第19話 土方(1)

「しかし、どこへ行けばいいんだ?」


 初めて二導影リシャドウを見た興奮で失念していたが、この谷に何かがあることは判明したものの、実際何が待ち受けているのか、どこへ行けば良いのかは一切言及されなかった。


「〝悪魔住まいし地〟と言ってましたわね。何か強大な敵でも現れるんですの?」

「悪魔が比喩って可能性もあるからな。悪魔的に険しい道とか悪魔的に寒いとか」


 恐ろしいもの、厳しいものという意味で悪魔という言葉を使うこともある。二導影リシャドウがどういう意味で言ったのか判然としないが、谷を進めば否応にも目にすることになるだろう。


「悪魔ってイケメンかしらっ」

「そのまま悪魔に食われてしまえ」

「いやーん。私は食われるより食うほうが好・き・よ」


 妄想膨らむバルムをカインは軽くあしらい、二人を引きつれて谷を進んでいく。

 左右を高い岩壁に囲まれた谷は、専用の装備がなければ登れないほど切り立っていた。

 谷道は一本道で前へ進むか後ろに戻るしか選択肢はなく、人間が団体で歩いても余裕で通れるほど広かった。


 道中で噂どおり、トカゲ型やヤギ型の魔霊種レイスが襲ってきたが、バルムの拳とリーシャの鞭が問答無用でぶっ飛ばすお陰で、カインは歩みすら止めずに散歩気分で進むだけで済んだ。


「まさかあいつらが悪魔……ってことはさすがにねーか」


 歩けど歩けど何も見つからず何も起こらない道程に、カインは頭の後ろで手を組んで退屈そうにする。

 わざわざ二導影リシャドウが出たにもかかわらず、悪魔はさっきアッサリ倒した魔霊種レイスたちでした、では期待外れだ。


「谷の突き当りに何かあるとかかしら?」

「どんだけ長い谷だと思ってんだよ……こんな場所で野宿は勘弁だぞ」


 人が立ち入らない場所の詳細な地図、なんてものはない。

 商人が持っていた地図でも、相当広い場所であることしかわからなかったし、実際に眺めてみても終わりが見えない。

 下手すれば踏破するのに徒歩で二、三日はかかるかもしれないほど、谷は広大だった。


「走って行けば今日中には谷を渡り切れま──いたっ!」


 〝簡単なことですわ〟と鼻を鳴らし、有無を言わさず走り出した姉に、カインは足元に転がっていた拳大の石を投げつけた。


「走って目的の場所や物を見落としたら本末転倒だろ。しかも何が待ち受けてるかわからない以上、体力は温存しておいたほうがいい」

「あら。私の体力なら無限大よ──ああんっ」


 リーシャと同じく、駆け出していこうとするバルムの背中に、今度は人の頭大の石を投げつけ制止するが、痛がるどころかむしろ気持ち良さそうによろけた。


「化け物兄姉たちと違って、俺は標準的な覚星者かくせいしゃなの。一日中走り続けるなんて脳筋プレイは無理」

「ふっ。まだまだ筋トレが足りないわね」

「足りないのはメンタルトレーニングじゃありませんの?」

「どっちも毎日やってるよ。お前らが規格外なだけだろ」


 放っておけば先走る二人に、俺に合わせろとカインは主張する。

 バルムもリーシャも遺伝的に優れていたようで、同じトレーニングメニューをこなしても、筋肉もメンタルもカインとは桁違いに強化されていった。


 その背中を見る度、カインも必死になって追いつこうとしたが、季節が巡るごとに差がどんどん開いていき、同じ血筋でも才能が違うことに嫉妬心を抱いていた時期もあった。


 しかしどこの家庭の兄弟を見ても、見た目にも才能にも違いや差があることに気づき、自分は自分なりに努力して才能を伸ばすことを決意したことで、兄姉をイジれるまでになれた。


「しっかし、このまま周囲に目を配りながら歩き続けるってのも辛いな」


 どこで何をすればいいかもわからず、目標もないのに神経は尖らせていないとならない状況。体力はまだしも精神がすり減っていく感覚に、カインは大きな溜め息を吐く。

 何かヒントになることや違和感がなかったか、カインは自身の記憶や感覚を手繰った。


「そういや二導影リシャドウは『汝ら進みし〝穴〟の先』って言ってたな。なんで谷じゃなくて穴なんだ?」


 進む先を見ても、歩いてきた道を振り返っても、谷はどう見ても谷だ。穴には決して見えない。

 言い間違えたにしてはおかしい感じがある。本当に『穴』という意味で言ったと考えるのが妥当だ。


「谷に穴って、なんのことを示してるんだろうな。洞窟とかかな? でも、どこにもそれらしきものはねーし」


 見えるのは切り立った岩肌だけで、穴に該当するようなものはどこにも見当たらない。

 さらに進んだ先にあるのか、実は見過ごしてしまったのか。

 カインは似たような景色を見回して、どこかに差異がないかと思案する。


「あら。穴がないなら造ればいいじゃない」

「へ? 造るって?」


 カインの疑問に答えるかのごとく、バルムは手のひらをグッと握ると。

 あろうことか、岩壁へ向かって跳躍し、心力マナまで込めて思いっきり光る拳を叩きつけた。


「こうすれば穴なんて簡単に造れるじゃない」


 ガラガラではなくドドゴォッともの凄い音を立てながら崩れていく岩壁を背に、バルムは得意げに白い歯を見せつける。

 お陰で高くそびえていた岩壁は、空気に晒されていなかった部分を露出し、谷道の半分は岩石で埋まってしまった。


「いいアイディアですわね。私も加勢いたしますわ」


 その様子を眺めてなぜか共感したリーシャも、腰に手を据えたかと思うと、バルムが殴ったのとは反対側の岩壁に光る鞭をしならせ叩きつけた。


「うふふっ。妹になんか負けてられないわねっ」


 次々と一軒家サイズの穴を穿っていくリーシャに対抗しようと、二撃三撃と拳を岩壁に捻じ込んで破砕していくバルム。

 そのせいで、進行しようとしていた方向の谷道がドンドン岩石で塞がれていく。


「…………おい…………」


 兄姉の思考と行動にカインは頬をピクつかせ、通れなくなっていく一本道にワナワナと拳を震わせる。


「うふふふふふふふふっ」

「おほほほほほほほほっ」


 まるで踊るように拳と鞭で掘削作業を進めていくバルムとリーシャ。

 マッチョと女王様が破壊活動をしながら舞っているという世にもおぞましい光景は、常人なら即座に逃げの一手をとる状況だろう。


 しかし、それが兄姉によって行われているという事実に、カインは自身の血管がプチンッと切れるような音を幻聴した。


「──やめんかああああああああぁッ!!」


 怒りが頂点に達したカインは、自らの足元にあった影を隆起させ、すぐ近くに転がっていた二つの人間大の岩石を掴み。

 キャッキャウフフしている兄姉の背中に思いっきり投げつけた。


「ごきゅうっ!」

「はうわっ!」


 岩が直撃すると二人は意味不明な鳴き声を漏らし押し潰され。

 さらに自分たちが壊した岩壁が崩れて、文字通り生き埋めになった。

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