はっひークリスマス!(後)
壁を爪の先で引っ掻くような音が聞こえる。
不規則なリズムを刻むそれは脳を内側から削り取らんと細く鋭く反響する。
――カリ、カリ、カリ。
頭がおかしくなりそうだった。いや、既に手遅れなのかもしれない。
布団からはみ出ないよう身体を丸めながら、憂はスマホで時刻を確認する。
午前二時――丑三つ時。
見なきゃよかった。そんな後悔に襲われつつ、スマホを操り葉火から定期的に送られてくる自撮りのうち一番強そうな写真を表示して、隙間に差し込み外へ出した。
魔除けである。
音は止まない。
即回収。
恥を捨てて三耶子か夜々に助けを求めようかと思ったが、彼女達はもう寝てしまったし、憂としても眠っていて欲しかったので起こすわけにはいかない。
大はしゃぎして疲れも溜まっているだろう。
三十分程前、葉火の部屋での三人を思い出す。
夜更かしの耐性がないらしい葉火は「れんれんれむくらいわろ」と舌足らずな呪文を発し、夜行性である夜々と三耶子も口数少なく眠たげに目を擦っていた。
そんな三人を布団に入れて寝かしつけた憂は、全速力で廊下を駆け抜け、寝床となる部屋(祭壇)へ到着すると同時に布団へ飛び込み――考え事や氷佳動画に時間を費やし、さて起き上がろうと決意した折、不可解な音が鳴り始め、現在。
このまま眠ってしまえば何事もなかったかのように朝を迎えられるのかもしれないが――這い寄る恐怖に耐えきれなくなった憂は、大胆に、思い切って布団から顔を出した。
暗闇に目を凝らす。音の発生源は正面の襖辺りのようだ。
立ち上がり電気を点ける。不自然に明滅するのが不気味で頼りたくなかったが、やはり灯かりは頼もしい。
視線を散らせば人と見紛う黒髪を誇る日本人形達を拝むことになるので、襖の引手だけをじっと見つめる。
そうしていると、音が止んだ。
これで一件落着――というわけにはいかないので、憂は掛布団を盾のようにしながらじりじりと襖へ近付き、引手を掴む。
息を呑み、数拍置いたのち、意を決して襖を開け放った。
すると。
「わっ!」
と。
こちらを驚かせようとしたらしい控えめな声が聞こえてきた――が、待ち受けるは掛布団。予想外だったのだろう、布団の向こうから「なにこれ!?」と驚きの声。
憂は布団を下ろし、音の正体を確認する。
「ぬりかべが憂くんになった!」
不気味な音を発していたのは、夜々だった。薄黄色の浴衣に黒の長羽織という装いで、いたずら失敗にはにかみながら頬を掻いている。
心霊現象じゃなくて良かった。
もしかすると目の前の夜々は幻なのかもしれないが、可愛いので気にするまい。
「夜々ちゃん。お話があります」
「なんでしょう。怒られますか?」
「いいえ。よくぞ来てくれました」
丁寧な物言いで憂は夜々を部屋へ招き入れる。
踏み入った夜々はあちこちを眺めながら、苦笑い。
「私、お化けとかだいじょぶな方だけど……これは流石に雰囲気あるね。昼見た時と全然印象違うや」
箪笥の上をはじめ床のあちこちにも人形が配置されていて、触るのも恐ろしいのでそのままにしている。
「電気が点いたり消えたりするけど、気にしないでね」
「そんな恐ろしい部屋だとは……ごめんね驚かせちゃって。でもここで寝られるってことは、案外平気なのかしら?」
「旅館とかだったらすぐにでも移動するけど、余所の家だと、ね。勝手にうろつくのはどうなんだって、良心が」
夜々が布団の上に腰を下ろす。
憂も隣に座りぴったり肩をくっつけた。
「怖いんだね」
と言って、夜々は意地悪な笑みを浮かべ距離を取る。憂はすぐさま空いたスペースを埋め、雑談を始めた。
「てっきり寝たものだと思ってたよ。眠そうだったし」
「そうだね。実はすっごく眠いからそろそろ戻るよ」
「まあまあまあ。待ちなさいな夜々ちゃんや」
立ち上がった夜々の手を掴み、座っていただく。
止めるべきではないと分かっていながらも、自分以外の誰かがいる安心感は簡単に手放せない。
だから手も離さない。
「憂くんは、かっこ悪いねぇ」
「……見損なった?」
「前にも言ったでしょ。ぜんぜん」
「……ありがとう。それじゃもう遠慮なく言うけど、すっげえ怖いからもう少し一緒に居て欲しい。お願い、おねがーい!」
「これも前に言ったけど、全然似てないからね! 私の真似!」
「朝巳さんには好評だったのに」
「いつの間に披露したのだね!」
お互い声の音量に気を遣いながらじゃれあっていると、不意に、夜々がなにかに気付いた顔をして、
「憂くんさ、文化祭の時、お父さんと二人で話したりした?」
と言った。
不意を突かれ顔に出てしまった気がするので、素直に認める。
「えーっと……まあ、少しだけね」
「どんな話したの?」
「僕が一方的に話を聞いてもらったんだよ。内容は……恥ずかしいから想像に任せる」
口外しないと約束しているので、迂闊なことは言えない。
追及をどう回避するか考える憂だったが、意外にも夜々は無言だ。どころか、嬉しそうに微笑んでくる。
「……もしかして、とは思ったけど。そっか」
「どういうこと?」
「なんでもないよ。ありがと」
意味深な発言をした夜々は、「そっかそっか」と味わうように繰り返す。
こちらに疑問が生まれる結果となってしまったが、誰にも言わないという朝巳との約束はギリギリ守れたようなので、これでいい。
安堵した憂は、仕上げに話題を切り替えにかかる。
「葉火ちゃんと三耶子さんは、寝てるの?」
「仲良く州の字になって寝てるよ。いまは私が抜けて縦の長い棒が一本足りないけど」
「川の字じゃなくて? え、どういうこと? どういう体勢なのだね」
そこで夜々は表情を抜き、声のトーンを落とす。
「点の部分にはね……知らない子供が立ってたんだよ!」
尻上がりに熱を込め、凄んだ顔をぐいっと寄せてくる。
まさかの怖い話だった。
憂は話の内容ではなく顔が近付いてきたことに驚き、夜々の手を離さないまま、のけ反った。
「あはははは! 憂くんはほんと、怖がりだねえ。じょーだんだよ。実はね、みんなで憂くん驚かそうって話してさ。お風呂で」
「詳しく聞かせてもらおうかな」
「すっごい広くて気持ち良かった。私の家も総檜を検討するよ」
「うんうん。いいね、それで? どこから洗ったの? 僕は心から洗ったよ。だから安心して話してごらん」
「そっちじゃないってツッコミ待ちだよ」
「いや、聞きたいのはそっちだし」
夜々がジト目を向けてきたので、「じょーだんだよ」と返した。
「寝たふりして、あとからみんなでここへ来る予定だったんだけど、葉火ちゃんはほんとに寝ちゃった。張り切って色々用意してくれてたし、起こしちゃ悪いから、そのまま。今頃きっと夢の中だね」
「三耶子さんは起きてるんだ」
「葉火ちゃんが起きた時に一人だと拗ねるから、一緒にいるって。でも憂くんも心配だってことで、私が来たというわけ。交代制だよ」
「そっか。ありがたい話だ」
「うむ、感謝したまえ。なんちゃって」
可愛らしい悪だくみだ。同時に凶悪でもあるが、彼女達からのサプライズとして受け取れば、トータル……流石に凶悪が勝った。
会話が途切れ、そこに夜々が次を差し込んでくる。
「そういえばさ、一つ気になってたんだけど」
「いくつでもどうぞ」
「憂くんさ、ちょこちょこ葉火ちゃんのこと呼び捨てにしてるよね」
してるけど。
葉火って、ちょこちょこ呼んでるけど。
本人ではなく夜々に指摘され、憂はわずかに動揺した。
特に劇的な理由があるわけでもなく、許可もなく、さながらチキンレースを行うが如く探り探り呼ぶ、いわゆる度胸試しのようなものなので、面と向かってトピックにされるとものすごく反応に困る。
いや、前に本人から直接呼び捨てを求められているため許可は出ているのだが、一ヶ月以上も前のことだし、そも、訊かれているのはそういうことではないだろう。
夜々がじっと見つめてくる。
隠すようなことでもないので、憂はどうして度胸試しへ至ったのかを語り始めた。
「最近、葉火ちゃんと遊びに行くことが多くてさ。釣り堀とか、スポーツ観戦とか。そんな色々があって、呼び捨てする方が自然な気がしてきたんだよね。葉火ちゃんも僕のこと呼び捨てだし」
「なるほどね。うんうん、最初は喧嘩してた二人が仲良くなって私も嬉しいよ」
数度頷いた夜々が、ぺかーっと笑って空いている手で自身を指す。
これはなにかを求めている合図だ。この子の生態にはそれなりに詳しい。私も、とか言い出すに違いない。
「私で練習してみなよ。文字数を考えれば一番回数こなせるし」
「そういうものかな」
「そういうものだよ。さて、私の名前は?」
「可愛いよね」
「戻るね」
すっと立ち上がる夜々ちゃん。執念深く手を握り続ける憂の説得で、夜々は再び座り直した。
電気が消えて、再度点灯する。
この後訪れるであろう展開は予想がついたが、無理を言って留まってもらっているのだし、場を繋ごうとする夜々の厚意を無下にするわけにはいかない。
だから、自然に。
それとなく。
「じゃあ、付き合ってもらおうかな。夜々」
「……やー、照れちゃうね」
「……ほら。照れるからこっちも恥ずかしくなるんだよ」
こうなると思ってた、憂は心の中でそう呟く。
名前呼びに切り替えた時と同じく、夜々はふにゃりとした表情でわざとらしく頭を掻いている。
憂が「夜々」と追撃すると、すかさず「憂」と返ってきた。
「……よよ」
「……ゆう」
「よよぉ」
「兄ちゃぁ」
最終的には氷佳の物真似合戦となり、終戦後ひとしきり照れ合ったあとで、憂は思い付きを口にする。
「これさ、三耶子さんにも仕掛けてみない?」
「いいね、そうしようよ。三耶子ちゃん反応可愛いから楽しみだよ」
と、二人は恥じらいから一転、悪い顔で悪だくみ。
意外と様になっている悪役顔のまま、夜々が不敵な笑みを湛える。
「三耶子ちゃん起きてるだろうし、憂くんもこっちおいでよ」
「すごく嬉しいお誘いだけど、女の子の部屋に夜お邪魔するのは不味くない?」
「私達、いま二人だよ」
確かに。冷静になって考えてみると現状の方がよっぽど不味かった。
それに、部屋の主を日本人形だとするとここも立派に女の子の部屋かもしれない。
心霊系ハーレム。
冗談じゃねえ。
誘いを受けることにした憂は、夜々の手を引きながら立ち上がり、ついでに調子に乗った。
「それじゃ行こうか。おいで、夜々」
「…………ぬぁ」
効果は抜群だった。
俯いた状態で変な音を発した夜々が、忙しない動きで襖の方へ動き出し、憂は引っ張られる形で後に続く。
夜々は引手に指先を引っ掛けると、やや乱暴に襖を開け放ち――そして。
目の前の違和感に気付き、絶叫した。
「ひゃーっ! なんだなんだ!?」
憂も夜々と同じ物を見ている。夜々と異なり無言なのは、あまりの衝撃に思考がフリーズしたからだ。
視線の先。
襖の向こうに待ち構えていた衝撃の正体は――トルソー。
手足の無い胴体。
頭の無い人型。
心無い人形。
なぜこんな物が、いつの間に。
徐々にまとまる思考が目の前の光景に理屈をつけようとしたが、夜々が抱き着いてきたため瞬く間に霧消する。しかし伝わってくるやわわかさも、いまは気にする余裕がない。
憂は夜々を抱き返し――慌てて布団へ潜り込んだ、が、上半身だけ。二人は腰から下を無防備に晒した状態で向かい合う。
「なんだあれなんだあれなんだあれ!」
「呪われたーっ! はんぶんこね! はんぶんこだからね! 手と足一本ずつ!」
「頭はどうしよう!」
「どうしよ! 頭! アダマンタイト!」
恐怖を紛らわせるため、夜中であるにもかかわらず声を荒げる憂と夜々。
やがて二人は沈黙し、動きを止めたのち、ゆっくり足を畳んで布団の中へ逃げ込もうとする。膝同士がぶつかり合う。
そうしていると、
「あはははは! なによあんたら仲良しね! 可愛いじゃないの」
聞き慣れた声が響いた。
ゆっくり掛布団を上げ、トルソーの方を見遣る。
スウェットを着た葉火が腰に手を当て、高らかに、そして朗らかに笑っていた。
隣の三耶子も堪え切れないといった風に口元をほころばせている。青い着物が放つ大人びた雰囲気とは真逆の、子供っぽい表情。
――こやつらめ。
憂と夜々は、ずっこけるように床へ伏した。
「大成功ね。音を出さないように運ぶの、大変だったのよ」と、三耶子。
「安心しなさい、着付けの練習に使うチョリソーよ。取って食ったりしないわ、むしろ食べられる側ね、こいつ」
上体を起こし、憂は言う。
「チョリソーを練習台にするな。ソーセージって、服着た肉だろ。あんまり重ねると暑くて怒り出すぞ」
「うまいこと言うじゃない。チョリソーだけに」
「判定が甘すぎる! チョリソーなのに!」
「それにしても、憂はともかく、平気ぶってた夜々もなんて体たらくよ。これに懲りたら二度とあたしを怖がりなんて言うんじゃないわよ。あんたが生きてるのは、あの時のあたしが湯船に浸かって気分が良かったからだと思い知りなさい」
どうやらお風呂で交わしたやり取りが、今回のいたずらに繋がっているようだった。
夜々も上体を起こし、ぷりぷりと言い募る。
「ごめんなさいでした! でもこんなことされたら誰だって驚くよ! 葉火ちゃんだってだるま落としみたいに腰抜かすんじゃないかな!」
「あたし、だるま落としは頭から落とすタイプなの」
「それはただの暴力だよ!」
「暴力。そうだ、関係ないけど、暴食ってアバランチって読んでもいいのよね?」
「いいわけないじゃん! 食の読み方ランチじゃないよ!」
暴の方もギリギリアウトだろ。憂は心の中で突っ込んだ。
仲良く言い合う葉火と夜々、それを眺める憂の隣に三耶子がやってきて、座り込む。
「夜々ちゃんが先にお風呂を出たから、葉火ちゃんと二人で悪だくみしたの。上手くいって、嬉しいわ」
「……そっか。まんまとやられたよ。でもね三耶子さん、悪事は自分へ返ってくるものらしいよ」
「ふふふ。それはすごく、楽しみね」
企てた直後に痛い目を見た憂は、説得力のある言葉だと自賛しつつ、立ち上がって三耶子を向く。
そして言う。
「もう少しみんなで遊ぼう。場所を変えようか。行こう、三耶子」
「え……え?」
直前までの微笑み顔から一転、呆気に取られる三耶子。
夜々もすかさず参戦する。
「そだね。ほら行こ、三耶子」
「え? な、なにが起きているの?」
赤面しながら困惑する三耶子の口元はふにゃりと緩んでいた。夜々が頬ずりをすると、三耶子はだらしなく笑った。
〇
大きな池の畔。
寒空の下。
葉火が「外行くわよ」と言い出し、特に反論もないまま、四人は庭に出て夜を浴びていた。
冷たい風が吹くたびに身体が強張る。
「うむ、あったかめ」
羽織を更に数枚重ねた夜々が満足気に唸る。
見栄えを無視して実を取った彼女の防寒対策はばっちりのようだ。
三耶子は青い着物の上から赤い革ジャン。
喜びに震えながら、しきりにハーゲンダッツやナイフを求めている。
葉火はスウェットにスタジャンというカジュアルな装いで、手に持った袋を意気揚々と掲げた。
「花火やるわよ花火! あたしの夏はまだ終わってないわ!」
「賛成したいけど、冬に花火って危なくない? 乾燥してるし」憂が言った。
「池あるし、石ばっかりだから大丈夫でしょ――と思ったけど、確かに危ないわね。この家、よく燃えるだろうし。この歳で海外逃亡なんて御免だわ」
「年齢関係ないわよ」
「海外に行ってみたかったし、いい機会かもしれないわね。あったかい島でのんびり過ごそうかしら」
「見過ごせないわ。それに、なにをのんびりするつもりでいるのよ」
「冗談よ。あんたらと離れたくないし」
強引な前振りながら見事三人を照れさせた葉火は、袋の中から束とマッチを取り出す。
「これならいいでしょ、線香花火」
冬に線香花火というのも味わい深い。
憂が賛同すると、三耶子も続く。
「いいね! 誰が最後まで火の玉残せるか競争しよーよ!」
と、大賛成の夜々がウキウキと肩を揺らすのを見て、すぐにでも落っことしてしまいそうだ、と憂は思った。
そうして四人は池の畔で円を作り屈み込んで、額を付き合わせる。
傍から見れば怪しい集会に違いなく、虎南をとやかくは言えない状態だ。
葉火がマッチを擦り、花火に火を灯していく。
ぱちぱちと音が鳴る。
小さな火が一生懸命に輝く姿は、寒さを一時忘れさせた。
しばし無言で火花を見つめていると、
「悪くないけど、本番は夏までお預けね」
葉火が言った。
嬉しそうに。
待ちきれないといった風に、笑いながら。
夏を待ちわびる無邪気な姿は葉火によく似合っていた。
受けた三人はそれぞれ首肯で同意を示しながら、寒さに震える。
どれだけ着込んでいても、手が露出しているため温度を奪われていく。
葉火だけが寒風を物ともせず、火球を落とさない遊びに興じていた。そんな有様なので葉火以外は勝負の土俵に立つことすらできず、瞬く間に決着。
威張り散らす葉火を褒め称える結末となった。
「いつでもリベンジしてきなさい。次は水鉄砲持って戦おうじゃない」
楽しかったし独特な情緒を感じられたが、長く続けるのは厳しそうだ――憂が代表して撤退を持ちかけようとした折、勝者の葉火が気持ち良さそうに伸びをして、言った。
「そろそろ寝るとしましょうか。お腹空いてきちゃいそうだし」
勿体ない気もするけど、と添えて。
ここらで切り上げ、いよいよ就寝することとなった。
確かに、名残惜しいけれど。
そうやって、日々は続いていく。
そしていつか、夏が来る。
冬もまた、やって来る。
「あ、そうだ。言い忘れてた」
と、室内へ戻るべく歩き出した葉火が振り返り、三人を見て、不敵に笑う。
それから、相変わらずの自信家っぷりで。
「メリークリスマス。愛してるわよ、あんたら」
淀みなくそう言った。
明日の空も、きっと晴れる。
雪はまだ降りそうにない。
〇
再び日本人形ちゃんの部屋へ戻ってきた憂は、目を擦りながら睡魔の猛攻に耐え、一時間程経って、荷物を持ち廊下へ出た。
音を立てないよう細心の注意を払い、暗い廊下を慎重に歩き抜け、葉火の部屋に到着する。扉に耳を当て中の様子を窺う。なにも聞こえない。どうやら三人とも眠っているようだ。
静かに、ゆっくり扉を開け、中へ入る。
布団が三つ並んでいるが、暗くてどれが誰だか分からなかったため、中央の布団の頭側、少し離れた位置に三つの包みを置いた。
そして、そそくさと退散。
電光石火の早業である。
目的を達成すると途端に夜闇の恐ろしさが鮮明に感じられたので、早歩きの範疇を超えないよう気を付けつつ、自分の部屋へ戻った。
布団に潜り、目を閉じる。すぐに眠れそうだ。
憂は意識を手放す前に、もう一度、三人のことを考える。
枕元に置いた三つのプレゼント。
葉火と夜々と三耶子、それぞれのイメージに合った物を考えて選んでみたが、喜んでもらえるだろうか。
なにせ一人で選んだ物だ、自信はない――けれど。
それなのに。
喜んでくれる顔しか想像できなくて。
安心した。
勝手な想像をして勝手に安心した。
自分の調子良さに思わず笑い――心地よい充足感の中、憂は眠りについた。
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