第30話 狡猾(3)
『そんなおもちゃで何をしようというのか』
子供が好みそうな可愛い装飾がなされている四角い箱。
叩きつければ簡単に壊れてしまいそうな代物。武器には見えない物を
興味津々で何をするのか見守る異形の瞳に見せつけるように、メルはオルゴールの蓋を開けスッと高く掲げた。
「豊穣の賛歌……」
流れて来た聞き覚えのある音色に、バークは曲名を口から溢す。
収穫の季節に豊作を祝って歌われる、踊れるようなテンポの良い曲。子供にも親しまれている有名な音楽が、小さな箱には似つかわしくない大音量で響き渡る。
音の波動が周囲を駆け巡るように包み込んだ瞬間、襲い掛かってきていた人間たちが一斉に動きを止め。
メルが蓋をパタンと閉じると、糸の切れた人形のようにバタバタと倒れた。
「寝て……る?」
心地良さそうに寝息を立てている人たちに安堵し、バークはホッと胸を撫で下ろす。
眠らせてしまえば襲われることはなくなるし、危害を加える心配も消える。
倒れた衝撃で軽い擦り傷や打撲を負った人もいるかもしれないが、
再び
『……なるほど。屠られた仲間はこのように都合のいい道具として扱われるのだな。嘆かわしい』
元仲間の末路を直接見て、手袋
非情な性格をしている割に、仲間意識だけは高いようだ。
「人間を使い捨てるような奴が言うセリフとは思えないな」
餌として負の感情を摂取して、使えなくなったらまた別の人間へ。不要になれば排除すればいいという概念で生きる者が、仲間を思う言葉を吐くことにバークはイラ立ちを覚えた。
『人間なぞ、我ら
お前たちが何も考えず水を飲むのと何が違う? と、感情を逆撫でするのを愉しむようにニヤリと口を歪めた。
高みから見下ろす
まさしく地べたに落ちているゴミを眺めるような目つきに、
「よくわかったよ……人間と
バークの中で業火が弾け、剣を手に大きく跳び上がった。
『そんなに怒るのは〝元〟人間だからか? それとも
「お前に俺の気持ちがわかるか!」
人間への同族意識か? 美術品にされると血が吸えなくなることへの不満か?
そう煽りながら剣を楽々と躱した
『そんなに人間が大事なら、こうすれば手も足も出せなくなるな』
趣向を凝らしてやると言うように、
すると周囲に転がっていた人間たちが次々と浮き上がり、体の大半を絵画や彫刻に変貌させ、辺りは青空美術館のように様変わりしてしまった。
『私をどうにかしないと、彼らを壊してしまうぞ? さて、どう出る?』
「──ッ!? 待て!」
わざと人間たちの上に落ちようとする相手に、バークは目を見開く。
このままでは落下地点にいる人が死んでしまう!
慌てて
一軒家が空から降ってくるように、白い巨体の黒い影が、半身を変えられた人たちの真上に広がり、押し潰されバラバラに砕けた惨状がバークの脳内に展開され。
「ウェアー・トレント」
「ティア!」
「私たちの存在を忘れるなんて。手袋らしく頭の中はスカスカのようですね」
ティアはフッと蔑むように鼻を鳴らし、言いたい放題言ってくれたお返しとばかりに、水を放った右手を下ろす。
バークを煽ることに気を取られていたのか、仲間の存在を忘れるほど慢心して付け上がっていたようだ。
「この場から奴を遠ざける方法ないか?」
「あるにはあるけど、相手の懐に飛び込まないと周囲に被害が出ちゃうわ」
バークの問いかけにメルが難色を示すが。
「わかった。俺がなんとか隙を作るから、後は頼む」
バークは建物から出てきた
「
同時に放った〝十本〟の矢が体勢を立て直したばかりの
『舐められたものだな』
それを指のしなりで伸びやかに真上に跳んで躱すと、目を弓なりに曲げて笑うが。
ほぼ直角に急旋回して矢尻を真上に向け追随してきた矢に、
『小賢しい真似を』
追尾してくる十の光に、白手袋は全身を覆うように絵の具の壁を展開し、直撃不可避の攻撃を防ぎ切った。
わずかな沈黙が空を占有し、防御することで身動きのできなくなった
その下にメルは滑り込み、すかさず麻袋から絢爛豪華な扇を手にすると、
「吹っ飛びなさい!」
扇を大きく振り、頭上に竜巻のような突風を生み出した。
風に触れた瞬間、絵の具が吹き飛び露わになる白。
まさか吹き飛ばされると思っていなかったのか、
止まぬ風に煽られ為す術なく舞い上げられた巨体は、人間たちが横たわる通りから遠ざかり屋根を越え、街の中心部方面へと飛んでいった。
「追いかけましょう」
ティアが近くの家の屋根に跳び乗り、
その背に続きメルとバークも、救助に集まって来た人間たちを尻目に走り出した。
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