私の幸せな身籠り結婚
彩空百々花
Mission0 優雅なお見合い
「お初にお目にかかります。
私、子規堂七海は、努めて華麗に、そして優雅で優しい雰囲気を保って、深く、お辞儀をした。これからどうなろうとも、今は今、やるべきことを果たすだけ。長年
「七海さん、顔を上げてください。俺は、
あちらも、本音ではない。演技をしているのがこちらにバレバレだ。
「はい」
国内最高の軍隊を率いる隊長だと言っていたものだから、もっと厳格なお方なのかと思っていたわ……。
七海の婚約者、氷織颯霞は想像していたよりもずっと、ほんわかとした優しい人だった。紺色の着物に藍色の羽織を着ていた。それはどこかの童話に出てくる若旦那様のように美しい。
なんだか、拍子抜けね……。今日は婚約者同士の初めての顔合わせの日。お母様たちはとても喜んでいらしたけれど、私の心の内は晴れることを知らない。
もともとこの婚約は政略結婚なのだ。お互いが望まない結婚など、しないほうがいいというのに。氷織颯霞は、容姿、才能、文学とどれをとっても申し分のない完璧なお方だ。
第一印象は、冷たくもキレイな瞳が印象的だった。言葉や表情は巧みに誠実さを醸し出しているけれど、鋭く光った一瞬の眼光を、私は見逃さなかった。
銀色掛かった白髪の髪色に、肌は陶器のように白くて、男性とは思えないほどの美しさだった。その見た目に反して、内面は温厚で優しそうな人ときた。両親はますます颯霞のことを気にいるだろう。
「七海さん。俺と君はこれからお付き合いをする、という関係になる。そう思ってもいいのですか?」
「はい。問題ありません」
優しく、綺麗な微笑みを
私は、この一点の曇りもないキレイな瞳に一体どう映っているというのか。ちゃんと、優しい
───私は、あの二人の、本当の子供ではないのだから。
「七海さん、気分転換にどうですか。庭を眺めるというのは」
「はい。こちらもそうしたいと思っておりました」
颯霞と七海は外用の履き物を履いて、和風の日本庭園に足を踏み込んだ。真紅の鯉が綺麗に整えられた池を優雅に泳いでいる。
ジャリ、ジャリという砂の心地の良い音が静かな空間に響く。立派な松の木が陽光を浴び深緑に染まり、綺麗な
「とても、趣深いですね。何でしたっけ?昔の言葉は。…あっ、そうそう…」
「「をかし」」
颯霞の低音の耳に心地良く響く声が、七海の声に重なった。七海は少しだけ驚いた。颯霞は先程から、ぼんやりとした面持ちで庭を見ていたので自分の話など聞いていないと思っていたのだ。
しかし、颯霞はしっかりと七海の話に耳を傾けてくれていた。二人は微笑み合って、優雅な一時を過ごした。
「貴女は、この庭が気に入ってくれましたか?」
少しの緊張が颯霞から漂っている。その象徴に、さっきまでとは違う改まったような敬語。この庭は、有名な庭師に頼んで颯霞が七海にとわざわざ作らしたものなのだろう。
「はい。とても、気に入りました」
これは、本音だった。ここに来てから初めての……。七海は改めて苦笑してしまった。自分はこれほどまでに、人を騙す人間だったのかと。随分と落ちぶれてしまったものだ。
私も、自分の心のままに生きてみたかった。利用される人間ではなく、しっかりと、自分の意思を持つのを認めてもらえる人間に。なりたかった。
こんなにも良くしてくれる人を、騙すことなど本当はしたくない。でも、今この時にも、私を監視している人物はいるのだ。それだけ、私に託された任務は重大なものだから。
「七海さん。これからは婚約者として、私を頼ってくださいね」
すぐには反応することが、出来なかった。彼は優しい微笑みを私に向けてくれていた。それだけで、何だかとても泣きたい気持ちになったのだ。
「はい」
彼の一つ一つの行動が、私の胸に優しさとなって染み込んでくる。
「あの、颯霞さん……。私にここまで良くしてくれたのは、貴方が初めてでございます」
颯霞は一瞬、目を瞠った。そしてゆっくりと瞳を伏せて、再び口を開いた。
「七海さん。この婚約には多少の強引さもあったかと思います。七海さんはこの婚約を望んでいなかったかもしれません。ですが俺は、貴女が俺の婚約者で良かったと思っています。少しの後悔もありません。私は、貴女と、七海さんと、幸せになれるという自信があります」
その瞳、口調には一切の曇がない。とても嘘を付いているようには見えなかった。私は、こんなにも気遣ってもらっても良い人間なのだろうか。
この人と一緒になるということは、いつか、この人をひどい目に合わせてしまうということだ。本当に、それで良いのだろうか?
「私も、そうなれることを願っています」
気づいたときにはもう、遅かった。私の口からは颯霞との婚約への承諾と取られる
いつか後悔する日が来ると分かっていても、私は結局冷たい人間なのだ。今は私情を押し殺して、国のためになる行動を一番にと考えている。
そんな私を、絶対に誰にも知られてはならない。でも、この氷織颯霞になら、知られても良いと不覚にも思ってしまっていた。
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