第5話 再生の火

 目の前の兵士達は動揺しながらも戦闘の隊列を整えた。俺が殺した隊長クラスはよほど部下に信頼されていたようだ。


「お前ら! 隊長とエリオットの仇だ。絶対に逃すな!」


 1人の兵士が新たに指揮を取る。その者に従い、武器を構えた前衛と魔法攻撃と弓を担う後衛へと陣形を変える。


 精神支配は既に知られている。対策を取られるだろう。1番厄介な人間を消したとはいえ、5人に連携されると分が悪いか。



「ヴィダルよ。良くぞ我の期待に応えてくれた」



 声と共にデモニカが現れる。馬車が隠れていた大岩の上に脚を組んで座り、微笑みを浮かべて俺を見ていた。


「あ、新手だと!? ガレスはあの女を!」


 兵士の声で、後衛の1人がデモニカへと向かって弓を射る。


 しかし。


 デモニカの目前まで迫った矢は、その顔に傷を付けることなく一瞬で燃え尽きた。


「な……んだとっ!?」


 その光景を目撃した兵士達が驚愕の表情に染まる。


「我に傷を付けられるとでも思ったのか。哀れな子らよ」


 デモニカは氷のように冷たい瞳を兵士達へ向ける。


「ヴィダル。貴様は我の言葉に全力を尽くして応えてくれたな? では、我もそれに報いよう」


 デモニカが翼を広げ、空を舞いながらゆっくりと俺の目の前へと降り立った。彼女の鋭い爪先が俺の頬を伝う。


「我が力を感じろ、認識しろ。そして我が力を如何にして使うのか、全霊を持って思考してみせよ」


 彼女は兵士達へと向き直り、その周囲をなぞるように手をかざした。


 次の瞬間。兵士達の周りに火が灯る。火が円の形を成していく。1人の兵士が逃げ出そうとするが、それもまた新たに生まれた火によって防がれてしまう。


「クレヴィン! 水流魔法フロウで火を消してくれ!」


「あぁ!」


 クレヴィンと呼ばれた兵士が「水流魔法フロウ」の魔法名を告げる。彼の周囲に大量の水がうねる。そして周囲の火へと水流を発射した。


「お、おぃ……この火、消えないぞ!?」


 水流は水蒸気となり、一握りの火すら消すことは叶わなかった。


「我が貴様達を消すと決めた以上、その死は絶対。何者もその運命を覆すことはできぬ」


 彼らの表情が絶望に染まる。彼らもまた、デモニカとの絶大な力量を感じ取ったのだろう。勝てぬと感じた兵士達は口々に許しを乞い始めた。


「許してくれ! 頼む!」


「貴様達は連れ去られる無垢むくな子らに許しを与えたのか?」


「誰か、神様……」



 デモニカが天へと片手をかざす。すると、周囲の大地が、空気が、生物が、全てが恐れおののくように震えた。


「この者達に永遠の苦しみを」


 自分達が許されないことを悟った兵士達が泣き叫ぶ。だが、デモニカは一切の躊躇いなく魔法名を告げた。彼らに死を告げる絶望の魔法名を。



渦巻く地獄火タービナス・インフェルノ



 その魔法名は俺の知らない物だった。エリュシア・サーガの魔法


 それが口にされた瞬間、草原一体に蒼炎の竜巻が巻き起こり、兵士達が青い炎に飲み込まれる。足から順に燃やし尽くされ、灰になっていく。


 炎の竜巻が金切り声を上げる。巻き込まれた者達の断末魔。絶望の声。全てが合わさった炎の渦は、まるで生物のように暴れ回り、草原を焼き尽くす。


「ヴィダル。これを見て何を感じる。恐怖か? 喜びか? 恍惚か?」


 炎の竜巻に背を向けたデモニカが、俺の耳元へと囁いた。その優しげな声と目にした残忍な行為とが相反して脳が混乱する。


 だが、その問いに関する答えは決まっていた。


「何も無い。怒りだけだ」


 俺の胸にはそれしかない。人身売買? 奴隷? ふざけるな。そんな物をこの美しき世界へ持ち込むな。死にゆく兵士達を使った者達もまた、残虐の限りを尽くして始末してやる。


「それで良い。目の前の彼らを殺したのは貴様の意思だ。罪だ。それを背負え。貴様自身のエゴと願いの為に」


 炎の竜巻が威力を弱めていく。そして、全てが消え去った。美しかった草原は見る影も無く、辺り一面が焼け野原となっていた。


「まだだ。我が力はこれだけでは無い」


 デモニカの声に呼応する様に、水平線の向こうから草木が茂っていく。荒野が草原へと再生していく。


 灰となった者達へ赤い炎が灯り、中から骸骨が現れる。それがゆっくりと立ち上がっていく。体は燃やし尽くされ、火の鎧に包まれた骸骨が5体。先程の彼らが変貌した姿だった。


「我が持つこの世界唯一の力。『再生の火』……貴様を作り変えた力」


 彼女は両手を広げて天を仰ぐ。その顔は、魔王とは思えぬほど慈愛に満ち、悲しげにも見えた。


「全てを燃やし尽くし、我が寵愛ちょうあいを与えし者にはを。それ以外の者は我がへ」


 再生の火。あの魔法といい、やはり聞いた事の無い力だ。力を持ち意思が残った俺と、目の前の兵士達。それを決めるのは彼女の意思次第ということか。


 デモニカにゆっくりと抱きしめられる。


「ヴィダルよ。我はこの力を持ってしても数千年前……1度破れた。絶大な力を持っていようとも、我1人では世界を統べることはできぬ。その為の軍勢が必要なのだ」


 彼女の力。今それを目の前にして確信する。彼女は王たる存在。この美しき世界の歪みを正すだけの力がある。


 そして……。


「貴様は生まれ変わった瞬間より我が血族となった。しかし、問おうその意思を。我と共に歩んでくれるか? 我の行く末を導いてくれるか? 我には……貴様が必要なのだ」


 そんな彼女に必要とされることが嬉しかった。俺が認められたことが。


 彼女の手を取りひざまずく。そして、その瞳を真っ直ぐと見据え、俺は心からの言葉を述べた。



「我が主、デモニカ・ヴェスタスローズ。俺は誓う。必ず貴方をこの世界の王にしてみせると」



 デモニカは俺の顔を見ると、一瞬だけ彼女らしく無い顔をした。嬉しさを噛み締めるような、無垢な顔。しかし、それもまた威厳に満ちた表情に塗り潰される。


「魔王軍知将、ヴィダル。最初の任を与える。この世界全ての征服……その始まりの拠点を作れ。まずは足場を固める」



 拠点の確保か。それならばもう候補は決まっている。



「貴様の心ではもう決まっている様だな。申してみよ」


「ルノア村。その村はエルフェリア侵攻に都合が良い」


 エルフと同盟を組む獣人の村。そこを秘密裏に手に入れることができれば、侵攻を優位に進めることができる。


「それに何より……」



 ルノア村の支配者よ。



 お前には絶望の限りを味合わせてやる。




 

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