第31話【エピローグ】
【エピローグ】
海斗たちが横須賀に寄港したのは、ちょうど昼頃のことだった。
『しらせ』には自動航行システムが搭載されており、人手は不要。
それでも池波は、CICに籠ると言い張って聞かなかった。もっとも、何かトラブルが発生したところで彼女に解決の手段などなかったのだが。
入港は海上保安庁に護衛される形で行われた。護衛というより、暴走を食い止められているようだ。
それから先は、事態が目まぐるしく展開した。入港すると、すぐさま埠頭から警視庁の特殊部隊・SATが乗り込んできた。全員がガスマスクを装着し、さらに白い防疫服を着込んでいる。
すぐさま船内・船外の両面から綿密な調査が行われたが、付き合わされた海斗たちは余計に疲弊させられた。
SATの防疫担当官に軽く肩を揺さぶられ、海斗の意識は現実へと戻ってきた。そのまま顔の筋肉をあちこち引っ張られ、血液や唾液の簡易検査をされ、外傷に殺菌処理が為された。
「ん……」
ゆっくりと目を開ける。眼前にあったのは、やはりSAT隊員の顔――ではなくガスマスクだった。
「民間人の少年一名、意識が戻りました」
《了解。防疫対策は?》
「問題ありません」
《では速やかに病院へ。精密検査を行う。少年と話はできるか?》
「確認します」
そこで海斗の意識は再び途切れることになる。記憶にあるのは、自分が北村華凛、という名前を連呼していたということだけ。
きっと余程ひどく暴れていたのだろう。無理やり気絶させられて運ばれたのだと、入院先の病院で聞かされた。
それから、入港時に一緒にいた面々は全員が無事だったということも。
しかし、海斗の心には違和感が残った。
――華凛はどこだ?
※
一ヶ月後。
海斗と泰一の二人は、地図アプリを展開しながら都内を歩いていた。
「なあ海斗、お前、本当に訊き出したのか?」
「誰に、何を、ってところをしっかりしてくれ、泰一」
「お前自身が一番気にかけてるんじゃねえのか? 北村華凛のこと」
「……」
無言の海斗に、やれやれとかぶりを振る泰一。
こうして実際に会って話をするのは、例の事件以来だ。真昼の空気は依然熱を帯びており、ただ少しばかり心の隙間をすり抜けていくような哀愁を感じさせる。
北村華凛については、まったくの消息不明としか聞かされていない。
理由は分からないが、どうにもその点が引っ掛かるのだ。
生きているのなら会ってみたい。
亡くなっているのなら弔ってやりたい。
ううむ、やはりあの四人の中で、仮にとはいえ班長を務めた自分だからこそ感じることなのだろうか。
「そういえば、『しらせ』の乗員、皆無事に救助されたってな」
「ああ、うん」
「って、生返事だなあ、海斗。死傷者は最低限に抑えられたんだとよ」
「ふうん」
軽く息をつく海斗の横顔を見て、泰一もすっと肩を竦めた。
「おっと、二人はもう到着したみてえだな。おーい、舞香!」
「ちょっ! 大声で呼ばないでよ! 恥ずかしいじゃない!」
と、自らも大声で応じる舞香。そこには泰一を責める色はなく、むしろ嬉しそうな気配すらあった。
そんな舞香の隣には、ぴん、と背筋を伸ばしている池波の姿がある。
「こんにちは、池波一尉」
「海斗くん、元気そうね」
「ええ。僕は別に、後遺症を負ったわけではないですから……」
それはそうか。そう池波は呟いた。何故なら、一時的に重体となっていた仲間である相模が、すぐそばの病院で治療に専念しているからだ。
「池波一尉はもう、相模三佐にはお会いになったんですか?」
「いえ、私もまだね。ま、会ってみたところで、まだ意識が戻っていないそうだけど」
やはりそんなに重い負傷だったということか。
海斗が顎に手を遣っていると、池波の端末に何かの連絡が入った。
「こちら池波。はッ。……は? 相模三佐の意識が戻られた? は、はい! もう正門前に子供たちと共におります! はい! 直ちに参ります! ――というわけだから、行くわよ、三人共!」
「え? は、はいぃ?」
何だかいい雰囲気になっていた泰一と舞香の袖を引っ張り、池波を含めた四人には、足早にメインエントランスに入った。
※
衛生的かつ解放感溢れるエントランスを抜け、エレベーターで上がっていく。
地上十二階。透明な素材で造られた窓から、燦々と陽光が差し込んでくる。
「さ、ついたわよ、皆」
「おっと」
思索に耽っていた海斗は、意識を現実世界に押し戻した。
池波を先頭に、皆で部屋番号の書かれたプレートを確認する。
「相模修司……。間違いなさそうね」
名前を書くスペースが一ヶ所しかない。きっと個室なのだろう。
池波は空咳をして、スライドドアのわきのパネルに向き合った。あっさりと開放されるドア。その向こう側へ、池波はさっと敬礼してみせた。
「海上自衛隊一等陸尉・池波美香、入ります」
部屋の中央に置かれたベッドのわきに、丸っこい自律型ロボットが待機している。
池波の声に素早く反応したロボットは、多関節の腕を、ぐいん、と伸ばし、あっという間に来客用のパイプ椅子を四脚並べた。
ベッドは確かに、相模のものだった。患者用の服の上からでも、未だに筋力が健在なのが分かる。だが、問題は先客がいたことだ。
車椅子に腰かけ、海斗たちとは反対側から相模に語り掛けている。
「……え?」
その、あまりにものどかな光景に、海斗たちは池波も含め、愕然とした。
「おう、誰かと思えば……。見舞いには来なくてかまわんと副長には伝えていたんだがな。で、どうしたんだ? 私に媚びへつらっても何も起きんぞ」
相模は穏やかな笑みを浮かべている。だが、四人の動揺と感情の爆発は、とても押さえつけることはできなかった。
「華凛……? あっ、あんた……、どうしてここにいるの?」
「お、俺たちはお前が死んじまったもんだとばかり……」
「……貴様ッ!!」
正気に戻った順番で、舞香、泰一、海斗がそれぞれ声を上げる。
いや、海斗は声を上げたのではない。そうではなくて、怒りで全身を震わせていたのだ。
もし放っておかれたら、相模のことなど考えずに跳びかかっていただろう。
海斗がそうせずに済んだのは、フィルネが仲裁に入ったからだ。
(はいはいはいはい、すとおーーーーーっぷ!)
「邪魔するな、フィルネ! あいつの……北村華凛のせいで、俺たちはあんな酷い目に遭わされたんだぞ!」
(それは分かってるよ、海斗。でもここは病室――完全な中立地帯だ。あんまり暴れるようなら無理やりにでも眠っていてもらうけど?)
ひらりひらりとおどけるように、フィルネは皆の間を飛び交った。
しかしその手元で、紫電を帯びた魔弾が生成されているのを見て、海斗はようやく身を引いた。
「もしかして、華凛が車椅子なのは――」
(そう。一旦は、彼女は水龍への生贄になりかけたんだ。自分の命を捨ててでもね。でも、それは水龍の望むところではなかった)
「どういうこと……?」
冷や汗をかく余裕もなくしたのか、ぽっかり空いた口から舞香が尋ねた。
(水龍は私に約束させたんだ。あたかも生贄が差し出されたかのように見せつけてくれ、って。本当は水龍も迷っていたんだ。ここで皆を許してやるか、本当に生贄を出させるか。そこで考えついたのが、生贄を差し出すという苦行を皆に与えて、実際は生贄を受け取らずに生かしておく、という悪戯だったんだよ)
「じゃ、じゃあ……?」
(そうだよ舞香、華凛は自ら海に飛び込んだけど、水龍としては、彼女を生贄として迎え入れる意図は初めっからありゃしなかったのさ)
「それじゃあ華凛、あなた、本当は皆を守ろうと?」
今度は瞬きすら忘れた舞香が、じっと華凛の目を見返す。
「その点については、私にも説明義務があるな」
脇腹に手を宛がいながら、相模が口を開いた。池波がはっとして、相模にまだ寝ているようにと言いかけたが、相模は敢えて目を逸らした。
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