第18話 二導影(2)

『汝ら進みし穴の先、悪魔住まいし地なり』


 くぐもっているのにハッキリと聞こえた低い声に、カインは警戒を解いて相手を見据える。


「どうやら本物みたいだな」


 心力マナのこもった影の縛りも効かず、襲ってくるわけでもない。魔霊種レイスなら有り得ない状況に、カインは初めて見る人影の正体を確信した。


 二導影リシャドウ──星託せいたくの進行中にまれに出現する正体不明の人影で、達成が困難とされる星託せいたくにのみ姿を現し、覚星者かくせいしゃの意思を問うてくる存在と言われている。


『命惜しくば、おとなしく引き下がるがよい』


 片腕を上げ挑発するように三人のほうを指差す二導影リシャドウ

 その言い回しと態度にカインはフンと鼻を鳴らし、腰に手を当ててズズイッと一歩前へ踏み出した。


「行くなって言われてハイそうですかって、引き下がる俺たちじゃねーんだよ」


 自分の実力を低く見積もられたと感じ、カインは不機嫌に片目を見開く。


「見くびられたものね。私のこの筋肉が見えないのかしらっ」


 ついさきほどまで逃げようとしていたことなぞ忘れ、左腕で力こぶを作り、バルムは右手でパンパンと叩いて強調する。


「おほほっ。あなたの脅しなんて、私の鞭で打ち砕いて差し上げますわ」


 リーシャは高笑いと共に鞭を両腕で左右に引っ張り、これ見よがしにパシンッと景気のいい音を響かせた。


 二導影リシャドウは【観測者】が覚星者かくせいしゃを任意の場所へ誘導し、より詳細に観測するための監視役だ。


 好戦的な者の多い覚星者かくせいしゃを挑発することで、高難易度の課題に取り組ませ、強い覚星者かくせいしゃのデータを取ることを目的にしている。


 その事実は、かつて二導影リシャドウにかかわった覚星者かくせいしゃに聞いたものの、なぜそんなことをするのかまでは聞き出すことができなかった。

 実験動物のように思われているのは気に食わない。だが、輝石という見返りは大きい。

 カインたちはすべてを承知した上で、あえて挑発に乗ることにした。


『愚かなる者たちよ。降りかかる災いに、その身を焦がされるがいい』


 大胆不敵な三人に、二導影リシャドウは感情なく不吉な呪言を吐くと、空気に溶けるように消えた。

 姿は見えなくなったが、どこかからか監視を続けていることだろう。

 他人に見られ続けるのは趣味ではないが、邪魔をしてくるわけでなければ、別段気にする必要もない。


「私が恋焦がれるのは素敵な男子だけよっ」

「誰もお前の恋のことなんて気にしてねーと思うぞ」


 口元に両拳を添えて恥ずかしがるバルムに、カインは半眼をプレゼントしつつ影の消えた場所を見つめる。

 煽られた勢いで言い返した感も否めないが、現在進行中の星託せいたくが高難易度のものだと判明したことで、自分の実力を試してみたくなったというのもカインの本音だ。


二導影リシャドウが出てくるなんて面白いじゃありませんの。私たちの実力、思う存分見せつけてあげますわっ」

「私の筋肉だったら、いくらでも見てていいわよぉん」


 むしろガン見して欲しいと、リーシャは髪を掻き上げ、バルムは両腕を後頭部に回して全身の筋肉をアピールした。


「腕輪を見つけ出すことは前哨戦に過ぎなかったってことだな。さて、鬼が出るか蛇が出るか。楽しみだな」


 余裕の笑みを浮かべる兄姉を背に、カインは左拳を右手で握りポキポキと小気味よく鳴らす。

 覚星者かくせいしゃとして活動していて、初めて迎えた高難易度とされる星託せいたくに、三人のテンションは爆上がりした。


「うふふっ。どんな敵でも、どんと来なさいっ!」

「おほほっ。困難な状況でも、ねじ伏せて見せますわ!」


 腕をシュッシュッと振りファイティングポーズをとるバルムと、鞭をグルンと一回転させるリーシャは、人間のみならず魔霊種レイスも逃げていく異様な熱意を発していた。


「腕のないゴーストばっかり襲ってきたりして」

「時には諦めることも肝心ねっ!」

「美容のために無理はいけませんわねっ!」


 カインがボソッと呟いた瞬間、手のひらを返し谷を背に逃走を図ろうとする二人。

 その服を両手でグッと掴み、逃げないようにした弟に、兄と姉は頬を引きつらせた。


「自分たちの実力を試す面白い機会じゃねーか。ワクワクするなっ」


 バルムとリーシャをからかうことができる絶好の機会を得て、カインは満面の笑みを浮かべると、ズルズルと二人を引っ張りながら谷の中へ入っていった。

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