異世界星獣診療所!
琴織ゆき
序章
「……というわけなんだけど、どうかな?
こちらの様子をうかがうように、白衣姿のお父さんが眉尻を下げた。
その腕に抱っこしているのはつぶらな瞳のチワワだ。生まれて半年の子犬で、三ヶ月前からウチ──ミツバ動物病院で預かっている子。
「飼い主さんが亡くなっちゃったから、ウチで飼うって……」
「うん。ほら、しばらくウチで看板わんこをしてくれてたおかげで、今や患者さんから大人気だろう?」
「……しらない」
「ミツバのマルちゃん、なんて呼ばれてるんだよ。で、それを知った飼い主さんの親族の方から、よかったらウチで引き取ってくれないかって申し出があってね。お母さんとも話し合って、茜がよければこのまま飼おうかって話になったんだ」
マルちゃんっていうのは、この子の名前。
ちなみにミツバは、私の苗字でもある。
そう、ここは獣医師のお父さんが経営している動物病院なんだ。
日々、病気や怪我をした動物たちがやってくるところ。
──私が、大きらいな場所。
「……やだ」
答えた瞬間、お父さんの顔が悲しく染まった。心なしか、抱っこされているマルちゃんもしゅんとしたような気がする。
「茜、でも」
「やだ! だって私、動物きらいだもん……!」
食い下がるお父さんをさえぎり、私は病院を飛び出した。
あわてた声が追いかけてくるけど、ふり返ることはできなかった。
◆
「はあ……、はあ……っ。……もう、動物は飼わないって言ったのにっ」
夕暮れの下、行く当てもなく走り続けて、どれほど経ったのか。
私はふと、幼い頃以来一度も来ていない公園の前で立ち止まった。
「ここ、ノアを拾った公園だ……」
ノアっていうのは、二年前まで飼っていた猫の名前。
耳と足の先だけ白い黒猫で、赤ちゃんのときに私がこの公園で拾ったんだ。
それからずっと一緒だった。だけど……──。
「え?」
記憶を辿ろうとしたそのとき、公園の奥に黒い影が動いた。
目をこらすと、一匹の黒猫がなにかを訴えかけるようにこちらを向いている。
ただの野良猫なら、きっと気にしなかった。
でもその子は、耳と足の先が……白かった。
「ノ、ア? ノア……っ!!」
気づいたら、また地面を蹴って走り出していた。
そんな私に驚いたのか、はたまた誘っているのか、その黒猫は茂みをくぐり、公園のさらに奥へと入っていってしまう。
「待って!」
迷いはなかった。汚れても、葉っぱや枝で肌が傷ついても、かまわなかった。
もう一度、ノアに会えるなら。
私の腰ほどはある茂みをかき分けて、必死に黒猫を探す。
どこ? 見間違い? でも、あの柄は……っ。
どうやら完全に見失ってしまったらしい。しかしあきらめきれず、もっと奥を探そうと足を踏み出した──そのせつな。
「にゃあん」
猫の声がひとつ、響いた。
同時に、私の足元から地面が消えた。
例えじゃない。本当に、突然、私の立っていた場所の感覚がなくなったんだ。
まるで、いきなり足の下に落とし穴が現れたみたいだった。
「ひ……っ! きゃあああああっ」
とてつもない浮遊感に見舞われて、私は落下する。
どこに、なんてわからない。
だって、気づけば私は、見知らぬ青空の下を落ちていたんだから──!
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