第26話 魔王の誘い ーフィオナー

 眩いほどの赤い光が収まると、目の前に古代の遺跡が広がった。


 移動魔法ブリンクが発動したのか……。


 でも、今の私はそのことよりも先程までの会話に意識が奪われている。


 アルダー先生は妖精の潮流フェアリー・タイドと言いながら、私の問いには笑顔で答えた。


 と。


 嘘を吐いていた。胸が、張り裂けそうだ。先生は、ずっと嘘を……。



 ヴィダルさんの言っていたことは本当なんだ。



 私の魔法は軍事利用されていると。



 私の魔法が、誰かを殺している。私が……。


「あ、ああああああぁぁぁ……」


 私は、私は誰かを喜ばせたかっただけなのに。誰かを幸せにしたかっただけなのに……。


 子供の頃。初めてアルダー先生に言われて魔法を作ったことを思い出す。



◇◇◇


「フィオナ。君の魔法があれば、この国の人々を幸せにすることができる」


「ホント? 私の好きな召喚魔法で?」


「そうだ。だから、この魔法を作ってくれないか?」


「これって……」


「昔々の本だよ。読めない箇所があってね。私達では再現ができない。フィオナならできると思うんだ」


「ココとココ。風の元素精霊に置き換えれば、次の式に繋がるよ」


「なるほど。中々良い感性をしているね。この調子でこちらも頼むよ」


「うん!」



◇◇◇


 嬉しかった。私が、誰かの役に立てる。そう思って……でも、それは人を殺す為じゃ無い!


 脳裏に浮かぶ。式を進める苦しみ。魔法が形に成っていく達成感。助手のリオン達の驚いた顔。皆と分かち合った喜び。


 そして、アルダー先生が喜んでくれた顔。


 ……。


 あの時から騙していたのか。


 初めから騙す為に近付いたのか。



 アルダー。



 私を騙して魔法を作らせ、それを奪い、戦争の道具にしていたのか! 私の、も無く!!


 私の……あの日々を返せ!!


 人を喜ばせたかった私の想いを返せ!!


 アルダー。


 憎い。


 憎い。憎い。憎い。


 ヤツが憎い。あの微笑みの裏に何を隠していた? 私への侮蔑か? 嫉妬心か? 優越感か? 許せない。私を……。



「貴様か。我が名を呼んだのは」



 冷たい声の方向を向くと、遺跡の奥に人影が見えた。目を凝らして良く見てみると、見たことの無い姿をした女性が座っていた。そして、その眼を見た瞬間息が止まりそうになる。


 黒い眼球に緋色の瞳……邪悪な眼がこちらを見つめていた。


 その全身から放たれる力で、理解できた。彼女がヴィダルさんの言う……。


「デモニカ……」


「何用で我が名を告げた?」


「ヴィダルさんから、耐え難い苦しみから逃れたければ貴方を頼れと……」


「ふむ。ヴィダルが見初めたのであれば、貴様はそれなりの力が眠っておるのだろう。少し、我が対話してみせよう」


「え、対話……? は、はい……」


「貴様を襲った苦しみとはなんだ? 言葉にしてみせよ」


「苦しみ……私は、アルダーが今まで私を騙していたのが許せなかった。私にとって、魔法は我が子と同じ。それを騙して、取り上げて、戦争の道具として使うなんて……」


「なるほど。我が子を想うゆえの苦しみ。我も分からぬ訳ではない。1つ聞いて良いか?」


「なんでしょう?」


「貴様は、『戦争の道具となる魔法』を生み出す事についてどう思う? 貴様の手にそのを取り戻したとて、貴様も必要に迫られれば他者を傷付ける武器として使うのでは無いか?」


「そ、それは……」


「他人を守りたい。その為に敵を殺す。そのような思いもまた、1つの尊き信念。貴様の言うアルダーもそうでは無いのか? それを許してやれることは無いのか?」


「ゆ、許す……? アルダーを?」


「考えよ。貴様はアルダーを、許せるか?」


「……」


「答えよ」


「……できません。アルダーを許すなどと。奴に私の心は殺されたも同じ。許す事など、できません」


「では、貴様はアルダーを倒すのか? 己の子達である魔法を使って? それはアルダーと同じではないか。矛盾むじゅんしておるぞ」


 矛盾……そう、矛盾だ。だが、矛盾の何が悪い。


 ……「人を助けたい」など、自分自身への欺瞞ぎまんだ。本当は、私の力を示したかった。認めて欲しかった。それがアルダーが喜んでいたことで満たされていた。


 だが、違う。今なら分かる。私は本来受けるべき賞賛を、あのような嘘に塗れた微笑みで濁されていただけだ!


 アイツらが誇らしげに使っているのは……私の魔法だ! 私が作った! 誰の物でも無い!!


「私は……っ!! 私ので魔法を使い、人を傷付けるのは良いのです!!」


「ほう……続けよ」


 その矛盾を口にした瞬間。私の中で渦巻いていた感情の正体が分かる。


 怒り。


 利用された怒り。


 認められ無い怒り。


 私がいなくてはあの老人どもは何も出来ないじゃないか。なぜ、私は、あのような者達の利用されているんだ!! 平伏ひれふすべきはどちらだ!! 先に生まれただけの老いぼれ共に何故私が従わないといけない!!


「私は!! 散々利用した分際で私を閉じ込めていた者達を許せない!! 私の事を見下し! 自分達の駒だと思っているアイツらが!!」


 私の答えを聞いたデモニカは高らかに笑った。その声に思わず我に帰る。


「ふふふ……いや、すまない。貴様のその矛盾。素晴らしい。ヴィダルの眼は確かだったようだ」


 デモニカが人差し指に青い火を灯す。


「どうだ? 貴様の中にある感情。解放してみる気は無いか? 代償はそうだな……貴様の持つ『幼さ』にしようか。それが貴様の枷でも、ある」


「か、解放したらどうなるのです?」


「貴様の心は自由になるであろう。少なくとも、貴様が今怒りを抱く連中には復讐できるが? どうする?」


 復讐? いや、私がやるべきことはそんな事じゃ無い。


「私は——」


 デモニカ・ヴェスタスローズの緋色ひいろの瞳を真っ直ぐ見据え、自分の意思を伝えた。


「私は、能力も無い癖に私より上だと思い上がっている老人共に思い知らせてやる。誰のおかげで自分達が存在できているのかを」



 深呼吸して、私の願いを伝えた。



「——奴らの持つ権力。その全てを私が奪ってやる」



 デモニカは、私の答えを聞いて邪悪な笑みを浮かべた。

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