重なりあう二つの星

 ──星は星と重なり、また強く輝き始める


 「部長・・こないね・・最近」

 榊木はイーゼルの前に座り、B4鉛筆を指でくるくる器用に回しながらぼーっとしている。

 その後ろで一緒に絵の作業を進めていた鞠だが完全に意欲を無くし、まったく筆が進められなくなった。


 あの一つの間違いでこうも簡単に崩れ去ってしまうとは・・。


***


 あの日・・そう、初めて鞠から結芽の唇を奪った瞬間だ。

 一方的に攻められていた鞠、興奮が最高の状態だった鞠はその潤った結芽の唇に見とれ、自ら口づけをした。

 しかし、それに猛烈な嫌悪感を抱いた結芽は鞠を突き放し逃げるようにその場から去っていった。

 その時の結芽の表情が鞠には忘れられなかった。

 (あんな・・私を怯えるような表情でみる部長・・初めてみた・・)


 「鞠さん?鞠さん?ここの問いですけど・・聞いてますか!?」

 鞠はびっくりして席を立ちあがり大声を上げる。

 「あ!!はいぃ!!なにがですか!!」

 「なにがって、なにぼーっとしているのですか!授業中に!!」

 クラスにどっと笑いが広がる。

 顔を赤面して先生に授業の内容を質問し、丁寧に答えた。

 「よろしい、正解です。でもしっかり授業はうけてくださいね!」

 「・・はい・・ごめんなさい・・」

 赤面しながら席にすわる鞠。周りの視線が気になり、ずっと机を見ながらで、当日の午後の授業はすべて終わった。

 クラスは最後の挨拶を終え、生徒らそれぞれは部活なり帰宅なりとそれぞれの友達と話しながら教室を去っていく。

 鞠も机を整理して手持ちのバッグに必要な荷物を入れると、他のクラスの人の顔を見ないようにそそくさと教室を後にする。

 そして一階廊下を歩き、昇降口へ向かう途中の旧校舎へと続く渡り廊下に差し掛かる。

 そしてそこで足を止める鞠。

 (部長・・今日も来てないのだろうか・・だったら・・すべて私のせい・・なんとか・・部長・・ともう一度・・話をしないと・・)

 足早に部室に入る鞠、そこには一人で絵を進める榊木の姿があった。

 鞠が扉を開けた音にきづき、とっさに振り向いて確認する榊木。

 しかし、鞠と気づくと落胆の表情を見せる。

 「・・なんだ・・鞠ちゃんか・・」

 「先輩、お疲れ様・・です・・」

 「おつかれー。ところで鞠ちゃん、やっぱ部長にあってないかなぁ・・最近」

 「・・えと・・そうですね・・購買とかちょくちょく行くけど、見てません・・三年生のクラスのある階にも行く用事はないですし・・」

 「そうよね・・部長、急になんだろう・・体調わるくなったのかな・・なら先生からお休みの連絡はくるはずだから・・単純にサボりだよね・・もうコンクール近いってのに・・」

 その言葉を聞いた瞬間にいてもたってもいられなくなった鞠は、急に部室から駆けだす。

 「ちょっと、鞠ちゃん?!」

 「サボっているなら・・!多分自宅に帰っているはずです!! ちょっと様子を見てきます!」

 鞠はそういいながら旧校舎の廊下を走っていった。


 ***


 鞠は息を切らせながらあの小高い丘の道を上る。高台にある結芽の自宅だ。

 サボりなら・・多分自宅にすでに帰っているはず。そう思ったのだ。

 あの状況になり急に結芽の元に押しかけていいのだろうか・・という所もあるだろう。

 しかし鞠は余裕がなかった。すぐに自分の誤りを正さないと結芽との距離は永遠に遠のいてしまう・・そう鞠は強く思ったのだ。

 ・・少しでも顔を・・少しでも私を見てほしい・・怖がらないでほしい・・!!と強く願っていた。

 そして前も訪れた先輩の家の前につく。大きな屋敷。

 息を切らせながらそっと玄関の門に近づき、生つばを飲みながらインターホンを押す。

 ・・そして無音、インターホンから音声は返ってこなかった。

 ・・何回も押してみる。 2回・・3回・・。

 (・・だれもいない・・)

 若干薄暗くなってきており、そろそろ部屋のあかりもついていいはず。

 鞠は背伸びして家を眺める。

 ・・その瞬間だった。

 「あら・・どなた?」

 「ひ!?」

 鞠は驚いて身を縮める。

 そしてゆっくりと後ろを振り向いた。

 (・・先輩・・じゃない・・でも似ているけど・・)

 女性物のスーツを身にまとった長い髪の女性・・大人の身だしなみをしていた。

 「あ、もしかして、あの子のお友達!?」

 鞠は驚いて後ずさりをした。

 (・・部長の・・お母さん・・)

 「ふふ、そんな驚かないで。まさかあの子のお友達がいるなんて思わなかった。むしろ私の方がおどろいたわ」

 「・・それにしても今日もあの子帰りが遅いわよね・・まだ部活だと思うけど」

 それを聞いて鞠は驚いた。

 (・・部長・・帰ってきてないんだ・・そうか・・少しでも時間が早いとお母さんになにか疑われるから・・かな・・)

 「・・まだ・・帰宅されて・・ないのですね・・わかりました・・後日改めます」

 「そう?お茶でものんでまっていてもいいのよ」

 「いや・・そうゆうわけには・・ご迷惑になりますので・・あ!私が来た事は内緒にしてもらえますか?」

 「え・・どうして?お友達が来てくれたこと喜ぶとおもうけど・・」

 「え・・えと・・色々・・ありまして・・お願いします・・」

 「んー、いいけど・・何か残念ね・・あの頃からふさぎこんでずっと一人でいたみたいだから・・ようやくできた友達が遊びにきてくれたと思ったのに・・」

 「え・・あの頃・・?」

 「あ、ごめん気にしないで!!なんでもない!わかったわ!内緒にしておいてあげます。できればまた遊びに来てくれるとあの子も喜ぶと思うから、またきてね!」

 「あ・はい・・わかりました・・またお伺いします・・」

 鞠は結芽の母親に深々とお辞儀をすると走って坂を下る。

 ・・っと、すぐに足を止めて、母親に駆け寄った。

 「え・・あれ、どうしたの?」

 「はぁ・・はぁ・・すみません。一つお伺いしたいことが・・」

 「何かしら・・」

 「部長のお気に入りの場所とか・・もしかして知ってますか?」

 「お気に入りの場所ねぇ・・そうねぇ・・あの子が小さいころからいっていた場所は、すぐ近くの公園・・かな・・」

 「・・公園・・わかりました!ありがとうございます!」

 鞠は急いでまた坂を下っていった。

 その様子は母親は顎に手を当てて眺めていた。

 「・・元気な子ね。・・でもあの子なら心の傷を癒してあげられそうかな・・」


 ***


 坂を途中まで下りきった所で足を止める。

 結芽の家の途中に公園があったのを確認していたからだ。

 太陽は沈みかけ、敷地内はオレンジの色に染め上げられている。

 (だれもいないようだけど・・)

 鞠はゆっくりと公園の中に入り辺りを見渡す。

 かなり広い公園だ。森林で囲まれており、遊歩道が木々の間を連なる。

 まばらに遊具も配置されていた。

 そしてその中をゆっくりと歩き中を見て歩く。

 ・・滑り台・・ジャングルジム・・シーソーに・・。 

 ─キィ・・と金属の擦れる音がする。

 その方向をゆっくりと鞠は見た。

 ブランコに乗り、暗い顔でゆっくりブランコを揺らす長い髪の同じ制服を纏った少女。

 

 思わず声を上げる鞠。

 

 「部長・・!」


 その声に気づきその少女がゆっくりと顔をあげて、声の主である鞠を見る。


 ─その顔は涙で濡れていた・・。


 「・・なんで・・ここに・・? 鞠・・」

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