第43話 新たなる鎧

 翌日。


 俺達はグレンボロウへとおもむき、冒険者ギルドから「深き竜ディープ・ドラゴン」の討伐依頼を受託することにした。


 手続きを終えた後、があってギルドの一室を借り受けた。部屋に入った途端、ナルガインは困惑したように声を上げる。


「おい。なんで全然関係無いドラゴン討伐なんてやるんだよ?」


「分かっていないな」


「何がだよ?」


「ディープ・ドラゴンの巣はメリーコーブ海上航路のすぐ近くだ。俺は。そして、ディープ・ドラゴン討伐の依頼者は海竜人。それなりの規模を持つ商人と見た。これはメリー・コーブ内の情報を得るのに都合がいい」


「ヴィダル〜。なんで正面から攻め込まないの?」


 部屋に置かれた装備品を眺めながらレオリアが疑問を呈した。


「俺達が正式に攻め込むと大国間の均衡が破られてしまう。だからこそ今回は俺達だけでメリーコーブに仕掛けようと思う。巫女を奪い教団を失えば、海竜人達は精神的な安定が無くなり弱体化は必須だ」


「それだとバランスは崩れないの?」


「そんな状態のメリーコーブは他国と同盟など結べない。自分達が弱っていると知られたら逆に吸収されるからな」


「それで、ヴィダルはどうするつもりなんだよ?」


 ナルガインがヘルムの奥から眼を光らせる。


「俺は精神拘束メンタル・バインドという魔法が使える」


 この魔法であれば、モンスターのテイム手懐けも可能だと、開発者のフィオナは言った。それに今までの効果の範囲を考えれば……ディープ・ドラゴンと言えど弱体化した状態ならテイムできるはずだ。


「ディープ・ドラゴン討伐を装ってヤツを俺の魔法でテイムする。そして……テイムしたドラゴンをメリーコーブ中枢に出現させる」


「そ、そんなことできるのか?」


「メリーコーブの地下には広い用水路が張り巡らされているだろ?」


「よく知ってるな。国の連中しか知らないはずなのに」


「俺とレオリアでその水門を開け、ディープ・ドラゴンを用水路へと導く。ナルガインはその間にイリアスを」


「分かった」


「ふふっ。楽しそ〜」


 レオリアが笑みをこぼす。


「よし。今日中には出発する。その前に……ナルガイン」


「なんだよ?」


「その鎧を脱げ」


「えぇっ!? 嫌だよっ!」


 ナルガインは大袈裟に手を振って否定した。


「お前はメリーコーブに顔も鎧も割れているだろ?」


「そ、それはそうだけどさ……」


 懐から金色の腕輪を取り出し、ナルガインへと投げた。デモニカが用意した新たな魔法鎧マジック・アーマーを。


「デモニカ様から預かった新たな鎧だ。それならば冒険者としてメリーコーブへ入れるだろ」


「あと顔も見せろ。擬態魔法ディスガイズで万が一メリーコーブ内で鎧を脱ぐことになってもバレないようにしてやる」


「ほら、モジモジしてないで早く脱ぎなよぉ」


 レオリアが急かすが、ナルガインは鎧を脱ごうとしない。


「どうした?」


「あまり人に見られたくない。せめてどっちか出て行ってくれないか?」


「擬態魔法使えるのはヴィダルだけじゃん! 2人きりにしろってこと!?」


 怒り出すレオリアをなだめながら伝える。


「鎧を着てからヘルムだけ外せばいい」


「嫌だ。恥ずかしいから見るのは1人だけにしてくれ」


 意外にワガママだな……それに、このイカつい鎧姿と魔法鎧で変換された低い声。その姿で言われると反応に困る。



◇◇◇


 しばらくの問答の後、レオリアは渋々外へと出ていった。


 ナルガインが手首に触れると、全身にまとった鎧が瞬時に消え、本来の彼女の姿が現れる。


 後ろに結んだ長い金髪。デモニカの火を受けてなお消えない全身の傷跡。身体のラインの分かる薄手の服。身長は俺と変わらないほどか。


 女性の中では背が高い方ではあるが、こうして改めて見ると、線の細い彼女が先ほどまで話していた戦士とはとても思えないな。


 俺の視線に気付くと、ナルガインは恥ずかしそうに顔を背けた。俺達と同じ眼でそのような顔をする人物を初めて見るので、困惑してしまう。


「あんまりジロジロ見るなよ」


「すまん」


 ダメだ。どうしても相手の姿からステータスを読み取ろうとしてしまう。ヴィダルになってから抜けないなこの癖は。


 ナルガインが金の腕輪に触れると、バラバラになった鎧が現れる。ナルガインの物と似てはいるが、レアリティの全く異なる装備が。


「魔法鎧の初回装備は装着者の体格を記録させなければならない。自動では装備できないぞ」


「わ、わかってるよ……」


 彼女はそのゆっくりと鎧の部品を体に付け始めた。


「ヘルムは最後にしろ。その顔に擬態ディスガイズをかける」



……。



 下半身の装備を全て装着した頃、ナルガインがチラリとこちらを見た。


「なぁ。オレって人間のお前から見たらどんな風に見える?」


「なぜそんなことを聞く?」


「いや、どう見えるのかなって」


「……美しい女性だとは思うが?」


 彼女は恥ずかしそうに腕を抱いた。


 全身に傷跡はあるが、そこには戦士としての気高さを感じる。彼女の戦って来た証なのだろう。


 以前デモニカから聞いたことがある。自らの誇りとなる身体的特徴は再生の火によって変異することは無いと。


 ナルガインは少しだけ笑みを溢した。


「イリアスにさ、昔言われんだ。『オヌシは美しい。だから自身を持つのじゃ』ってさ。あの子の言っていたのは本当なんだな」


 ん?


 今の言葉……良い話のはずなのだが、何か違和感があった気がする。


「待て。イリアスは他にどんなことを言っていた?」


「え? 他にって?」


「なんでもいい。印象に残っている言葉を教えてくれ」


「ん〜『わらわは魚が嫌いじゃっ!!』とか言ってたな。海竜人なのに魚を嫌っていたから良く覚えてるよ」


「イリアスの歳は?」


「確か9つだったはず」


 ……この世界には話し方をする者もいるのか。ある意味勉強になった。


「なんだよ変な顔して」


「あ、いや、俺の生きていた場所には近い言葉が概念としてあったからな。本当に実在するのかと思って」


 良くネットに上がっていたな。のじゃロ……いや、これ以上考えるのはやめよう。


「ふ〜ん」


 ナルガインは特に気に留めた様子も無く鎧を着ていった。


「それよりも、もう恥ずかしく無さそうだな」


「ヴィダルからは馬鹿にしたような視線は感じないから」


 ……海竜人達からは相当言われていたということか。


「後は顔に擬態魔法をかける」


 ナルガインの顔の特徴を少しだけ変更する。これでバレることは無いだろう。


「ありがとな」


 そう呟くと、ナルガインがヘルムを被った。


 新たな姿となった彼女を良く見てみる。

 

 所々金色の装飾が施された黒鉄くろがねの鎧。龍を模したヘルムの造形。その奥から赤く輝く瞳が覗いていた。


「この槍も使いやすそうだ」


 鋭利な槍先に、両サイドの翼のような刃。突き、薙ぎ払い共に凶悪な威力を誇るだろう。


「その鎧には防御向上、魔法耐性向上アビリティが付与されている。それを着ている限り、攻撃に集中できるだろう」


「新しい鎧にこんな高そうな武器……なんでこんなに厚遇こうぐうされるんだよ?」


「お前は既に俺達の血族だからだ」


「血族……かぁ」



 ナルガインは窓に映った自分を見つめていた。

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