第3話
謝罪することを考えなかったわけではなかった。
職員室に行って、謝罪さえすれば
ヘッドホンを返してもらえたのかもしれない。
でも、それをするための胆力がもう残っていなかった。
あれから昼休みと二限。
それだけ耐えた。もう無理。限界。
起立をして礼をして。階段を下った。
廊下。チャイムの音が反響している、
古びてざらついた音が私の耳に入り込む。
それを合図に世界が動き出した。
どこかで扉が開く。
誰かが駆ける。
声が廊下を満たしていく。
私は背中を向けて逃げ出すしかなかった。
波が私の背中を追ってきていた。
早く自分の部屋に逃げ込みたい。
耳を塞がなくても生きられる場所へ帰りたい。
今いる場所ではそれができない。
夕暮れになって世界は音を増していった。
階段を下る足音。
せきたてるトランペットの音。
人と人の声。
全部ぐちゃぐちゃになって私の耳に入ってくる。
時折視界に入る人の姿が恐ろしくて仕方がないのだ。
みんな、私よりまともだった。
私だけがまともじゃなかった。
消えてしまいたかった。
ローファーの底でアスファルトが鳴っていた。
豊かな喧騒から逃げるように私は走った。
交差点で行き交うトラックの騒音が今は嫌じゃない。
世界が絶えず発している声の方が恐ろしかった。
向いているはずのない私に向く針をどうしようもなく夢想した。
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