僕の部屋においでよ

梅丘 かなた

僕の部屋においでよ

   1


 竜太りゅうたが僕の一人暮らしの家に遊びに来ることになって、まずは喜びより戸惑いを感じた。その後、じわじわと喜びが胸の奥に、にじみ始めて、僕は幸福な気分に浸り始めた。


 だが、どうやって竜太をもてなせばいいのだろう、と、やはり戸惑いが復活する。ケーキや飲み物でも用意するか。何か、一緒に観られる動画でも用意するか。いや、それは作為的だろう、と考え、竜太が僕の家に来るのは初めてなわけだし、シンプルにもてなせばいい、という考えに落ち着く。


 具体的なことは、これから一週間、考えればいい。竜太が僕の家に来るのは、一週間後なのだから。



   2


 僕はこの一週間、一生のうちでも、そうはないくらい、好ましい感覚に包まれていた。

 あまり恋愛というものを経験してこなかった僕には、片思いでも何でも幸福な体験そのものだった。

 僕は、うまくいかないにしても、それも経験だと簡単に考えていた。


 そして、一週間、竜太をどうもてなすか、考え続けた。竜太は、甘党ではないので、甘くないお菓子を用意しておいた。彼が夜まで僕の部屋にいたら、一緒にお酒を飲むというのもアリだろう。僕は簡単な料理しかできないが、食材も一応準備しておいた。


 竜太が訪ねてくる前日、金曜日のことだ。

 職場で、昼休みにケータイを見ていると、竜太からメールが来ていた。件名を見ただけで、すでにこれ以上ないくらい嫌な感覚に包まれた。

 その件名は、「ごめん」。

 本文には、明日の約束をキャンセルしてほしい、という内容が手短に書かれていた。それだけで、僕は暗くて深い縦穴の底にまで一気に落ちたような気持ちになった。

 僕は、「気にしないでいいからね」とメールしたものの、そのメールを受け取った瞬間から、苦しいどん底から抜け出せなくなった。


 やはり、恋愛はうまくいくに越したことはない。一人で思い悩むような片思いではなく、二人で同じ幸福を分かち合う相愛のほうがずっといい。


 僕は、竜太が何の用事でキャンセルしたのか、聞きたかったが、怖くてとても聞けなかった。もしかしたら、誰か他の男と会うのかもしれない。そう考えると、ヒリヒリした痛みをも感じるようだ。案外、急ぎの仕事が入ったという程度のことかもしれない、と僕は自分を慰めた。それは、自分を大して慰めなかったが、何か大丈夫な理由でも作らないと、限界まで自分を追い詰めてしまいそうだった。



   3


 竜太からのメールを読んだ後は、黒々とした闇の中にいた。職場でも、いくつかのミスをした。幸い、大きなミスはしなかったが、ここまでかき乱されるなんて、恋愛は恐ろしい、と感じた。


 夜になって退勤し、帰りの電車内で、今度はゲイの友人である信一しんいちからのメールに気づいた。

 信一は、僕とあさって会いたいという。明日は土曜日だから、あさっては日曜だ。特に用事はないが、信一と会う気はあまり起きなかった。

 しかし、今は少しでも気を紛らわせたい。日曜日、信一と会ってみてもいい。

 竜太の代わりに信一と会う、なんて、まったく面白くもなんともない展開だった。

 僕は、家に帰って、信一に電話をかけた。

「信一? メール読んだよ。日曜日、どこで遊ぶ?」

「美術館なんて、どう? 今、面白そうな企画展がやってる美術館があるんだ」

「美術館なんて、あんまり行ったことないなあ……」

「大丈夫、雅人まさとなら楽しめるから」

 僕は、その言葉を疑った。

「どんな企画展?」

「美男子が描かれた絵画を色々集めたらしいよ」

「見たいと言えば見たいけど、なんだか、二人のゲイが行くのも恥ずかしいな……。信一、一人で行ってくれば?」

「一緒に行こうよ。かなり珍しい絵もあるみたいだし」

 この後、信一は、しばし食い下がってきた。僕は、仕方なく一緒に行くことを約束する。

「じゃ、あさって、見に行こう。楽しみだね」

 信一は、ワクワクした調子で言った。

 僕は、電話を切り、何となくイライラし始める。竜太の代わりに信一だなんて、どこかつまらない巡りあわせだ。

 彼のことは、決して嫌いではない。いいゲイ友達だと思っている。だけど、天地がひっくり返っても、竜太の代わりになることはない。

 貴重な休日に会うなら、信一ではなく竜太がいい。これは、決して動かない事実だった。



   4


 土曜日。本来、竜太が遊びに来る日。

 この日は、今までにないほどの憂鬱が押し寄せてきた。本来ならば、竜太と楽しく過ごせたはずが、何もない休日になってしまった。そして、明日の日曜は信一と会う。もちろん、日曜もおそらく竜太とは会えない。

 予定が白紙になってしまったこの土曜日は、僕を苦しめた。竜太は、何の用事でキャンセルしたのだろう、と何度も考えた。

 この土曜の夜は、不安にさいなまれ、寝付くまでの時間が苦しく感じられた。長々と、悪夢も見た。

 日曜の朝が来て、片恋がこんなに苦しいなら、すぐにでもやめてしまいたい、と心底思った。


 今日は、午後から信一と美術館へ行く約束があり、それを忘れたわけではない。

 一瞬、約束をキャンセルしてしまおうか、と思ったが、楽しみにしている信一を思うと、とてもできなかった。


 待ち合わせ場所の改札口にたどり着くまで、僕はずっと考えていた。その場所に来るのが、竜太だったら、と。残念ながら、それはあり得ないので、今日は信一と楽しもうと考え直そうとした。それでも、どうしても竜太と会うのがいい、と思ってしまう。


 改札口には、すでに信一がいた。

 信一は僕の姿を発見し、楽しげに笑った。

「今日は、時間をとってくれて、ありがとう。楽しみにしてたよ」

「僕も。企画展で、どんな美男子が見れるか、楽しみだね」

 僕は、うれしそうな信一に、ためらいがちに言葉を返す。

 信一は、駅の出口を目指して歩き始めた。僕は、それについていく。


 信一と、美術館までの道を歩く。

 まだ花の咲いていない桜の木々と枝が、僕の目に入る。灰色の枝は、所々に小さなつぼみを咲かせている。

「最近、仕事はどう?」

 美術館が見え始めた頃、信一が聞いてきた。

「どうって……普通だよ。デスクワークでありがちなことを想像してもらえれば。信一はどうなの? 古本屋で働くのは」

「ちょっと退屈だね。お客さんは割と来るけど、基本的にヒマな店なんで」

 僕は、黙り込んだ。

「恋愛してる?」

 唐突に信一が聞いてきて、痛い所を突かれたと思った。

「恋愛か……。あんまりうまくいってない」

「どんな恋愛がしたい?」

「そりゃ、幸せで、楽しい恋愛だよ。それ以外何がある?」

 僕は、だんだんいらだってきた。

「確かに、幸せで楽しい恋愛は、誰だって憧れるよね。でも、もっと具体的に考えた方がいいんじゃないかな」

「具体的というと?」

「幸せで楽しいだけだと、大まかというか……。雅人は、どんな人と、どんな人生が送りたい? 一度、考えてみたら?」

 信一に言われ、僕は腹が立つような、納得したような、不思議な心地がした。

 僕は、ただ竜太と愛し合いたいだけだ。それだけでは、いけないのか?



   5


 美術館に到着して気が付いたのは、女性が多いことだ。企画展の内容を考えると、当然に思える。

 僕と信一は、はぐれたときはケータイのメールでやり取りすることに決めた。館内では電話はまずい、と信一が言ったからだ。


 企画展で、信一は初めから僕と作品を鑑賞するつもりはなく、ある程度の距離を保っていた。

 美術作品たちは、僕の目を楽しませた。

 ここにあるのは美男子の絵、それも西洋のものに限定される。そうは言っても、わいせつな絵は一点もなかったので、居心地の悪い思いはせずに済んだ。ただし、男性の裸を描いた絵画はあった。

 西洋美術史において、美男子を描いた絵画は珍しい。美女や美少女の絵は多いのに、と僕は何となく不公平感を感じる。


 とある画家が描いた自画像が、僕の目に飛び込んできた瞬間、竜太とまったく異なる顔立ちの画家の顔が、彼とうり二つだという感覚に襲われた。画家は、黒い帽子と緑色の衣服を身にまとい、顔をこちらに向けている。その表情は、どこか安らいで見えた。何か、相愛の幸福でも感じているかのように。


 途端に、僕は竜太に会いたくなった。この場所から抜け出し、昨日に戻り、あの約束通りに僕の部屋で会いたい。自分は、今、それが叶わない恋のさなかにいる。そう考えると、無力で空しいとしか思えなかった。


 その自画像から離れた途端、信一の姿が目に入った。彼は、少し離れた所で、別の絵画を見ている。信一の方がある意味、正しい友人なのだ。竜太は、とらえようによっては、僕の友人ですらない。



   6


 信一と駅で別れ、僕は一人で家に帰った。帰路につく時、どうせ竜太からはメールが来ないと思って、ケータイは見なかった。

 ところが、家についてケータイを見るなり、僕は驚く。

「これから会えない?」という竜太のメールが届いていたからだ。

 僕は、去って行ったはずの幸福が、再び戻ってくるのを感じた。


 竜太が、今度こそ僕の部屋に来た。竜太が僕の後に続いて、玄関に入る。この現実は夢かと一瞬戸惑う。

 入ってすぐ、トイレと浴室があり、すぐにダイニングキッチンにたどり着く。奥には、七帖の洋室が一室あった。

 キッチンには窓がなくて暗いので、洋室のドアを常に開け放ってある。

 僕たちが話す場所は、キッチンで落ち着いた。

「雅人は付き合っている人、いる? それか、好きな人とか」

 竜太が突然聞いてきて、僕は何と答えたらいいか迷った。ここは、うまく答える必要がある。

「今は特にいないかな。竜太は?」

「俺は、いるんだ。好きな人が」

 竜太のその言葉には、全身で恐ろしさを感じた。好きな人って、いったい誰だろう。僕だったらいいが、まさかそんなはずはない。

「へえ。どんな人?」

 僕は、少しずつ質問を重ね、竜太が好きな人物を調べていこうと思った。

「魅力的な人だよ。優しいし、頼もしくもある」

 僕は、これ以上我慢できなくなっていた。目の前の竜太の顔を見ると、胸が苦しい。これ以上、恋愛で我慢するなど、僕にはできない。

「その人が僕だったら、うれしいな」

 僕は、思い切って言ってみた。竜太は、驚いた顔をしている。

「雅人、俺のこと、好きなの?」

「うん」

「そっか……」

 竜太は、次の言葉をためらっているようだ。

「でも、俺が好きなのは、雅人じゃないんだ」

 僕にとって、その言葉は一番聞きたくなかった。それでも、僕は笑みを取り繕った。

「竜太は、今、好きな人を好きでいて。僕のことは気にせずに」

「ごめん」

 竜太は、申し訳なさそうにうつむく。僕はショックのあまり、この後のことをあまり覚えていない。確か竜太は「ごめん」と言った後、すぐに帰ったのだと思う。



   7


 休日、家の近くを散歩していると、川沿いの桜が満開で、そのほの白さが不気味に感じられた。

 今の僕には、桜の木々でさえ憎らしく思える。むせかえるような春の空気に、息苦しさを覚えた。


 僕は、その日、午後から信一と会った。彼とは、あの美術館に行ったきり、しばらく会っていなかった。

 信一とは、公園のベンチで座って話すことになった。

「雅人、何か悩んでる?」

 ベンチに座りながら、信一が聞いてきた。

 僕もベンチに座る。

「少し前に、ちょっと失恋しちゃって」

 僕は短く答える。

「失恋は、キツイよね。いくつになっても」

「信一は、恋愛してる?」

 僕は、聞いてみた。

「してるよ」

「どんな恋愛?」

「遠くから見守るような恋愛」

「それって、楽しい?」

「楽しくはないな。楽しくあろうとしている」

 信一は、思いのほか悟ったところがある、と僕は感じた。

「それが難しいんだよね。僕だって、好きな人と付き合いたいだけなのに」

 僕が言うと、信一はペットボトルのお茶を一口飲んだ。

 その様子を見ながら、僕は続けて質問する。

「信一が好きな人はどんな人なの?」

 僕と信一は、共通の知り合いは特にいない。出会い系アプリで出会ったため、今まで一対一の付き合いをしてきた。

「いい人だよ」

 信一は、短く答えた。その後、彼が続けた言葉に、僕は驚いた。

「雅人、俺と付き合わない?」

「え? でも、好きな人がいるって」

「それは雅人のことなんだ」

「その気持ちはうれしいけど、信一のことは友達としか思えない」

 僕は、信一に特別な感情を抱かれていると知り、ただ驚きしかなかった。むずがゆいような感覚もある。

「しばらく考える時間をくれる?」

「ゆっくりでいいよ」

 信一は、優しげにほほ笑んだ。



   8


 僕は、梅雨時まで、信一と付き合うかで悩んでいた。

 平日の夜、傘を差し、雨に濡れて、会社から帰宅する。雨音は、部屋の中にいても聞こえてくる。その音をじっと聞きながら、信一と付き合うつもりはあまりない、と考えた。だけど、この苦しさを薄めるには、信一を利用するのも手だ。

 僕はそう思って、信一に連絡し、会って話すことに決めた。


 信一を僕の部屋に呼んだ。

 彼は、小雨が降る中、僕に会いに来てくれた。

「信一、僕と付き合おう」

 僕は、信一に言った。

「いいの?」

「試しに付き合ってみるのもいいんじゃないかな。僕も、信一のことを好きになってきたし」

「雅人がいいと言うなら、もちろん付き合いたいな。失恋した相手のことは、もういいの?」

 それを言われて、途端に竜太の顔が浮かんだ。彼は、どこかへ去って行く人なのだ。僕と人生を歩む人ではない。

「叶わない恋は、諦めることにするよ」

 そう言った僕を、信一は見つめている。

 これはこれで悪くない展開だ。僕は、心の中でほくそ笑んだ。



   9


 信一は、本当に優しかった。こんなに優しい人だとは思わなかった。

 彼が勤める古本屋のシフトの都合上、最近日曜には会えないが、平日の夜に僕の家まで会いに来てくれる。

 そして、美味しいものなり、面白い本なりを持ってきてくれる。

 梅雨が明けたばかりの蒸し暑い水曜日だった。僕は、この夜、信一が遊びに来る前から奇妙な胸騒ぎがしていた。


 信一は、奥の洋室で、僕の布団の上に寝ころびながら、漫画本を読んでいる。

「それ、面白いの?」

 僕が聞くと、信一は漫画本をいったん脇に置いた。

「歴史の勉強になるよ。それと、昔のフランスでの暮らしが、リアルに表現されている」

「漫画を読むなら、“お勉強”は、やだな」

「それが、この漫画はエンタメ要素が強くて、面白いんだ」

 僕は、漫画本を手に取ろうとした。すると、同じく漫画を取ろうとした信一の手と僕の手が触れ合った。

 信一が、僕の手を握ってくる。その温かい手が、僕を一気に緊張させた。

 信一が、ぐっと僕を引き寄せた。僕たちは、口づけを交わす。熱い唇や舌が触れ合う。


「抱きしめていい?」

 信一が聞いてきた。僕は、無言で信一に体を密着させた。


 この夜、僕と信一は、抱き合った。信一は口で愛撫するのが好きなのだと初めて知った。僕は僕で、信一を思い切り口で愛撫した。



   10


 僕は、平日の夜の帰りに、アイスを買っておくことにしている。他の買い物もなるべく、帰りに済ます。

 真夏の明るい時間帯に、買物に行くのは嫌だった。

 僕は、ある日の日盛りの午後、家でアイスを食べていた。部屋の中は、冷房が効いていて涼しい。

 竜太からメールが届いた。

「最近、どうしている?」という内容だ。

「彼氏ができて幸せだよ」と僕。

「俺も、例の彼と付き合い始めたよ」と竜太。

 そうか、竜太もうまくいっているのか。

 僕は、うまくいく時は、自分自身も周囲の人も、すべてうまくいくとさえ思うようになっていた。今は、悪い予感が一切しない。



   11


 僕と信一は、夜に会い、何度も愛し合い、朝に別れた。

 狂おしいほどに、彼が好きになってしまった。

 秋が来た。休日の公園のベンチで、地面に敷き詰められた木の葉を眺めている。

 僕は、一年の内で、秋が一番過ごしやすいと感じていて、好きだった。


 知らない内に、ケータイに電話があったようだ。竜太からだ。

 僕は、急いで竜太に電話をかける。竜太は、暗い声をしている。

 急遽きゅうきょ、僕の家で、会って話すことになった。

「恋愛って、ほんとに難しいな」

 竜太が唐突に言った。僕が黙っていると、竜太が続ける。

「うまくいく時はうまくいくけど、苦しい時だってある」

 僕は、竜太をどう慰めたらいいか、考え始めた。彼は、どうやら恋愛で悩んでいる。下手なことを言うと、彼の心を傷つけてしまうだろう。

「どんなことで悩んでいるか、聞いてもいい?」

 僕は、自分だけがうまくいっているこの状況に、何となくやりにくさを感じた。

「話だったら聞いてあげるよ。アドバイスは、よく分からないからできないけど」

 竜太は、せきを切ったように、悩みを話し始めた。

 竜太の彼氏は、職場でのストレスが溜まっていて、竜太に暴言を吐くそうだ。さらには、浮気を何度も繰り返し、竜太を嫉妬させ続けている。何度、文句を言っても、懲りないそうだ。

「難しい状況だね」

「いっそ別れようかな」

「僕は別れた方がいいと思うよ」

「別れて、雅人と付き合う」

「え? 僕?」

「ダメ?」

「僕にも、彼氏がいるからダメだよ」

「どんな彼氏? ちゃんと優しい?」

「優しいよ。竜太だって、ちゃんとした恋愛、できるから、諦めないで」

「雅人の魅力に、もっと早く気付くべきだったよ」

 そう話す竜太の眼差しは、とても寂しげだ。

 僕はふと思う。もし、僕と竜太が付き合っていたら、どうなっていただろう。僕から好きになった竜太と、僕を好きになってくれた信一、どちらが本当の恋人なのだろう。しばらくの間、そんな考えが抜けなかった。



   12


 僕は、コートを着て、街を歩いていた。冷たい風が吹き始め、寂しい季節が来た。あらゆる店が、クリスマスの飾りを身につけ始める。

 以前は、街がクリスマス一色になることを疑問視していたが、今はほほえましいとさえ感じる。

 僕は、竜太のことが心配だった。竜太は、彼氏ときちんと別れただろうか。

 僕は、部屋に帰ると、竜太に電話をかけた。

「竜太? 最近、どう?」

「ちょっと前に、彼氏と別れたんだ。これで、雅人と付き合える」

「いや、悪いけど、彼氏がいるから」

「冗談だよ」

 竜太は、屈託なく笑った。その笑い声を聞いて、僕は安心した。

「でも、少しだけ雅人と付き合いたいと思ってる」

 竜太の言葉は、耳から入ってきて、優しく心をうるおした。

 僕は、こんな自分を想ってくれてありがとう、と心の中で思った。


 信一とは、クリスマスイブには会えなかった。それは、少しも問題ではない。

 最近、少しばかり夜の営みがパターン化してきた。僕は、それに気づいたものの、特に打つ手立てもなく、何となく日々を過ごしていた。

 珍しく、信一は土曜日に休みが入った。そこで、午後、彼を僕の部屋に招いた。

 暖房も、程よい温度にして、少しばかりつまむものも用意した。カナッペや珍味などだ。

 僕は、キッチンでホットのトマトジュースにレモンを絞った。飲み物は、他にもお茶などをいつでも淹れられるよう、熱湯と急須を準備した。一応、冷たい飲み物も揃えてある。

 奥の洋室で、信一が待っている。僕は、トマトジュースとカナッペを運びながら、心地よいワクワクを感じていた。

「お待たせ。それは、どんな本?」

 僕は、小さなテーブルにジュースを置きながら、信一に聞く。

「これは冒険小説で、俺が子供の頃、読書感想文を書く時に選んだ本なんだ」

「読書感想文……何だか嫌な言葉を久々に聞いた」

「俺も、読書感想文は苦手だったけど、この本を読んだ時、初めて感想文を書くのが楽しみになったよ」

「そんなに面白いの、それ」

「読んでみる?」

「気が向いたらね。ところで……」

 僕は、信一に例の話をするか、迷った。性行為がパターン化しているという件についてだ。

「何? 何でも話してくれていいよ」

 なかなか言い出せない僕を見て、信一は軽くいぶかったようだ。

「何でもない。信一、いつもありがとう」

 僕はそう言って、信一の唇にキスをする。信一は、僕の口づけに応えてくれた。脳の中心まで、しびれるような口づけだ。

 この口づけがある限り、僕たちは離れられないかもしれない。

 実際のところは、まだ分からない。

 二人は、あと何度、この部屋で会うことになるだろう。

 僕は、信一と付き合い始めて、この部屋が心から好きになった。この部屋は、二人の恋愛を、これからも見守ってくれるだろう。

 そして、僕は信一を想い続ける。僕を好きになってくれた人だし、僕の方も心から大切に思える人だから。

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