第26話




「トオル。トオルはこの……依頼を受けるのですか。この人を、殺めに行くのですか」




 これで話は終わりだと思っていたその時、鈴の音の様な声がリビングに響く。今日は私と薫子かおるこさんだけじゃない、エリツィナもこの場にいて、これから何が行われるのかを今、理解したはずだ。だからこの質問も意味はわかる。けど。



「やるよ。先に言っておくけど、『殺生はいけません』なんて虫唾が走る様な事を言ったら、さっきの話は無しにするから。今、ここで、私が、あんたを殺す」


「……そんな、つもりは……」


「おい、透。伶奈れなを苛めるのもそこまでにしておけ」


「師匠。この場にこの子を居させたってことは、こう言う事はわかってたんじゃないの。それを聞いて、私がどういう反応をするのかも」


「それはそうだが、それにしてもだ」


「私はこうやって、他人の命を奪う事で生きてきたんだ。その方法は師匠に学んで、それが私をではなく、一人のにしてくれた。それを、今日出会ったばかりの奴に否定はさせない」


「……」



 これは、私の矜持だ。


 血に塗れたこの手は、今更銃を置いたところでその事実は消えてくれない。私が私であり続ける為には、私は誰かの命を奪い続ける他ないんだ。勿論その相手は誰でも良いとは思っていない。で、出来ればこの世に居ない方がいいやつ。そいつらの命を刈り取る事で、私はこの世界で正気を保っていられる。


 だからそれを、わかりやすい様に殺気を添えて、目の前の汚れも知らなそうなお姫様にぶつけてやる。彼女の白い手が震えているのは見えている。


けど、これで理解してくれなきゃ、あとはもう殺しあうしかない。それを出来ればしたくないというのは、私のささやかな祈りだ。




「……でしたら、わたしにも協力させてください」




 この返しは、正直予想外だったけど。




「いや……は?」


「わたしには力があります。二人の様に、誰かを手にかけたりは出来ませんが、それでもこの頭脳があります」


「それはまぁ……いや、素人が何言ってるのさ。あんたは黙って、家にいればいいでしょ」


「シロウトなのは理解しています。それでも……わたしはトオルの出来るだけ傍に居て、力になりたいです。わたし一人、家にいるのは……遠すぎる様に、思います」




 最後は消え入りそうになった彼女の声が私に届いて、とりあえず、殺気を収める。


 こればっかりは理解の埒外らちがいだ。私が外で誰を殺してこようが、エリツィナの手は汚れた事にはならない。だから家に篭って、学校に通って、暢気に女の子らしい生活を送っていればいいはずだ。私のやっている事が他人には話せない事だとしても、黙ってさえいれば彼女の生活は守られる。


 けど、協力するとなれば話は変わる。彼女自身が手を汚していなかったとしても、協力者として間接的に彼女の魂は汚れる。それを理解しているのか?




「……アタシは、賛成できないな」


「……カオルコ」


「アタシと透は、もうそういう風に形作られた人間だ。けど、伶奈は違う。キミの生まれに他者の意思が介在していたとして、これからのキミは自由にその形を選ぶ事ができる」


「……ですが、ですが。わたしは二人と共に居たい。その為なら、なんでもします。だから、だからどうか」


「私たちとって……別に、協力しなくたって捨てたりはしないよ。邪魔するなら話は変わるけど」


「それでも……どうか、わたしも共に……お願い、します」



 そう言ってエリツィナは頭を下げた。私から見て表情が薄いと感じていた彼女が見せた、精一杯の感情表現に、言葉を失ってしまう。


 ……否定的な事ばかり言ってしまったけど、その姿を見ると、なおのこと彼女はこちらに来るべきでは無いと思う。彼女の様に綺麗な人は、綺麗なまま在る方が世界の為だ。




「私は……」




 でも。


 あぁでも。


 そんな綺麗な彼女が。


 


 それはどれだけ私にとって救われる事なんだろうか。


 そんな事を考えてしまって、否定する言葉を紡ぐ事ができない。薫子さんを見るといつの間にかタバコに火をつけていて、そうして眉を寄せて、厳しい目でエリツィナを見やっている。


 やっぱり彼女からすると、エリツィナには私たちが行なっている事を知っている前提こそ求められるのであって、巻き込むことは望ましくないんだろう。だからここは、私が否定するしかなさそうだ。

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