第21話 試験場
「中は随分と明るいな」
三人で足を踏み入れると、そこはただの穴ではなかった。
たいまつを灯しているわけでもないのに、石壁全体が淡く光を発しており、歩くのに支障がない明るさを保っていた。
左右には大人が数人並んで通れるほどの幅があり、天井も一番背の高いバルムが軽くジャンプしても届かないほどの高さがあった。
「どうやらここは遺跡仕様の試験場みたいだな」
通路の先に視線を送りながらカインが呟く。
採光穴もないのに明るく、通路も整っている。自然物ではありえない人工的な場所。
現代の人間では到底再現できない技術が使われている。やはり【観測者】たちが
「扉がありますわね」
リーシャが自身より遥かに背の高い扉を見上げる。
谷の奥側へ進む方角の通路を進むと、黒く重厚そうな石扉が行く手を塞いでいた。
何かないかとザッと周囲を見回しても、他に行ける通路は見当たらなかった。
「開けるわよ」
バルムが硬そうな石を押すと、分厚い扉はなんの音も立てず、両サイドにゆっくり開いた。
「なんだこりゃ?」
見たことのない奇妙な光景に、カインが眉をひそめる。
扉の先には大人の背丈より高い、淡い灰色の壁が三方向を囲み。その上には壁三枚分ほどのガランとした空間が開いており、天井は一面鏡張りになっていた。
「鏡の迷宮か? って、何してんだよ……」
天井を見上げつつ様々なポーズを取り始めた兄に、カインがジト目で問いかける。
「自分の肉体美を上から見られるなんて、素敵な所じゃないっ」
バルムはフンフンと鼻息荒く、腕を上げたり腰を捻ったりして、自身の筋肉美を鏡に映して確かめる。
実家でも宿でも、鏡があれば毎日ボディチェックを欠かさないバルムだが、天井にある鏡に自分を映すというアイディアに大層ご満悦のようだ。
「リーシャ、なんとか言ってやれ……よ」
ナルシストな兄に苦言を呈して欲しいと振り向くと、背後にいたリーシャも天井を見上げながら、髪を掻き上げたりクネクネと身を魅惑的に動かしていた。
「……鏡を全部ぶっ壊してやりてぇ……」
まともな人間はこの場には自分しかいないのかと、カインは項垂れて横の壁に手を着く。
初めて【観測者】の試験場に挑んでいるというのに、緊張感のカケラも持ち合わせていない二人に、カインは溜め息を──
「ちょっ、うおっ!?」
──吐こうとした瞬間、触れていた壁が音もなく、寄りかかっていた方向に滑るように動き、一定の幅を移動してピタッと止まった。
なんとか転ばず、よろけただけで済ませた自身の反射神経に驚嘆しつつ、カインは動いた壁と天井の鏡をゆっくり三度見比べた。
「……なるほど。そういうタイプか」
鏡に映る空間の様子を見て、何をすべきか把握したカインは、視線を忙しなく動かしながら呟く。
「そういうタイプって何よ?」
弟の発言が気になったのか、ポーズを取るのをやめ、バルムはカインの顔を見つめた。
「動かして通るタイプ」
カインは視線を下げ、兄の目を見て返すが、〝言っていることがサッパリわからない〟と口にしたげなバルムに、天井の鏡を指差した。
「鏡に壁の裏側が映ってんだろ? 壁って言うか四角い石柱だけどな。他にも別の石柱と隙間がいくつも映ってる。まっ、パズル迷路みたいなもんだな」
「全然わかりませんわ。ちゃんと詳しく説明してくださる?」
二人のやりとりに混ざってきたリーシャは、未だ意味が汲み取れないのか、眉を寄せ首を傾げる。
兄姉は戦闘能力は高いのだが、いかんせん思考力に問題があった。そもそも問題がなければ、奇抜な言動や格好をするわけがないとも言えるが。
「つまりこの石柱を動かして、先へ進む道を作るってことだよ」
「それならそうと最初から言って欲しいですわ。無駄に考えてエネルギー消費したじゃありませんの」
「鏡に向かってポーズ取りまくってるほうが無駄なエネルギーだろうがよ」
「あら、自身の魅力を確認することで、エネルギーは補給されるものですわ」
「俺はこのやりとりにエネルギー消費するわ……」
リーシャの謎のエネルギー供給方法に辟易し、カインは前進することに集中しようと再び天井を見上げる。
ザッと見える範囲だけでも三十本以上、同じ形と大きさの石柱が鏡に映っている。それも整然と並んでいるわけではなく、隣同士くっついている物もあれば、数個分の隙間がある箇所も存在した。
どれだけこの空間が広いのか全容把握はできないが、出口らしき扉が鏡の端にギリギリ映っている。慎重に見極めて押していけば問題なく進んでいけるだろう。
ものは試しと、カインは目の前の石壁をグッと押してみる。すると重そうな石柱は、さきほどと同じように石床と擦れる音すら立てず、前方にスライドして止まった。
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