記録2

 教室へ入ってから、僕らはしばらく会話を停止していた。

カツカツカツ、とチョークの音が、あーたらこーたらと教師の声が、時々頭に響く。今僕は彼らを見ることは出来ない。本を読んでいるからだ。この方がよほど勉強になる。

 隣の席のめぐみが、ふぁー、とあくびをした。たぶん目の前の禿げた数学教師の話がつまらなかったのだろう。僕もつまらないと思う。ふぁー、と僕もあくびしてみた。

 窓からは迷惑極まりない強い日差しと、うっとするぐらいもんわりとした空気が入ってくる。

まぁしかたない。一年は長いのだ、別にこんな日があっても、誰も文句言えやしない。

 そう、誰も文句言えやしない。


 真っ赤な夕日を全身に受けながら、セミは僕の前を通りすぎた。辺りは少し暗く、僕はベンチに座って落ちかける太陽を眺めている。西の空はあまりにも遠く、また他人事のように僕らを見つめている。

 見つめている。

「そこの兄ちゃん、悲しい顔してるね」西の空が言った。

「駄目だよ、そんなこと言っちゃ、失礼だよ」南の空が言った。

「しらんわい、悲しいって言ったら悲しいんだ」西の空が言い返した。

「それでも声に出すのは駄目じゃん?」と東の空が言った。

 はぁ、とため息をついた。僕はここで何をやっているのだろう。まず僕の顔はそこまで悲しい訳じゃないし、それについて空に文句を言われる筋合いもないのだ。

 やがて目を閉じる。

 ザク、ザク、ザク、という音が微かに聞こえる。そのリズムは一定だ。そして少しずつ大きくなっていく。僕は息を吸った。そして、吐いた。ベンチから立ち上がり、目を開く。

そして後ろを振り返った。

「送れてごめん」そこにはめぐみがいる。落ちかけの太陽が、彼女の短い髪を染めている。彼女は僕の隣に座り、しばらく何も言わないまま、もう消えつつある夕焼けを見る。


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