第2話 カースド教

 カースド退治が終わると、駅は例によって警察により即座に封鎖された。

 血清を注射しながら、無敵は警官と話した。


「まだ若いのによくやったねえ」

「へへへ」


 険しい顔のてつめは、無敵にくるりと背を向ける。


「先輩、もう帰っちゃうの?」

「おまえ、なんであの時私をかばった? なぜカースドの血を受けた? あれは……」

「だってカースドの心臓の血清打てば回復するじゃん」

「どうして平気なんだよ! 怖くはないのかよ!」


 急に彼女が怒りだしたので、無敵の気分はなえていく。


「だって、楽しい、から。ほめてもらえるし」

「……狂ってる」


 てつめは歩きだした。

 無敵の気分は完全に落ちこみ、ヘナヘナと倒れた。

 警官がびっくりして抱きあげる。


「おい、きみ大丈夫かい?」

「ん……」

(結局そうなんだ。俺なんて)



 てつめは情けなく倒れ、警察に抱えられた無敵に、なんとも複雑な気持ちになる。


(こいつは理解できない。カースドと一緒だ)


 カースドは怖い存在だ。てつめの大事な人たちも、駆除士の仲間たちも、全部やつらに殺され、喰われ、溶かされた。

 が、彼に助けられたことも事実である。

 てつめは無敵の肩を支え、立ちあがらせた。


「先輩」

「おまえは狂ってるが、さっきのには礼を言っとくよ」


 彼はぱあっと笑顔になった。背筋もシャキッとする。


「もう大丈夫です!」

「……?」


 

 駅にむらがる野次馬のなかに、無敵をのぞきみている少女がいる。


 

 

 街じゅうに、十字架が建てられている。人々はその前を通ると、手を合わせて祈る。

 今日はデモの行進部隊が通りすぎた。


「人類はカースドに屈した。この世界に未来はない」

「国民はA世界への転生に賭けよ」


 最近うるさく活動している、過激派宗教団体だ。テロで信者が逮捕される事件もあった。

 関わらないのが一番。

 突然、ビルの電光掲示板や、スマホの画面がいっせいに切り替わる。

 すべてに同じ映像が映された。

 おきなの面の男の上半身。頭に白い布を被っている。


「なにこれ」


 街の人々は混乱する。

 おきなの面の男は、無機質に説く。


『今まさにカースドが全地球を覆った。願えよ。A世界を。転生すれば救われる。A世界へ。A世界へ。A世界へ……』


 デモ隊が同調し、連呼する。

 その場を立ち去ろうとする街の人々の頭に、思想が波紋が広がった。

 この世界に未来はない。

 救われるには転生するしかない。

 A世界へ。


 

 

 会社のモニタールームからは、全国各地に設置された監視カメラの映像が確認できる。

 呼び出された無敵、てつめが駆けつけると、硬い表情の薫が、中心のモニターを見つめていた。画面いっぱいに、白い布を被った、おきなの面の男が映し出されている。


『カースドが全地球を覆った。人類にはもはやなすすべはない。A世界を願え。転生すれば救われる。A世界へ。A世界へ』


「どういうことですか?」

「カースド教がテレビ局を乗っ取ったみたい」


 無敵は小首を傾げる。


「なんすかそれ?」

「おまえはもっとニュースだの新聞だのを見ろ」

 薫が親切に、「一般の神の教義をねじ曲げて解釈してる、タチの悪い過激派宗教団体だよ。カースドでみんなが不安なのにつけこんで、人を操ってるの」


 ほかのモニターには、街の様子も映しだされていた。


「ちょっと、あれ」


 翁が映された、電光掲示板のビルの屋上。

 フラフラと数人がやってきている。彼らはいとも自然に、地上へ飛び降りた。

 その地上では、誰かが誰かにつかみかかり、なぐり、刺し、燃やしている。

 死者が流す血がアスファルトの上やコンクリートの壁に広がる。血だまりから、針のような手がいくつも現れ、生者を中に引きこんだ。


『助けて!』

『痛いよぉ』


 取りこまれた者は壁や地面と一体化し、徐々に皮膚がただれていく。

 てつめの顔色がみるみる蒼白になった。


「先輩?」


 彼女はひざをふるわせ、今にも崩れ落ちそうだ。

 こんな弱気なてつめは見たことない。

 薫は彼女を支えた。


「しっかり。あれは精霊の力を使った暗示と演出。カースドが地球を覆ったなんてうそ。現実が示してる」


 薫はモニターの映像をきりかえた。

 田舎町や海沿い、山中の集落では、特段殺し合いやカースドの出現などはしていない。

 人々が、あの翁の映像を見ていないから。


「てつめちゃんも知ってるでしょ。カースド教は独自の解釈で、カースドのいない並行世界の、ええっと、A世界だった? に、みんなを自死させて導くことを至上命題としてるの。そんなものないのに」

「A世界……?」


 カースドのいない世界? そんなものはない?

 いいや。無敵には心当たりがある。

 薫は無敵のほうを向いた。


「無敵くん。てつめちゃんとテレビ局に行ってあの人を倒してきて」

「え? けどあの人カースドじゃないよ。人間への攻撃は禁止なんでしょ」

「カースド教徒はカースドを培養して悪用するテロ組織なの。人を洗脳して自死させてるあの人もカースドみたいなもの。国からも即時殺害を通達されたから……」

「へえ。なら……、ククク」


 しのび笑いが止まらなくなる。ワクワクした気分で、飛び跳ねたいくらいだ。

 薫は少しおどろいたような表情を浮かべた。

 てつめは顔をあげ、無敵をにらむ。


「なにがおかしい?」

「だって戦えるんだよ。この世界で初めて、人間の能力者と。しかも強そうな奴と。試してみたいじゃん」


 戦うよろこびに、爪がギッと伸びた。

 てつめは唾を吐く。


「おまえ、本当に狂ってるな」


 薫は苦笑した。


「変わったね。無敵くん」




 変わったと言われれば、確かに変わった。

 あの日、教室から穴に入った無敵は、住宅街に放りだされた。もといた世界とそっくり同じ。

 ただ、行くあてはない。学校は空き地だった。

 さまよい歩いた。


(腹減った)


 道行く人は、翼を生やしたり、足を氷にして滑ったりしながら移動している。

 もといた世界とそっくりだが、人間が特殊な能力を持つ世界のようだ。

 フラフラと歩くうちに、自宅があるはずの場所まで来た。絶対にもどりたくないのに、勝手に足がもどってしまった。

 更地だった。

 信じられなかった。

 そこへ近所のおばさんが通りかかる。


「あの、この家なくなったんですか?」

「え? だってこの家のご夫婦がカースドに殺されたから」

(あいつらが、死んだ……)


 ふと、前から中学の制服を着た少年たちが歩いてきた。

 無敵には見覚えがある。学校のいじめっ子の連中だ。

 またいじめられる。


「あ……」


 ひるみ立ちつくした無敵を、少年たちは認識する。

 彼らは鏡写しのように立ちすくんだ。なかには、もらしている子もいる。

 無敵は混乱した。


「や、やっちまえ! この前の仕返しだ」


 意を決したように、少年たちは自らのカバンを能力で火だるまにし、無敵に投げつける。

 熱いのも痛いのも嫌だ。

 反射的に腕をふった。

 指先からギッと爪が伸び、炎のカバンを切り裂いた。

 毛深くなり、筋肉がボコボコと膨張した腕。電柱に叩きつけられると、コンクリートの柱はポキっと折れた。

 少年たちもおばさんも、悲鳴をあげて走って逃げていく。


 無敵は自分の身体からだの強さにとまどった。同時に、新しい、自分だけの力を得たことも自覚した。

 

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