雨音

愛歌勇

情景


田んぼのバス停はどこか犬小屋みたいだ、木製でじめっとしていて、こんな雨の日は嫌に蒸し暑く感じる


街の集落の端っこで嫌気が指した自分は家から出ていった


「もうすぐ大学生なのに」


春とは思えないくらい季節感がない雨だ、雨音に涼み、一人どこか晴れ間を探す


バスの表を見ると、まだ一時間は掛かる


携帯を開きながらこれからのことを考える、SNSを見れば、周りは人生充実していて、何もない自分と比べてしまいため息をついた


「よっこらしょ」


お婆さんが傘を閉じ、隣の席に座る


「あの、すみません、バスはどこに向かいますか?」


「バスはこっちの…」


自分は傘を置き、お婆さんに道案内をした


「ありがとうね」


「いえ」


「これからどこへ行くの?」


お婆さんが聞く


「どこでしょうね」


自分もよく分からない、退屈から抜けたくてけど明確な目標もなくて


「私はね、孫に会いに行くところでね」


「お孫さんですか」


「うん、今年で5歳になるんだよ」


和やかに話すお婆さん


いいよな、5歳、その頃が人生で一番楽しかった、必ず周りに人が居て、すぐ甘えられて、ずっと甘えたから今の自分があるのか


雨が少し強まる


「嫌だねぇ」


「そうですね」


田んぼの泥水がいつにも増して暗く見える


「家出?」


「いや、そんなじゃなくて、いやそうかもしれない」


顔を下に向いた


「僕にも友達や想い人ができたりしたらってずっと一人で自分でも分からなくて」


「偉いね」


変わらぬ顔でお婆さんは言う


「自分と向き合おうとしてるんだ、それに気づかないまま後悔する人も居る」


「けど向き合っても答えが出ないっていうか」


「あれを見てみな」


お婆さんは田んぼに生えてる稲を指す


「稲はね、長い年月を経って少しづつ伸びて大きくなる、そんなすぐ近道しようたって栄養がうまく行き届かないよ」


「え?」


「ほら飴ちゃん」


お婆さんが紙に包まれた飴玉を僕に手渡す


「焦るよね、このまま人生過ぎてくのかって思うのと私もそうだった、けど」


「あんたは私にバスの行き先教えてくれたろ」


「はい」


雨が降り止み、晴れ間が指す


「おお、晴れた晴れた!」


「本当だ、良いですね晴れって」


田んぼの水面は太陽を反射して稲や緑が色鮮やかに映る


「その親切な気持ちは誰かに届く、あんたは人に感謝されるよ」


お婆さんの笑顔が胸を締め付ける


「そんな、当たり前のことしただけで、けど嬉しいです、ありがとうございます」


「その親切な気持ち忘れないでね、特に大事な人には」


「はい」


車の走る音が聞こえる


「お、来たね」


「はい」


バス停にバスが停まりドアが開く


僕はお婆さんとバスに乗り、このまま見知らぬ土地へ向かった


月日は流れる


「雨か」


曇り空、雨の粒が花に打つ


また蒸し暑い中、このバス停に座る


「よっこらしょ、おお」


「こんにちは、今日もお孫さんですか?」


「うん、会いたくて 会いたくてね」


お婆さんと笑い合う


「自分と向き合ってるのかい」


「はい、けど今は前より少し分かった気がします」


「そうか!」


「はい、お婆さんのおかげです」



きっと僕の人生も誰かの人生もそれぞれの幸せがある


比べるだなんてきっとそっから違ってた、幸せに無理になろうとしなくていいんだ、なるものじゃなくて、作ることに気づけたから


「よし」


バスから降りる


雲の隙間から陽が差して、虹が掛かる


僕はこのバス停で見た、移りゆく情景を忘れることはないだろう




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雨音 愛歌勇 @ofof

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