第5話




「——それでさぁ、久々に2038年のMMMの映像見てさぁ。やっぱあの年は最高だったね!」


「ワンダラーブルーが招待された年のやつ? あのバンド好きだね」


「そうそう! なんだよぉ、とおるはあたしの事めっちゃ理解してくれてるじゃんかぁ。あたしのこと好きすぎかぁ?」


「はいはい。普段からあんだけ言われてれば、嫌でも覚えるっつーの」




 教室に入れば、クラスメイトの何人かが挨拶をしてくれるので、私もひまりも『はよー』とラフに返したりする。彼女達はヒマリとは距離感が違って、友達ではなくクラスメイトという感覚がぴったり似合う。


 だからこそ挨拶だけはきっちり返す。学生生活を送る上で協力体制を敷く事もあれば、下手に邪険に扱った際には敵に回る恐れすらある。


そういったリスクヘッジは、私にとって師匠に最初に叩き込まれた最低限のスキルだ。


 私が窓際最後方の席へ向かえば、ひまりは入り口側の自分の席へ荷物を放り投げ、すぐさま私の所へ駆け寄ってくる。


寄ってきたかと思えば、椅子に座る私の隣へしゃがみ込み、私の太腿の上に頭を預け始める。この子はほんと、私の太ももが大好きだな。


 自分の席については、窓際、というのがかなり気になるところではあるけれど、後ろの列になったのは嬉しい。背中に誰もいないというのは、どうしようもなく安心できる。




「それでさぁ、今年の夏。どうかなぁ?」


「どうかな、とは?」


「一緒にMMM行こうよぉ、ミッドナイトムーンミュージックフェス! 今年はジェシカ・ファムが来るんだって!」


「へぇ、ジェシカが……いいね、めっちゃ行きたいかも」




 こんな言葉が表面上のものとはいえ、つらつらと並べられるようになったのは、私も成長したものだと思う。


洋楽もギターも好きではある。師匠の影響で。ひまりに対しては、友達という間柄を有しているという認識もある。けどそれだけ。


私の本質はどこまで行っても殺人者で、それ以外のことに対しての関心は、そう強く持てない自覚はある。あるいは、持つべきではないと言う警戒心がある。


 しかしここで否定的な言葉を口にすれば、ひまりは悲しみ、もしかしたら私から離れていくかもしれない。そうしたリスクは冒すべきではない。




「でしょ! だからさぁ、今年の夏休み行こうよぉ」


「でも、毎年夏は仕事の手伝いがあるから……うーん」


「お世話になってる親戚の人の、だっけ? どうにかなんないかなぁ」


「どうにか交渉、頑張ってはみるけど。休みがもらえそうだったら私から言うから、期待しないで」


「はぁい。とおるがそう言う時は、大体ダメな時だよねぇ」


「ごめんて、ほら、チョコあげるから」




 鞄の中、大袋に入った一口チョコを一粒取り出して、ひまりヘ渡そうとする。けど彼女は私の太ももの上で口を開いたまま、受け取ろうとしない。




「……要らないなら、私が食べちゃうけど」




 このチョコは、私のの一つだ。国内有数のテーマパークで販売しているチョコ。その製造元が、材料の余りを使って一般向けに販売しているもので、上質な甘さはもちろん、そのカロリーも100円で買えるようなチョコとは比べ物にならない。それを分けてやろうと言うのに、この子は何が不満なんだ。




「要る。けど、あーんって」


「はぁ? 自分で食べなよ」


「あーぁ! ひまりさん傷ついちゃったなぁ、親友に夏のデートを断られて、その上チョコを食べさせてくれることもしてくれないなんてぇ!」


「で、デートってあんた……はぁもう、しょうがないなぁ」




 わざとらしく拗ねた友人に呆れつつ、チョコの包みをぺりりとはがして、文句を垂れる口へと放り込んでやる。途端に満面の笑みを浮かべるんだから、ゲンキンなやつだ。




「んまー、あまーっ。いやぁ、親友の太ももの上で食べる親友のチョコは、格別だなぁ」


「調子のいいことで。機嫌、治った?」


「機嫌? なんの話ぃ?」




 こいつめ。人の命綱を貪っておいてなんたる言い草か。


 とぼけた彼女の頬をぶにぶにともみくちゃにしていると、LHRの時刻を告げる鐘が鳴り響く。それを聞いたひまりは自分の席に戻っていき、私も座り直して女子高生の一日を迎え入れる準備をした。

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