第42話 海竜人の巫女、イリアス

 ナルガインから聞いた話は、やはり俺の知識とは齟齬そごのある物だった。


 海竜人に巫女がいるというのは俺の知っている「エリュシア・サーガ」でも共通だ。しかし、その巫女とはあくまで海竜人達が病気にならぬよう祈りを捧げる程度のもの。


 の海竜人の巫女は、絶大な魔力を持ち、にまつわる身体強化の魔法を得意とする。そんな巫女はメリーコーブの教団でかくまわれ、死ぬまで教団の戦士達へ強化魔法をかけ続ける役割を負わされるという。


「いいか? だ。そして、巫女が死ぬと次の巫女へと役割が引き継がれる。叶うなら、オレはそんな運命からイリアスを救い出したい」


 他者の為に1人が犠牲となることを強いる。この世界に生きる権力者は俺達魔王の血族よりよほど醜悪な存在だな。


「なんでナルガインはその子を助けたいのさ?」


 レオリアに問いかけられた彼女は、顔を伏せた。


「さっきオレの姿を見たろ。どう思った?」


 レオリアが思い出すように首を傾げる。


「うん? 僕には普通の人間に見えたよ。 あ、でも匂いがちょっと違ったかも」


「……オレはな。父が海竜人、母が人間なんだ」


 ナルガインがてのひらを握りしめる。その震えた手は、彼女の過去が壮絶だったということを表しているようだった。


「母の血を色濃く残したオレは、海竜人の血を引きながら人間の姿で生まれた。そんなオレに唯一普通に接してくれたのがイリアスなんだ」


 ナルガインは混血により差別を受けていた……か。海竜人として姿を偽っていたのは人間であることを隠す為。そして、イリアスにだけは心を開いていたと。


「その巫女を誘拐すれば、お前は俺達と共に戦うか?」


「イリアスが救えるなら、オレは何でもやってやる」


 ナルガインを使えるようにするにはこのをクリアする必要があるな。


 それと、海竜人の巫女であるイリアスの存在。強力な身体強化魔法とは恐らく鱗聖盾スケイル・シルドといった上位レベルの白魔法だろう。あれはステータスを3段階引き上げる魔法……時間制限はあれど通常の兵士すら強力な戦士にできる。


 脳裏に浮かぶ。数人の強力な戦士を引き連れた魔王軍幹部の姿。海竜人の巫女……幹部としては相応しいかもしれない。


 ならば、そのイリアスごと引き入れるのが最も俺達に利益がある。強力な戦力を手に入れる機会だな。


「分かった。俺達はお前に協力しよう」


「本当か!? 恩に切る!」


 頭を下げようとするナルガインを制止する。


「礼などいらん。その代わり1つ条件がある」


「条件?」


「そのイリアスという巫女。我らの幹部として迎えたい」


「……なんだと?」


 ナルガインの声が急に低くなる。その声色からは怒りの感情が読み取れる。先程までの飄々ひょうひょうとした態度とは真逆の雰囲気。よほど大切な存在だと見える。


「……変異の苦しみをイリアスにも味合わせるっていうのか!?」


「そうだ」


「……っ!」


 ナルガインがその槍で一撃を放つ。しかし、俺の前へと立ち塞がったレオリアが、2本のショートソードを使いその槍先を絡め取る。


「お前……っ!?」


「せっかちはやめなよ。最後までヴィダルの話を聞きなって」


「苦しみは受けるが死ぬ訳では無い。教団と魔王軍。彼女の役割は同じだが、魔王軍にはイリアスの自由意志がある」


 ナルガインが鎧の奥から瞳を光らせる。


「このレオリアという娘のように従わせる気か? それのどこが……」


 ナルガインの言葉をレオリアが遮った。


「あーあー勘違いしないで欲しいんだけどぉ。僕はヴィダルに従ってる」


 レオリアが笑みを消し、ショートソードでナルガインの槍を弾き飛ばす。


 彼女がナルガインへと剣を向け、冷たい声を放った。


「僕とヴィダルのことを侮辱ぶじょくするなら、今ここで刻んでやる」


 友好的だったレオリアの雰囲気が変わったことでナルガインはたじろいだ。


「……と、いうことだ。お前達2人が我らの元へと来るならば、その地位と自由は約束しよう」



 散々悩んだ末、ナルガインは俺の提案を受け入れた。元より彼女に選択肢など無かった。この結果は必然だろう。



 ……。



 さて。


 エルフェリアに続く大国「メリーコーブ」。その中枢に関わるクエスト。どのように手を打つか。


 脳がたぎる。新たな才能を得るという期待に胸が膨らむ。



 最初の一手は……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る