第32話 策略 ー金貸しロウランー


 ——貴族と商人の国、グレンボロウ。



「お願いだロウラン! 明日まで待ってくれ!」


 目の前の男が泣き叫ぶ。情け無い姿にため息が出る。


「マレンよぉ。最初に言ったよな? 支払い期限は厳守だってよ」


「それはそうだけど、でも明日には金が入って来る予定なんだ! 本当だ! だから1日だけ……」


 マレンの商売は船舶貿易。明日にはコイツの船が帰って来る。そうなりゃ金は確かに払うだろう。


 だけどな。


「おいジャスパー! ナイフ出せ」


 部下のジャスパーがニヤニヤとした笑みを浮かべてナイフを取り出す。


「え、え、何する気だよ」


「ゲームだよゲーム。俺はな、曲がりなりにもグレンボロウで1番の金貸しってことになってんだよ。貴族連中からの信頼も厚い。そんな俺が適当なこと言って期限を伸ばすなんてできない訳よ」


 マレンの左手を掴み、テーブルの上に乗せる。


「だからよぉ。俺はこうやってゲームで決める。ナイフを1往復させてお前の指が無事なら待ってやる。もし刺さったら、お前ん家から金目の物は全て頂く」


「や、やめてくれ!!」


「じゃ、払うか?」


「う……」


 言い淀んだのを見た瞬間、ナイフを勢いよくヤツの手の側へと突き刺した。


「や、やめて!!」

「動くなよぉ?」


 マレンの指の間にナイフを刺して移動させていく。親指と人差しの間。その次は薬指との間へ。高速でナイフを突き刺していく。


「ひ、ひ、ひっ……!」


 小指を通り過ぎ、再びナイフを戻して行く瞬間——


「ひいいぃぃぃ!?」


  マレンが恐怖に負けて手を引いた。


 その隙を見逃さず、ヤツの小指の肉にナイフを突き刺した。


「ぎゃあああああぁぁぁ!!」

「あーあ。逃げるモンだから怪我させちまったよ」


 騒ぐマレンの頭をテーブルに叩き付ける。


「よく見て見ろ。肉しか切ってねぇだろ」


 ち。ちょっと肉を削いだぐらいで喚きやがって。めんどくせぇ。



「ボス。人が悪いですね」


 口調とは裏腹にジャスパーの顔は笑っていた。


「コイツが舐めたこと言ってるからだ。マレンの家から金目のもん回収して来い」


「分かりました」


 ジャスパーが涙でぐしゃぐしゃになったマレンを連れて扉に手をかけた。



「待て」



「なんですか?」


「なんですかじゃねぇ。お前はどうした?」


 「指輪」という単語を聞いて、ジャスパーの顔が真っ青になる。明らかに「無くした」という顔。その姿に再びため息が出た。


「馬鹿野郎!! 金貸しが無くしてどうすんだ!」


 慌てたジャスパーに新しい指輪を投げ付ける。ヤツは俺に何度も謝りながら部屋を出て行った。


 ……。


 窓から差し込む日光に左手をかざす。薬指に付けられた指輪は光に反射して、一瞬紫色の光を放った。


 ジャスパーの奴。部下の中で1番見所があると思ってたが、やはり未熟だな。基本中の基本を忘れるなんてよ。


 俺達金貸しは精神異常に対していつも警戒しなきゃいけねぇ。乗っ取られた挙句、金を奪われたなんてことになったら目も当てられないからな。


 だから無効化呪文をエンチャントした指輪を支給してやってるのによ。


 俺がこの商売の行く末を心配していると、扉がゆっくりと開いた。


「ここにロウランさんがいると伺ったのですが」


 見ると、ヒューメニア人の優男と獣人の若い女が顔を覗かせていた。


「客か? 金が入り用なら使用目的と希望金額を言いな」


 男は辺りを見回すと、声のトーンを落とす。


「いえ、ロウランさんに折り入って頼みがありまして……」


「なんだ?」


「立ち話だと言いにくいもので……中に入ってもよろしいですか?」



◇◇◇


 ヴィダルとレオリアと名乗る商人を応接に通した。


「貴方はこの国の貴族にも顔が効くと聞きました。国1番の金貸しだと」


「まぁ、それは間違いねぇ」


「僕達ね。貴族様に早急に伝えたいことがあって、ツテを探してるんだ」


 獣人の女が無邪気な笑みを浮かべる。


「それで、私達よりもロウラン様から伝えて頂いた方が信じて頂けるかと思いまして……エルフェリアの内乱の件です」


「内乱だと? なぜそんなことをお前達が?」


「依頼を受けて頂けるなら全てお伝え致します。3万ゴールドで受けて頂けませんでしょうか?」


 3万……。


 それだけあれば小型船くらい余裕で買える。そんな金を提示するとは、コイツら何者だ?


「分かっていませんね」


 俺が返答に困っていると、ヴィダルという男があきれたように言った。


「エルフェリアの資源が手に入るとなると、この国の経済は飛躍的に発展します。金の流れも大きく、速くなる。私達にとってこれは千載一遇の機会なのです。信用の無い我らが下手に伝え、ガセ扱いをされたら目も当てられない」


「僕達はね。もっとも〜と商売の規模を大きくしたいの! だからお願い! 協力して!」


「ふぅん。そうなれば俺にもメリットはあるか」


 それに、貴族に伝えればお偉方が戦争をおっ始める。そうなったら……金が必要になるな。早い段階で俺の出番になる。乗らない手はねぇ。


 だが、コイツからは3万以上搾り取れそうだな。


「うぅん……だがなぁ。俺にもリスクがあるからな。何かあった時俺の責任にされる可能性もあるしよぉ」


 露骨に困った素振りをしてみせると、ヴィダルは俺の手をチラリと見た。


「……そうですか。ならゲームをしませんか?」


「ゲーム?」


「入って来る前に聞いたよ。ナイフを使ったゲームで決めるんでしょ? 色々と」


 獣人の娘が不敵に笑う。


「貴方が自分の手を傷付けずナイフを1周できたのなら金額は払いましょう」


 倍!? 6万か!!


 言ってみるもんだな。俺はナイフ捌きについては確固たる自信がある。自分の手を傷付けるなんて万に一にもあり得ない。



「……いいぜ。やってやるよ」



 左手を机に置くと、指輪がキラリと光った。



 へへ。今日はツイてる。6万頂きだ。



 引き出しから先ほどのナイフを取り出し、右手を振り上げる。



 その時、ヴィダルが呟いた。





「あ?」



 言うと同時に俺の手をヴィダルが掴み、そのまま振り下ろし——



 ——机を揺らす衝撃と共に、俺の薬指は根元から跳ね飛ばされた。



「いっでぇぇぇぇ!?、ゆ、指!? お、おれの指があああ!!」


 左手が熱すぎてどうにかなりそうだ。机の上で悶絶していると、ヴィダルに前髪を掴まれた。


を手放すとは、金貸し失格だな」


「お"前……っ! 何、しやがる……!?」


「指輪がだったからな。恨むなら警戒しなかった己を恨め」


「あ、泣いちゃってる! さっきのおじさんと一緒だ!」


 ヤツらの目が変化していく。黒い眼球に赤色の瞳。女は俺を見てケラケラ笑う。反面、ヴィダルは笑みを一切見せなかった。


「く、クソがぁ! お前ら無事に済むとおもうなよ!!」



「何だとテメェ!?」


 ヤツは俺の目を覗き込むと、告げた。


「金貸しが最も恐れている魔法をくれてやろう」


「お、お前……まさか……」



精神支配ドミニオン・マインド



◇◇◇


 ——その夜。


 懇意にしている貴族。アルフレド様の屋敷を訪ねた。


「ロウラン。どうしたんだその左手は? 痛み止めを持って来させようか?」


「いえいえ、不注意でやっちまいまして。昼に回復魔法士の所へ行きましたから、痛みは大丈夫です」


「不注意で指を失うなど……全く。遊びは控えるのだぞ」


「はい。ところでアルフレド様。実は良いお話がありまして——」


 アルフレド様にエルフェリア内乱の情報を話す。これがヤツらの資源を奪う千載一遇のチャンスだということ。この国の経済を飛躍的に大きくできること。不思議だ。


 アルフレド様は大いに喜び、たんまりと褒美をくれた。


 ツイてるぜ。まさかこんな良い話をが持って来るなんてよ。


 アイツも中々見所あるじゃねぇか。あのミスも許してやるか。


 ……。


 あれ?


 アイツのミスはなんだったか……


 ま、いいや。



 指は失っちまったが、俺はツイてるぜ。

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