第23話 原因加速(1)
「結局何も起きなかったな」
午前零時を回っても体に変化はなく、翌朝になってもどこにも異常は現れなかった。
バークは良かったのか悪かったのか複雑な気持ちのまま、念の為に同じ宿舎に泊まっていたダリアに〝問題なし〟と別れを告げ、ハンに事実を報告し調査の再開をしようと宿舎を出た。
「ダリアの持ち物に
「振り出しに戻ってしまいましたね。今度はどこから手がかりを探しましょうか」
どこかつまらなさそうにしているメルの横を、ティアは顎に手を当て思案する。
「被害者の共通点の洗い出しからね。全員から話を聞き直して、ダリア以外に共通する人物に会っていないか、または特定の場所や物に接点がないか。とにかくやることは山積みよ」
原因だと思っていた事柄がまったく関係なかったという徒労。また調査を一からやり直さなくてはいけないという虚無感に、メルは大きく肩を落とす。
長年の経験があると言っても、物事がスムーズに進まないと辟易してしまうのは誰しもある。
「でも被害者はみんな核心に触れるような記憶は改竄されてるんだろ? だったらこれ以上話を聞いても有益な情報は得にくいだろうから、先にまだ行ってない家に立ち寄ってみようぜ」
記憶がないのに教えろと言っても何も出てくるはずがない。どう考えても記憶から抜け落ちていたダリアの周囲が怪しかったが、無実だと判明した以上は別の視点を持たないといけない。
ナナンの家以外にも被害者の家はある。まずはそこへ向かおうとバークは家の方角を確かめる為に、観光都市によくある街の案内図を探そうと視線を巡らせ。
「待って欲しいの」
聞こえた少女の声に、三人は出て来たばかりの宿舎の方を振り返った。
「どうしたんだダリア? そんな慌てて」
急いで来たのか荷物を何も持たず駆け寄ってきたダリアに、バークは事件が起きたのかと一瞬身構えたが。
「私もみんなの調査を手伝いたいの」
息を整えハッキリと言ったダリアに、一同の空気はザワついた。
「調査を手伝いたいって……俺たちに付いてくるってことは、
〝そう思うよな?〟とバークが意思を問うように視線を送ったメルとティアも、同意するように小さく頷いている。
どう見ても事件に呪いが関わっている以上、最終的には元凶となっている
命の保証が一切できない状況になるとわかっている所で、他人を守りながら戦う自信はバークにはなかった。
「私が原因でないことはわかったの。でも私が関わった人たちが苦しんでるのを知ってて、何もしないことはできないの」
懇願するようにバークを見上げる瞳に、真剣な炎が見える。
自分には関係ないからと言って、例え短い時間でも縁を持った人たちが辛い思いをしているのに〝後はお任せします〟と立ち去ることができない。そんな強い意思がダリアから伝わってきた。
「付いてきてもダリアさんにお願いできることは何もないですよ?」
ティアがスッと前へ出て、冷たい気を放つ。
事実であり厳しさでもあり優しさでもあるティアの言葉。
調査にも戦闘にも役立たない者を同行させる意味はない。キツい言い方だが、諦めさせるには効果的な突き放し方だ。しかし、
「何かができるとは思ってないの。でも誰かから結末を知らされるのは悲しいの。どんなに微力でも力になりたい。危なくなったり邪魔になったら置いていって構わないの。だからお願いなの」
ダリアはめげずに一歩踏み出し、ティアの気を吹き飛ばす熱量で応えた。
「ここまで言うんだったら、連れていく?」
「私としては気は進みませんが……」
メルとティアが判断を委ねるようにバークに視線を向けてくる。
バーク自身も
「本当に命の危険が迫った場合は置いていくし、その場から即座に逃げること。それを守れるなら」
「もちろんなの! ありがとうなの!」
なんの迷いもなく提案を受け入れ、本当に嬉しそうにダリアは表情を輝かせる。
親におもちゃを買って貰うことを許された子供のような純粋な瞳に、三人は苦笑を浮かべた。
「それでは予定どおり、まだ行っていない被害者の家に行きましょう。何か手がかりがあるかもしれません」
「絵を描かせて貰った場所なら覚えてるの。案内するの」
ティアが促すと、さっそく役に立てることにダリアは嬉しそうにピョンと小さく跳ねる。
やることはただの道案内なのだが、どんなに些細なことでも助けになりたいのだろう。意気揚々と先行する後ろ姿は、小さいながらも頼もしく見えた。
「バークさんに何事もなくて良かったの」
横にきたバークを眺め、ダリアは目を細める。
「体自体は無事で安心だけど事件解決が遠のいたから、良いような悪いような複雑な気持ちだけどな」
「自分の持ち物が悪さをしてたってことがわかったら、すごく悲しくなるの。だから良かったが正しいの」
頬を掻くバークにダリアは頭を振る。
不安だったことが解消されたという安心感からか、穏やかになった雰囲気が伝わってくる。
これが本来のダリアの持つ性格なのだろう。年齢は十八だが、まだ幼さの残る子供のような無邪気さに、周囲に花が咲いているようなパッと華やかな空気が広がった。
「ダリア自身はこの街で絵を描いた人の共通点はわからないか? 同じ行動をしていたとか同じ物を持っていたとか」
ダリアが原因ではなかったとしても、被害者に共通する何か見ているかもしれないと、バークは話を振ってみるが。
「うーん……スケッチしたから見た目や服装は細かく覚えてるけど、同じものに心当たりはないの」
ダリアは申し訳なさそうに眉をひそめた。
通常より事細かに状態を把握する観察眼。写実的な絵を描く者には必須とも言える能力をもってしても共通点はないと答えた。となると、被害者自身の外見から共通することは見つけられない可能性が高い。
バークは両腕を頭に回し、空を仰ぎ見ると。
「やっぱり実際に現場を調べてみるしかない……か?」
ふとした奇妙な感覚に足を止め、自身の左下を見下ろした。
「どうかしましたか?」
「いや、なんか腰の辺りに違和感が……」
後ろで立ち止まったティアに、バークは訝しげに歪めた目を見せる。
モゾモゾと何かが動いたような気配に、原因はなんだろうと紺色のコートをめくった。
「ナイフがズレたかな?」
鞘から外れたままのナイフを付けていると危ない。バークは留め具が外れていないか確認しようと鞘に手を伸ばし。
ナイフに生えたギョロっとした目を見て、反射的にビクンッと手を引いた。
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