第27話 分断 ーヴィダルー

 議長襲撃から5日。


 俺の予想通り若年エルフを取り締まる方向へと評議会は動いた。しかし、想像よりも強硬な手段に出るとはな……上辺は犯人探しということになってはいるが、評議会の連中が命惜しさに決定したのだろう。過剰に反応する辺り、恨みを買っている評議員でもいるのか。


「あ、ヴィダル。また揉めてるよ」


 レオリアが宿屋の窓から外を見る。彼女の視線を追うと、数人の若者が兵士と揉めていた。


 窓際に腰を下ろしてその様子を見つめる。


「あらら。加熱しちゃってる」


 兵士に連行される若者を助ける為、他のエルフ達が兵士へと暴行を加える。服装から分かるが、中年層もそれなりにいるな。評議会は隔離の年齢を広く取ったようだ。まぁ、俺に取っては都合がいいが。


「でもさ、どうして若者に疑いが行くようにしたの?」


「この国のバランスを崩す為だ。評議員を殺害した所で民に結束するキッカケを与えてしまう。未遂の方が都合が良い」


 ここ数日で暴動に発展しそうな衝突が何度も起きている。今の所は兵士に抑え込まれているが、いずれその状況も変わるだろう。


「元々不満を溜めていたようだしな。キッカケを与えれば反発が暴動になり、内乱に発展する。この規模であれば、あと数日で大きな事件が起きるだろうな」


 中世の価値観をベースにするこの世界では平和的な解決法など知らぬだろう。必ず暴力での解決に訴える。


「そうなれば……俺達の出番だ」


「若者エルフに就くの?」


「醜悪な老エルフ共は己を狡猾こうかつだと誤認している。には邪魔なだけだ」


 その被害を最も受けているのはフィオナだからな。その純朴じゅんぼくさを利用され、ある種の洗脳状態にあるとも言えるだろう。


 これは彼女を救うことにも……。


 ちっ。また余計なことを考えている。正当化しようとするな。自分の役割に集中しろ。


「ふふ。すごい言いようだね」


「見たままを言ったまでだ」


 窓の外では争いがさらに酷くなっていた。兵士が十数人の若者達に取り押さえられ、武器を奪われている。助けようとした他の兵士もまた、組み付かれて身動きが取れなくなっていた。


 その様子を眺めていると、レオリアが俺の肩に頭を乗せて来た。


「そういえば襲撃前にさ、どうして僕に覚悟を聞くようなことを聞いたのさ?」


「……なぜだろうな。俺にも分からない」


 襲撃前日のあの夜。レオリアが俺に従いたく無いと言っていたらどうしたのだろうか?


 ……俺は不安になっていたのかもしれない。自分が今の状況を作り出すことに。誰かに背中を押して欲しかったのかも。


「ヴィダル」


 レオリアへと顔を向けた瞬間。彼女の腕が首へと周り、その唇が重ねられる。


 彼女の吐息、香りを感じると自分の中から余計な考えが消え去っていく。遠くの喧騒も、罪悪感も、何もかも。


 ゆっくりと彼女の顔が離れる。擬態魔法が解けた両眼を潤ませながら、レオリアは静かに言った。


「僕はヴィダルがどんな人でも好き。だから僕は、君のどんな命令も喜んでやってみせる。ヴィダルの為だったら命だって投げ出せる。これは僕の心からの気持ち」


 彼女の瞳が俺を見つめる。


「だから、もう僕の覚悟を確かめるようなことはしないでね?」


「……ありがとう」


 レオリアが笑顔を見せる。部下であり、俺を慕ってくれる娘。


 彼女の為にも、俺はヴィダルであり続けなければ……そう思った。



◇◇◇


 その後街の様子を確認して回り、新たな情報を得る為に酒場へと入った。カウンターに座ると、あのバーテンダーが声をひそませて話しかけて来た。


「そろそろこの国を出られた方が良いですよ」


「なぜだ?」


「明日、若年層が評議員宅を襲撃するのですよ」


 バーテンにそう言われ、笑みが溢れそうになる。この国へ入ってから足蹴あしげく通った甲斐かいがあった。信頼を得るのに顔見知りとなるに越したことは無いな。


「情報元は?」


「先日話したリオンを覚えていらっしゃいますか? 彼に誘われたのです。少しでも人数が欲しいらしく」


「バーテンさんはどうするの?」


 レオリアの問いにバーテンのエルフは悲しげな顔をした。彼が目を向けた先を追うと、そこにはがらんとした店内があった。先日まではあれほど賑わっていた姿が見る影も無い。


「私も参加します。私の年齢層も隔離の対象となりまして……既に友人の中には捕まった者もいます」


「なら、俺達も手伝おう」


「よ、よろしいのですか? 腕のある冒険者に手伝って頂けるのはありがたいですが……」


「気にするな。俺達の戦い方は荒っぽいが構わないか? その分腕は保証する」


「そうそう! 僕の戦い方はちょ〜っと荒っぽいけど!」


 レオリアが無邪気な笑みを浮かべる。


「全く気にしませんよ。評議会側は兵士に加えて召喚魔法まで使用して来ますので」


「お前達にリーダーはいるのか?」


「今はリオンが。本当はフィオナさんが務めてくれると心強いのですが。あの方の才能は人を惹きつけますから」


「フィオナは今どこに?」


「それが、4日ほど前から行方不明らしいのです。評議会に捕まっていないと良いのですが……」


 行方不明……デモニカの元へ行ったな。ということはそろそろ現れる頃合いか。俺達も回りくどいことをしなくて良さそうだ。


「分かった。リオンの所へ案内してくれ」



 明日は大規模な戦闘になる。



 エルフェリアが手に入るのも時間の問題だな。

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