第35話 立ち塞がる魔王 ー冒険者クロウー

 ——フィオナ討伐部隊結成から数日後。



 バーナンド草原。



 正午から始まったいくさは同盟軍がエルフェリア軍を押したまま展開していた。


 アルフレド様の言った通り、ノームのゴーレムが盾として活躍した。エルフ達の使う召喚魔法……呼び出された精霊達の攻撃を受けてもビクともしない。


 そのまま進軍を続け、後に続く剣兵や槍兵を導いていく。フェンリル族の戦士達も、狼の持つ素早い動きでエルフの召喚士や弓兵を翻弄し、道を切り開いていく。



 俺達はその光景を目にしながら、戦場を迂回うかいするように敵陣へと向かっていた。


「精霊を仕留めました!」


 召喚されていた風の精霊から剣を引き抜く。


「兵士は俺に任せろ!」


 レイガーが大剣を肩に担ぐ。人間では到底出すことの出来ない速度で駆け抜け、敵兵の中へと飛び込む。


旋風斬せんぷうざん!」


 大剣が円を描く。次の瞬間。周囲の敵兵達の上半身が吹き飛んだ。


「思ったより敵が広域に展開している。ビィム。援護してくれ」


「オッケー! 巻き込まれないでよ〜!」


 レイガーの合図でビィムがロッドを構える。その先端に上位魔法の証、魔法陣が描かれていく。


 魔法陣が完成したと同時にビィムが魔法名を告げた。



深淵波アビス・ウェーブ!」



 周囲に闇の波動が放たれる。その波動を浴びた兵達は、糸の切れた人形のように地面に倒れ込んだ。


「す、すご……数十人の兵士をあっという間に……」


「ふふん! ビィム様の魔法を目の前で見れるなんて、運がいい奴ね!」


「ビィム! 後ろに精霊がいるぞ!」


 レイガーの視線を追うと、ビィムのすぐ後ろに大きな岩の精霊が迫っていた。


「俺が行きます!!」


 剣を握り岩の精霊へと走り、スキル名を叫んだ。


武神連斬ぶしんれんざん!」


 剣を抜くと同時に無数の斬撃を繰り出す。


 細切れになった岩は、バラバラと軽快な音を立てて崩れていった。


「ふんっ! 油断じゃ無いわ! 油断したフリをしてあげただけよ!」


 ビィムが照れ臭そうに顔を背ける。


「は、はは……」



 敵を倒し、静けさが訪れた次の瞬間——。



「伏せろっ!!」



 レイガーに飛び掛かられた俺達は地面に倒れ込んだ。


「いったぁ〜い……何するのよっ!?」


「ブレス攻撃で焼き死ぬ所だったんだぞ。文句を言うな」


 直後、頭上から物凄い熱を感じた。ファイアブレスが通り過ぎて行く。


 次に、オオカミのような鳴き声が聞こえた。でも何かが違う不快な声。



 目の前に燃え盛る巨大な狼が現れた。3つ目の狼。こんなデカい狼種なんて初めて見たぞ……。


「ダロスレヴォルフだ」


 レイガーがポツリと呟く。


「出会えば死を意味すると言われるモンスターだ。しかしヤツは氷属性だと聞いていたが……」



「グオォォォォォォォッ!!」



「マズイっ!? 全員散れ!」



 ダロスレヴォルフがその巨体で暴れ回る。



「速すぎますよ!?」



 ファイアブレスは周囲を一瞬にして荒野にし、ギリギリで避けたその爪は周囲の空間ごと切り裂くかのような轟音を轟かせた。


「きゃあああああ!? どうすんのよこんなヤツ!?」


「落ち着いて行動を予測しろ。ビィムは水流魔法。クロウは俺の合図でスキルを放て」


「分かりました!」


 レイガーに続き、全員が行動を開始しようとした刹那——。


「グガァァァァァァァ!?」


 獣の雄叫びと共にダロスレヴォルフの頭部が地面に叩き付けられる。



「な……なんだ!?」


 1人の大男がダロスレヴォルフを仕留めていた。竜の頭を模したフルヘルム。所々にあしらわれた鱗のような装飾。銀色に鈍く輝くその鎧に釘付けになった。


「怖え〜。ファイアブレスとか当たったらめっちゃ熱いじゃん」


 鎧の男が狼の頭部から槍を引き抜く。ダロスレヴォルフの血を滴らせた三叉の槍を左右へ振ると、男がこちらを見た。


「お〜みんな生きてるか?」


「ナルガイン!? アンタどこで何してたの!?」


「いやぁ。フィオナを探してたんだよ。この先の丘で見つけたから戻って来た」


 ナルガインは気の抜けたような声を出した。



◇◇◇


 ナルガインについて行き敵陣へと近付くと、エルフ兵達に囲まれた中に、黒いドレスに長い銀髪のエルフがいた。


「あれがフィオナ。エルフの統率者にしては若いわね……」


「あの気配にあの眼……明らかに普通のエルフじゃないですよ」


「……赤い瞳か」


 ナルガインが呟く。


 全員の顔を見て、レイガーが声を潜めた。


「いいか? 俺の合図で飛び込め。俺とビィムは兵士を引き付ける。クロウとナルガインは直接フィオナを狙え」


 深呼吸する。緊張するな……俺は大丈夫。俺は強い。レイガー達もいる。大丈夫だ。きっとやれる。



「行くぞ!!」



 レイガーとビィムが共に飛び出した。


暴風撃テンペスト・ブロウ!」

烈風斬れっぷうざん!」


 ビィムの風魔法がエルフ兵達を吹き飛ばし、レイガーの風の刃が薙ぎ払う。


 敵兵達の意識が完全に2人向けられた。それを確認してから俺とナルガインが敵陣へと駆ける。


「クロウ。まずオレが仕掛ける。お前は続けてスキルを」


「分かりました!」


 ナルガインが槍を構えてスキル名を叫ぶ。



螺旋突らせんとつ!」



 槍を構えたナルガインが高速回転して突撃する。その威力は凄まじく、周囲のエルフ兵を吹き飛ばしながら真っ直ぐフィオナへと向かって行く。


 ナルガインの後を追って全力で走った。鞘を掴み、技を放てるように身構える。



 槍先が螺旋らせんを描き、フィオナを捉えた。



「うおおおおぉぉぉ!!」



 ナルガインの雄叫びと共に螺旋が走る。



 しかし、俺達に気付いたフィオナは……。



 



 ナルガインの槍先が彼女を仕留める直前。立ち塞がる。



 立ち塞がったに邪魔をされ、ナルガインの回転がピタリと止まる。



「何っ!?」



「ヴィダルの読み通り。やはり一騎当千の者達が差し向けられたか」



 それは、黒い翼の女だった。



 赤い髪に羊のような角、そして、フィオナと同じ黒い眼球に緋色の瞳。その女がナルガインの槍を素手で受け止めていた。



 女がふわりと空中に舞った次の瞬間。ナルガインは強烈な蹴りを打たれて後方に吹き飛んだ。



「我は魔王デモニカ・ヴェスタスローズ。エルフェリアとの同盟に従い、我が盟友フィオナを守らせて貰う」



「エルフェリアの同盟軍だと!?」


「そんなの聞いて無いわ!?」


 レイガーとビィムが声を上げる。



「貴様達の命を持って、我らの同盟をより強固なものに」



 魔王と名乗る女が翼を広げた。

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