第50話 闇に抱かれし者イリアス・ウェイブス

 ガイウスを倒した後、ナルガインと共に神殿内部にいた者達を壊滅させた。


「イリアス……イリアス……」


 廃人のようになったイリアスを抱えたナルガイン。レオリアはそんな彼女を励ますように明るい声を上げた。


「ま、その子をデモニカ様に会わせてあげよ? 事情は全部知ってるからさ!」


「俺達はまだ万策尽きた訳じゃない。我らの主君が何ができるのかをお前は身を持って知っているだろう?」


「そう……だったな」


 俺達以外誰もいなくなった神殿で、デモニカの名を告げ移動魔法ブリンクを発動させた。



◇◇◇


 到着した魔王の間には、フィオナと我が主君のデモニカが待っていた。


 デモニカがその玉座から身を乗り出し、俺の眼を見つめる。


「ヴィダル。その幼子おさなごが海竜人の巫女か?」


「ああ……ナルガイン。その子を」


 ナルガインが恐る恐る魔王の元へと歩み寄る。


「デモニカ……様。イリアスは自我を破壊されてしまっている。助けて、貰えないか……? この子が助かるなら、なんだってするから……」


 「自我を破壊された」と聞いたデモニカは顔を曇らせた。そして、鎧の戦士へと向かって手を差し出した。


「その子をこちらへ」



 ナルガインが魔王へと巫女を引き渡す。



 デモニカはイリアスの額に手を当て、目を閉じた。


 その手が薄らと光を放つ。それはイリアスの過去を覗いているように見えた。


「……この娘の生きた道が見える。過酷な人生を受け入れ、諦めにも似た境地に至っていた。この子の存在自体が海竜人の歪みなのかもしれぬ」


 デモニカが優しくイリアスを抱きしめる。


「海竜人の幼子よ。貴様の辛き日々、我ですら胸が痛む。願わくば、この幼子に新たな道を。貴様は今日より我が血族の子。その歩む道は地獄なれど、心向くまま笑える道を」


 デモニカが見開いたままのイリアスの目をそっと閉じさせる。そして、巫女を包み込むように抱きしめながら火を灯した。


 イリアスが青い火に包まれる。しかし、その火は俺達を焼き尽くした物よりもずっと優しげに見えた。



 幼子の周りをユラユラと火が踊る。



 ゆっくりとイリアスの体を焦がしていく。



 そして……。



「貴様の代償は『記憶』辛き日々を捨て、新たな目覚めを」


 デモニカの言葉と共に火が消えた。


「イ、イリアス……」


 ナルガインが心配そうに黒焦げた彼女を見つめる。その身体は鎧を着ていても震えていると分かった。


 黒焦げた表面が崩れ、滑らかな鱗が現れる。整った顔に赤みがかった肌が。



 海竜人の少女がゆっくりと目を開ける。



 幼い顔立ちに俺達と同じ眼をしながら、辺りを見回した。



「あれ? わらわは何故こんな所におるのじゃ?」



「貴様は眠っておったのだ。何も心配せずとも良い」


 デモニカが柔らかな微笑みを浮かべる。彼女の腕に抱かれた少女は、不思議そうに首を傾げた。


「イリアス!」


 ナルガインが巫女の肩に手をかける。


「イリアス! オレだ。覚えていないか……?」


 恐る恐るヘルムを取ったナルガインは、今にも泣きそうな顔で少女を見つめた。


 少女がじっとナルガインを見つめる。



「ん? お主……誰じゃ?」



 ナルガインの顔が哀しみに染まる。



 少女は思い出すようにナルガインの顔を見つめた。



 そして長い長い沈黙の後、急に少女が声を上げた。



「ナル!? ナルではないか! 眼が違うから誰かと思ったぞ!」



 本来の名前を呼ばれたナルガインがイリアスを抱きしめ、声を上げて泣き出した。


「イリアス……っ! オレは……オレは……」


「ちょっと!? 泣きすぎじゃろ!?」


「う、ううううぅぅ……」


 子供のように泣きじゃくるナルガインに抱きしめられ、イリアスは目を閉じる。


 そんな2人を見たデモニカがイリアスへと語りかけた。


「イリアス」


「な、なんじゃ?」


「貴様は今日よりイリアス・ウェイブス。我ら血族の子であり、貴様とナルガインは姉妹。は2つの方が良い。重なることで混沌を引き起こせるであろう」


 イリアスの顔に無邪気な笑みが溢れる。


「姉妹……? ナル! 妾達は姉妹じゃって!」


 イリアスがカラカラと笑う。反面、ナルガインは彼女を抱いたまま泣き続ける。対照的な2人を見ていると、なんだか込み上げる物があった。


「なぁに? ヴィダル泣いてるの〜?」


「貴方もそんな顔をするのですね」


 レオリアとフィオナが俺の顔を覗き込んで来る。急に恥ずかしくなって顔を背けた。


 横目でデモニカを見ると、彼女は今までにないほど優しげな顔をしていた。まるで自らの子を見守る母のような……敵に見せる冷酷な顔とは全く違う姿。


 歳の離れた姉妹は喜びを分かち合い、その光景を見つめるデモニカ。何かに思いを馳せるように。大切なものを見るかのように。


 今思えば、彼女は敵に対して徹底的に無慈悲である反面、俺達や守るべき民達へは慈愛を持って接してくれる。



 そんな彼女に対し、1つの疑問が浮かび上がった。



 デモニカ・ヴェスタスローズは本当に魔王なのだろうか? と。






―――――――――――

あとがき。


 ここまで読んで下さいましてありがとうございます。この後、閑話としてイリアスに関する話を3話はさみ、新章「バイス王国征服編」へと続きます。


 魔王軍の幹部も集まり、いよいよ正式な侵略行為が始まります。目標は大国にも引けを取らない歴史を持つバイス王国。その国を収める暴君と魔王軍が全面的に戦います。どうぞお楽しみに。


 少しでも楽しんでいただけた方は☆や作品フォロー。応援を入れて頂けると、とても励みになります。どうぞよろしくお願いします。


https://kakuyomu.jp/works/16817330658289604189#reviews


※☆は目次や最新話下部の「☆で称える」から行ってください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る