第40話




「目標の様子は?」


『既に現地にいて、バイヤーと何やら歓談中だな。あくまでメーカーと取引相手のつもりらしい』


「売ってるものが物なのに、本当に図太いよね、この手の連中って」




 着地に気づかれなかっただけで、いつ代わりが来るかはわからない。少し駆け足で目標地点側、北向きの縁に位置どり、片膝を立てるように座ってレミゼラM900カスタムの調整を行う。




『自分が悪どいことをしてるからこそ、立ち振る舞いだけは堂々としたいんだろう。安いプライドだ』


「師匠もそう思う時はある?」


『アタシはいつだって控えめな淑女だろうが』


『はい、師匠は素敵な方だと思います』


「姫、あんまり師匠を褒めんなって、調子に乗るから……目標確認」


『時間的猶予はないが、急くなよ』


「わかってるっての」




 覗き込んだスコープの、そのレティクルの中央に標的を捉えた。


 やや禿げ上がった男が、なにやら楽しそうにお喋りに興じている。最後の会話だ、瞬間まで好きにしてればいい。

 



狙いエイム




 ひとつ目の呼吸で、ここに至るまでの疲労、体の痛み、手にかけた男たちの形相、エリツィナへの想いは今だけ、全てを脳内から消し去る。


 私は獣だ。


 目の前の獲物を手にする牙にかけんとする一匹の獣。それでいい。


 ふたつ目の呼吸を静かに、ゆっくりと吸い込んで、吐き切ってから息を止める。


 それからいつも通り丁寧に、引き金に指を添えて。


 引き絞る。


 瞬間、私の身体を疾る電気めいた痛み。


 衝撃が着地のそれで痛めていた身体に鞭を打つ。


 しかし、私の牙、7mmレミゼラ弾は放たれた。


 空を裂き、風を貫き、空間をひたすらに駆けて、駆けて、駆けて。

 



「……弾着確認、頭部ヘッドショットヒット




 スコープの向こうでは、男が血や脳漿を辺りにぶちまけながら、地面へと崩れ落ちる姿を晒している。


バイヤーは至近距離から男の体液やら何やらを浴びて、悲鳴を上げて腰を抜かした。周囲の護衛が慌ただしくなり、バイヤーの肩を持ち上げて撤収しようとしている。


 これは贅沢だけど、私が死ぬ時は出来るだけ綺麗に死にたい。出来れば……エリツィナみたいに、綺麗な人に殺されたなら、もっと嬉しいかもしれない。




『確認、しました』


『向こうも動き出すぞ。撤収、急げ』


「了解。姫、帰りのルートを出してくれる?』


『承知しました。可能な限り屋根沿いに動けるルートを展開します』




 今日の依頼もこれで終わり。


 余計とも言える手間はあったし、冷や汗をかくこともあったけど、今までだってまるでなかったわけじゃない。


 少なくとも、姫の初陣としては上出来だと思う。


 振り返りながら、またテキパキと片付けをしていると、姫の囁くような声が聞こえる。




『気をつけて、帰ってきてくださいね。わたしはあなたを、お待ちしていますから』




 ……姫にこうやって言われるのは、ちょっとむず痒いかも。

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