデモニカ。色鮮やかな花々に囲まれる禍々しいその姿は、明らかに異彩を放っている。


「魔王が花の手入れとは」


 彼女に声をかけると、その翼がピクリと動く。そして、こちらを振り返ることなくデモニカは答えた。


「民とは花に似ている。強く握れば散ってしまう。水を与えなければ枯れてしまう。害虫からも守ってやらねばならぬ。だから我は花が好きだ」


 ……彼女なりの哲学ということか。


 ふと見ると、一輪だけアオリバナが咲いているのに気が付いた。


「アオリバナ?」


「ネリに頼んで種を蒔いた。一輪だけしか咲かなかったがな」


「匂いが強く野草に近い花だぞ。なぜこんな所に?」


「アオリバナは其方そなたと出会った時に咲いていた。だから手元に置いておきたいと思ったのだ」


 彼女がしゃがみ込み、アオリバナへと手をかざす。なんとなく、彼女の背中が寂しげに見えた。


 しかし彼女が振り返ると、俺の予想とは裏腹にいつも通り威厳のある表情だった。


「ところで。呼び出したのは他でも無い。イリアスの件だ」


「イリアス?」


「あの子を幹部として調整する任を与える。戦闘訓練は終わったのでな」


「デモニカが直接訓練を?」


「あの娘は筋が良い。早々に納得のいく仕上がりになった」


 デモニカが肩をすくめる。


「散々泣かれたがな」


「その割には嬉しそうな顔をしているぞ」


「ふふ。時には幼き者と戯れるのも悪くはない」


 イリアスを幹部に。当然俺もその為にナルガインに協力したのだが、思ったより早かったな。


「分かった。イリアスの教育と彼女の親衛隊の結成を行おう」


「グレンボロウ他、各地より魔王軍の配下となりたいという者達が出ている。その中より選ぶが良い」


「自らか?」


「其方の立案した経済圏構想は思いのほか有用だということだ」


 エルフェリア以外にも恩恵があれば間接統治に対する抵抗は少ないと考えたが、好意にまで発展するとは。


「我は再び外交に戻ろう。各国との条約終結まで後少しだ」


「デモニカにばかり任せて申し訳無い」


「良い。お膳立ては全て其方が整えたのだ。実務ぐらい我が行おう」


 デモニカが俺の頬に手を添える。


「必要とあれば他の血族達も使うが良い」


 彼女が不敵に笑う。周囲の花の香りが鼻腔をくすぐる。その顔を見ていると、俺の頭にふわりとした浮遊感が漂った。


「今回も期待しているぞヴィダル」



◇◇◇


 翌日、イリアスとフィオナを屋敷の一室へと招いた。


「ネリからチラッとは聞いたのじゃが、今日から何をするのじゃ?」


 イリアスが退屈そうにテーブルに突っ伏する。その様子を見てフィオナはため息を吐いた。


「イリアス。今から行うのは貴方への幹部としての教育です。真面目に聞きなさい」


「え〜!? この前までデモニカ様と戦闘ばっかりしておったのにまだ何かやるのかぁ? それにぃ〜教えて貰うならナル姉様に教えて貰いたいのじゃ」


「ナル姉様って……ナルガインと仲が良いのは良いことですが、私達の話もちゃんと」


「嫌じゃ! めんどくさい!」


「クソガキが……っ!?」


 怒り心頭のフィオナを止め、イリアスの目線に合わせてしゃがみ込む。


「な、なんじゃヴィダル」


 たじろぐ彼女に向かって極力優しく話しかけた。


「いいかイリアス? お前は今、幹部として取り立てられる目前にいる。今日から行うのはお前が活躍できる為の知識の共有。それが終われば部下の選定だ。無駄なことでは無い。これをこなし、活躍すれば魔王軍での地位は確かな物となる」


「わ、わらわに部下を?」


「そう。お前の手足となる物達だ。まずは側近となる3名ほどを選定する」


「にゃふふふふふふ……」


 イリアスが急に不気味な笑みを浮かべる。


「子供の身で人を従えるなどやはり妾は天才じゃったか……」


 イリアスがブツブツと独り言を言い始める。


 それを見たフィオナは、ゾッとした顔をして耳打ちして来た。


「良いのですか? 随分調子づかせてしまっておりますが」


「かまわない。自分の居場所、目的地、そして期待。それらがハッキリしないとやる気など起きないからな」


「へ? へぇ〜そうなのですね」


「1番ダメなのは目的もハッキリさせず何かをやらせることだ。それもできない指導者が生徒や部下のことを『やる気が無い』などと言うのは本末転倒。自分が無能と言っているような物だからな」


「き、気を付けます……」


「なぜフィオナがかしこまるんだ?」


「いえ、ちょっと、その、身に染みるなと思いまして……」



 その時、独り言を呟いていたイリアスが机を叩いた。



「そこまで言うのなら仕方ないのじゃ!」



 イリアスが机に飛び乗る。



「任せておけ! 妾はきっと魔王軍最強の幹部となってみせるのじゃあああ!」



 彼女が両手を上げて天を仰ぐ。なんだか大袈裟な気合いの入れ方に思わず吹き出しそうになった。



 イリアスはフィオナを真っ直ぐ指差した。



「そしたらフィオナの上司になってやるかの〜」


 フィオナが額を抑えてため息を吐く。


「ホント、ガキは嫌いです……」



 こうして、イリアスの教育期間が始まった。

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