第26話 隆起
「え? ちょっと待てよ」
驚くカインを尻目に、リーシャは岩場をピョンピョン飛び越えていく。
「おほほっ。カインたちも早くいらっしゃいな」
身体能力の高い
赤いボンテージ姿の女が、真っ赤なマグマの上を華麗に舞う。
ある意味、地獄絵図な光景にカインは付いていくべきか迷っていると、リーシャは十個ほど跳んだ先の岩場に到達し。
「おほぉ?」
よそ見で着地に失敗したのか、岩場の縁までたたらを踏むと足を滑らし、空中に体が飛び出た。
「──リーシャ!!」
岩場からはみ出た姉の姿に、カインは目を限界まで見開く。
入り口からリーシャのいる場所まで、全力で跳んでも絶対に間に合わない。自分の影で助けようにも遠すぎる。
「くっ……」
救いたい一心で伸ばした腕が虚しく空を掴み、〝こんなことで姉を失うのか〟という悔しさと絶望がカインの胸を締めつけ。
「うぉっ!?」
突如巻き起こった風圧に押され、入り口の壁までよろめいた。
何が起きたのかと理解するよりも早く、目にも止まらぬ速さで影が走ったかと思うと、太い左腕がギリギリのところでリーシャの体を抱き抱え、岩場とマグマの中間あたりで止まった。
「バルム……」
「まったく、危ないわね」
バルムは岩場に突き刺した右手の指だけで自身とリーシャの体重を支え、マグマに落ちずに留まる。
どうやら
「よっと」
その状態のまま指の力だけで跳び岩場の上へ降り立つと、抱き合うような形で二人は身の安全を確保した。
「もう、女は油断しちゃ駄目よ。隙を見せた途端、変な男につけ入られるんだから」
「そうですわね。淑女たるもの、心も優美であるべきですわね」
「心だけでなく体もよ。筋肉は決して裏切らないわ」
「真に目標とされる淑女になるには、まだまだ道は遠いですわね」
直前の九死危機もなんのその。バルムとリーシャは自分たちの世界に浸り始め、体中から出ている湯気が、二人の愛の蒸気のように立ち昇っていた。
「俺はいったい何を見せられているんだ……」
二人の近くの岩場へと跳んでいったカインは、抱き合いながら謎の未来を見据える兄姉を見て、心配した自分がバカらしく思えてきた。
「あらカイン。あなたも抱きしめて欲しいの?」
「ぜってーにお断りだね。さっさと先に進めよ」
オネエと女王様のコンビに混ぜようとするバルムに、カインは出口を指差す。
落ちたら死ぬという危機感も吹っ飛び……というか、バルムがなんなく助けてくれるはずだという安心感で、カインも軽いノリで岩場を跳んできた。
「家族の絆を感じられる素晴らしい機会ですのに」
「ただでさえマグマで暑いってのに、そーゆー暑苦しいのはいらねえっての。どっちにしろ岩場に三人も乗れねーんだから、早く退いてくれよ」
リーシャが招くように手のひらを差し出すが、二人がそこにいては邪魔だと、カインは手をシッシッと振った。
「素直じゃないわね。子供の頃は自分から抱きついてきたのに」
「どんだけ昔の話してんだよ。いい加減、弟から独立してくれよ」
カインはやれやれと腰に手を当て、兄バカに苦言を呈する。そんなやりとりをしているうちに、服から上がっていた蒸気も少なくなってきた。
これで激しい動きも問題なくできると、カインは移動し始めた二人の背中を追い、岩場から跳ぼうと足に力を込め。
「ん? なんだ?」
真下のマグマがグルグルと渦を巻き始めたことに気づき、移動するのを止めて眼下を見つめた。
通常、マグマは流れることはあっても渦になることはない。渦になるとすれば、マグマ池の底に穴が開いたか、マグマの吹き出し口に逆流したことが考えられる。
だがカインが眉をしかめたのは、なぜか渦が少しずつ〝隆起〟してきていることだった。
「バルム、リーシャ!」
異様な光景にカインは不穏なものを感じ、急ぎ兄姉を呼び止める。
明確に異常なことが起き始めている雰囲気に、カインは目を見張り息を飲む。
マグマの隆起に合わせるように、渦を中心として周囲の灼熱も波立っていき、天変地異が発生する前触れのごとき対流に、三人が警戒度を上げて見守る中。
鎌首をもたげるようにマグマが立ち上がり、巨大な物体を吐き出した。
「なんだよ……これ」
見たことのない眼前のモノに、カインは絶句し見上げる。
それは岩場の高さを悠々と越え、竜のような形のヘビ頭をもたげ。
絶え間なく湧き出るマグマをドロドロと流れ落としながらカインを見下ろした。
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