閃光のハムスター

 十二月もあっという間に半ばを越え、冬休みが週末にまで迫っていた。


 月の初めには期末試験という難関が立ちはだかったが、嘘偽りなく成績上位に身を置いていた葉火先生の過酷な修行パートのおかげもあって、憂達は無事にテストを乗り切ることができた。


 葉火は基礎を教えるのが上手い。応用になると感覚重視の天才肌な一面を押し出してくるためあまり参考にならなかったが、その気になれば言語化できるのだろうな、と憂は思った。


 そんなこんなで本日、十二月二十日、月曜日。


 登校した憂はのっそり自席に鞄を置き椅子を引くと、身体を痛めつけるように勢いよく着座し、手足をだらりと投げ出して、脱力。

 さながら抜け殻の如き有様で呆然と天井を見上げる。


「どうした姉倉。キャラ変わってんぞ」


 やって来た虹村の顔を、瞳だけ動かして見る。気の毒そうな声音と対照に、興味津々といった様子だ。


「虹村……僕はね、クリスマスが憎い。あんなものはただの日付だろ。そうだよな」


「どうしたんだよ。フラれたか?」


「フラれた……こっぴどく」


「誰に?」

「妹」


 憂は力なく垂らしていた左手をぬるりと動かし、虹村の腕を掴もうとしたが、難なく回避されてしまう。


「虹村まで僕を否定するのか」


「よく分かんねえけど面倒――俺には荷が重そうだ。待ってろ、力持ちを呼んできてやる」


 そう言って憂の元を離れる虹村。

 程なくして登場した三耶子が、上から憂を覗き込む。


「おはよう憂くん。どうしたの、ぐにゃぐにゃして。ヒューマンフォールフラットの真似?」


「なにそれ……おはよう三耶子さん。実はね、悲しいことがあったんだ」


「氷佳ちゃんとなにかあったのね。それじゃ、聞かせてもらおうかしら」


 ちょっとだけ呆れた風の微笑をして、三耶子はお行儀悪く机の上に座り、正面から憂を見下ろす。見下ろして、「どうぞ」と言う。

 憂は身体に力を入れて座り直し、俯きながら話し始めた。


「……土曜日って、氷佳の誕生日じゃん? 二十五日。冬休みだし、バイトも休みを取ってるから、例年通り一日通して祝うつもりだったんだ」


「例年通り……」


「なのに氷佳ってば、暁東くんに祝ってもらう約束をしたって言うんだ。聞き間違いかな? と思って夜々さんと虎南ちゃんにそれぞれ聞いてみたんだけど、どうにも真実っぽくて……チョーありえないバタフライ」


「思っていたより余裕あるわね」


「悲しかったけど、氷佳が望むことだから、受け入れた。代わりに前日、イブを一緒に過ごそうと思ったんだけど……」


「暁東くんと一緒に過ごすのね」


「なんで分かったの?」


「どうして分からないと思ったの? 憂くんの家で一緒にケーキを食べるところまで読めたわよ?」


「本当になんで分かったの!?」


 三耶子の慧眼に憂は惜しみない拍手を送り、仮初の余裕を顔に貼りつける。

 まさしく三耶子の言う通りで、氷佳は二十四日、姉倉家でクリスマスパーティーを行うらしい。暁東だけでなく、学校のお友達もたくさん呼ぶのだそうだ。


 嬉しそうに招待状を作る氷佳の姿を思い出す。

 寂しいけれど、本当に寂しいことだけれど――氷佳が友達とイベントを楽しむ幸せを邪魔するつもりは当然無い。

 それがどれだけ掛け替えのないものなのかを、憂はもう知っている。


 だから誇らしき兄として、小学生が喜びそうな差し入れを用意するつもりだ――それはそれとして、ショックなものはショックなので、こうしてへこたれているのだった。

 憂は長い嘆息ののち、言う。


「というわけで、僕の冬休みは苦しい滑り出しとなりそうだ」


「ふふふ。だったら、私達もやっちゃう? クリスマスパーティー」


「わあ……!」


 パーティーという華やかな響きに目を輝かせ、前のめりになる憂。

 想定以上の反応だったのか三耶子はほのかに驚いた表情をしたが、すぐに切り替え、憂を迎え撃つように身を乗り出してくる。

 いきなり目の前に三耶子の顔がきたため、憂は慌てて身を反らし、何事もなかったかのように居住まいを正した。


「僕、あれやりたいな。みんなでプレゼントを持ち寄って交換するやつ」


「私も。今まではずっと一人でやっていたもの。このチャンスを逃すものですか」


 うきうきと瞳を煌めかせる三耶子の言を受け、憂は静かに席を立ち教室を出て行こうとする。三耶子は憂のブレザーの裾を掴んで引き止めると、首を傾げた。


「どこへ行くの?」

「厳罰」

「いいのよ、すごく反省してるみたいだから。ありがとう」


 かくして鹿倉潮はまたしても三耶子に命を救われたのだった。

 考えていることなどお見通しだと言わんばかりの三耶子に促され、座り直す。楽しい話を続けましょう、と三耶子は言って、続ける。


「さてパーティーの話だけど、場所はどこにしましょうか。葉火ちゃんと夜々ちゃんを誘うにしても、ある程度は決めておいた方がいいわよね」


「そうだね。折角なら豪華客船でも貸切りたいけど現実的じゃないし……」


「海の上でクリスマス、ロマンチックね。現実的なラインでいくとお部屋水浸しくらいかしら。そうなると……物を運び出せば、私のおうちでも――」


 と、そこまで言ったところで、


「話は聞かせてもらったわ!」


 とりあえず主導権を握ろうという魂胆が見え見えのセリフと共に葉火が現れた――もしかすると本当に聞いていたのかもしれない、葉火の頭に乗っているサンタ帽を見て、憂はそう思った。


 葉火は憂達の目の前までやって来ると、持っていたカチューシャを憂の頭に乗せた。トナカイの角だ。


「なによあんたら、朝っぱらから見つめ合って。あたしのことも見ていいわよ。どうしてもって言うなら、水着くらい着てあげるわ」


「おいおい葉火ちゃん。できもしないこと言うもんじゃない。既に着ているようならシャイな僕でも謝意を表すが、さて答えはどうだ?」


「あんたってそういうとこ普通に男子よね。ま、期待してなさい。というわけで朗報よ」


 憂と三耶子の視線を受け、ふふんと自信の色濃い顔をする葉火。どうしようかしら、と直前で勿体ぶり、焦らしに焦らして、葉火は言った。


「あんたらクリスマス暇よね! あたしの家でパーティーするわよ!」


 教室中に声が響き渡る。

 本当に話を聞いていたかのような、願ってもない提案。

 渡りに船。


 葉火は断られる可能性など粒ほども頭にないらしく、満足気に腕を組んでいる。あとは返事をするだけよ、と顔中で語っている。

 当然断るつもりもないので、憂と三耶子は同意して葉火からの説明を待った。


「丁度金曜日から、あたし以外みんないなくなるのよ。帰って来るのはお正月だから、それまで好き放題できるってわけ。おばあちゃんの許可は取ってるし、遠慮なく遊びに来なさい」


「葉火ちゃん、一人?」と、憂。


「毎年この時期は家空けるのよ。今年は少し早いけど。つまんない行事だし、あんたらと遊びたいからあたしは辞退してやったわ。感謝しなさい」


 ばさっと髪をかき上げる葉火に、憂と三耶子は拍手と誉め言葉を送り続けた。鳴りやまぬ歓声を浴びながら、葉火は更に声を弾ませる。


「あたしの家、広いし雰囲気あるから夜は肝試しができるわよ。変な音出る部屋もあるし。夏のイベントを逃してるから取り戻そうじゃない――ここでさっきの水着が活きてくるというわけね、そう、あれは布石だったのよ」


「かなり荒っぽいけど……まあいいや。そういうことなら、分かった。夏大好き頭バカンスな葉火ちゃんの水着姿、拝ませてもらおうじゃねえか!」


「いざ目の前にしたら慌てるくせによく言うわね」


 呆れた顔で三耶子がこちらを見ていたが憂は気付かないふりをする。

 そうしていると、葉火が助け舟を出すように話を進めた――はいいが、進む先には氷山が聳え立っていた。


「夜々とは昨日電話で話したんだけど、泊まってくみたいだから、あんたらもそうしなさい。寝間着はあたしが用意してあげる」


 ぴょこん、と三耶子の頭に耳の立つ音が聞こえたような気がした。見れば三耶子は、「お泊りね」と目を一層輝かせている。


 あんたら、と複数を指しているようだったが、とりあえず憂は「良かったね」と三耶子に言う。

 すると葉火が特大の溜息をついた。


「なにを他人事みたいに言ってんのよ。あんたらって言ったでしょうに。憂、あんたもよ」


「僕も……? いや、それは、どうなんだ」


「あんたがいないと成立しないじゃないの。あんな昔は処刑場があったような家にかよわい女の子三人残して帰るつもり?」


「そういうことなら仕方ない」


「面倒くさい奴だわ」


 言ってはみたものの躊躇うべきシチュエーションだ。

 自宅に対して酷い言い草だが、確かに葉火の家は夜になると不気味な雰囲気を発している――とはいえ、家は家。

 一つ屋根の下。


 もっともらしい理由を与えてくれた葉火には感謝するが、ご両親に黙って、というわけにはいかないし、流石に許されるはずが――


「憂含め全員の両親から許可を取っておいたわ、昨日。深夜に出歩かないこと、こまめに連絡を取ることが条件。つまり楽勝ね。良かったじゃない、信用されてるみたいよ」


「……葉火ちゃんの辣腕に脱帽だよ」


「それに憂の寝床は一人離れた暗い部屋だから、より安心だわ」


「僕の安心は? 肝試しできる家に一人? なんで暗いんだよ照明は? 冗談きついぜ葉火ちゃん」


「そう言うと思って、寂しくないように髪の長い日本人形を豪勢ないくら丼くらい用意しておいたわ。部屋の外から錠も掛けられるし、何か起きるとしてもそれはあたし達の与り知らぬことよ」


 ひどすぎる。

 心霊現象に見せかけた殺人計画立ててるだろこいつ。

 憂は震え上がりつつ葉火が「冗談よ」と安心をもたらしてくれることを期待したのだが、そうはならなかった。


 どこまで本気なのか現時点では分からないが、葉火だけは絶対に道連れにしてやろうと誓う憂だった。決意すると心がいくらか楽になったので、憂は言う。


「……分かった。あんまりごねるのもみっともないし、お邪魔するよ。行きたくないわけじゃないからさ。信用を裏切るつもりもない」


「夜々も言ってたわ。憂くんがいるなら安心だねって」


 不在でもあざとい人である。

 流石はヨヨヘイヘ、遠距離対応ハムスター。


 パーティーが確定したことでいよいよ当日が待ち切れなくなったのだろう、三耶子は席を下り、葉火の腰に後ろから手を回す。


「楽しみね。私、クリスマスに誰かと過ごすのって初めて」


「あたしもよ。相手があんたらだっていうんだから、すごく、楽しみだわ。色々用意してるから期待してなさい。そういえば三耶子、あたしの家に来るの初めてよね」


「ずっと誘ってくれるの待ってたんだから」


「悪かったわよ」


 拗ねる三耶子の両手に手を添える葉火――その顔は、くすぐったそう。

 仲睦まじい光景に微笑みながら、憂は言った。


「ありがとう葉火ちゃん、僕も楽しみだ。それとさ、一つ聞いていい? 今回の提案が100%厚意だっていうのは分かるんだけど、もう一つ理由あるよね」


「ないわよ」


「怖いんだろ、一人でいるのが」


「バ、バババババカ言ってんじゃないわよ」


 憂の指摘を受け、葉火はわざとらしくあたふたする。

 新鮮な反応。いつの間にやらリアクションの幅が広がっている葉火だった。

 

「あんたと一緒にするんじゃないわよ。泣き虫憂」

「うるせえ泣き虫葉火」


 憂が笑って、葉火も笑う。


「というわけで、決定ね。金曜日、学校が終わったらみんなでご飯買いに行きましょう。プレゼント交換するから、最悪それだけ忘れなければどうとでもなるわ。絶対来なさいよ。ドタキャンしたら温厚なあたしでも怒るから。後日、着物の着付中に気付け薬をお見舞いするわ。耳にブランデーを流し込まれたくないわよね」


 内容の割に葉火の面差しは真面目な色合いが強く、心配しなくても絶対行くよ、と憂も三耶子も力強く答えた。

 葉火も夜々も、可愛いくらいに心配性である。可愛い人達だ。


 話もまとまったところで、そろそろホームルームが始まりそうだったので、解散する流れとなった。


 三耶子と離れた葉火がキレのある動きで反転し、歩き出して、立ち止まる。

 そして振り返ると、憂に問いかけた。


「念のためもう一度聞いておくけど、本当にいいのよね。氷佳、誕生日なんでしょ。あんたのことだから、サンタに扮して日付が変わると同時にクリスマスと誕生日のプレゼントを靴下へねじ込むつもりなんじゃないの」


「よく分かってるじゃん。そのつもりだったけど、ま、今年は帰ってからにするよ」


「ならいいわ。途中で帰るとか言い出すんじゃないわよ」


 訝るように目を細めた葉火が、因縁をつける不良のように腰を曲げて顔を近付けてくる。


「言わねえよ。みんなのことも、同じくらい大事だし」


 憂が答えると、葉火は臨戦態勢から一転、目を見開いてきょとんとする。意表を突かれた、と潔く認める顔だった。

 三耶子も同様で、葉火と顔を見合わせしばし沈黙を置いたのち――二人は微笑み合った。


 そして、今度こそ葉火が教室を出ようとしたところに、


「――セーフ! 間に合ったね!」


 息を切らせた夜々が飛び込んできた――が、「戻るわよ」と葉火に襟首を掴まれ引っ張られていく。


 夜々は一度教室に滑り込んだのち、葉火の姿がなかったためここへ来たのだろう。これまで朝早くに登校していた夜々だが、文化祭以降、その時間は徐々に遅くなっていき、いまでは遅刻ギリギリになることも多い。虎南と一緒に二度寝するのがブームなのだそうだ。


「あれ? 私の出番は?」と、夜々。


「無しよ」


「そんなー! 夢見すぎたー!」


 姿の見えなくなった夜々の叫びに、憂と三耶子は揃って笑う。

 登場後、即退場。

 閃光のような人である。


 二人を見送り、入れ違いに奈良端先生が現れ、三耶子も自席へ戻った。

 ホームルームが始まり、憂はトナカイの角を引き出しに入れ、どんなプレゼントが喜ばれるだろう、と週末の予定に思いを馳せた。

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