第22話

 唐突に聴覚が再起動し、海斗ははっと顔を上げた。


「相模隊長! どうか気を確かに!」

「……ん……。あ、ああ、思った以上の威力だな……」

「たっ、隊長!」

「私は大丈夫だ……。腹部に痣ができたくらいだろう」


 相模は上半身を起こし、防弾ベストを外して見せた。カラン、と音がしたのは、きっと防弾ベストで食い止められた弾丸が床に落ちた音だろう。


「全員、その場で武器を仕舞え。子供たちを怯えさせるな」

「しかし隊長、この少女は銃器を携行していました! 我々とて自分の身は自分で――」


 その言葉に、相模は自分のライフルにセーフティをかけながら語った。


「あの三人の武器を見ろ。剣も弓矢も大槌も、異様な光沢を放っている。あれらの武器は、彼らに服従を誓ったも同然。もし彼らが本気になれば、返り討ちに遭っていた」

「は、はッ? それはどういうことで……?」

「何か腑に落ちないのか?」

「我々は、一通り火器や鈍器の扱いを習得しています。そこにあるものを使えと言われればそうするまでです。しかし、武器が自らの使用者を選ぶというのは、あまりにも――」

「虚言や妄想の類だと?」

「は、はッ、恐れながら……」


 相模はライフルを担ぐ手を止め、片眉を吊り上げながらその隊員の顔をまじまじと見つめた。それからさっと顔を逸らし、腰に手を当てて溜息を一つ。


「やはり、このダンジョンに魔術的要素が加えられている、という説は信用できなかったか」

「は、はッ! 申し訳ありません!」

「無理もないな。私も最初はそう思ったよ。オカルト映画じゃないんだから、とな」


 そう言って、相模は防弾ベストの胸ポケットから一枚の写真を取り出した。ホログラムではない、用紙に印刷された古臭いものだ。


「隊長、それは……?」

「何でもない。伝令を頼む。皆に、ライフルは肩に提げて拳銃だけで武装しろ、とな」

「はッ」


 ようやく自分のそばを離れてくれた隊員。安堵しながらその背中を見つめていると、やはり今回の作戦は無謀だったのでは、とも思えてくる。

 遠藤は一体、どこまで彼らに話したのだろう? このダンジョンについてのことを。


         ※


 日が傾き始めてきた。『しらせ』での池波は、だんだんと不安の種が胸中で芽吹くことを実感していた。

 海斗をはじめとする子供たちと、それを追って出動した相模たち。誰も死傷していなければいいのだが。


 居ても立っても居られず、部屋中をうろつきたかったが、お目付け役のガタイのいい男二人を無視してそれはできない。結局、自分は何の成果も上げられず、すなわち何の役にも立てずに死んでいくのか。


 そうして、池波はデスクに突っ伏して大きな溜息をついた。――私、何やってるんだろう。

 しかし、転機はあまりにも軽くやってきた。


《あー、失礼。こちら遠藤だ。池波一尉と話がしたいんだが、構わないかね?》

「はッ、監督! 了解しました」

《実はもう扉の前まで来ていてね……。すまんが、そちらから解放してもらえると助かる》

「了解、ロックを解除します」


 まだ操作に慣れていないのか、お目付け役の二人は揃ってがちゃがちゃと開閉パネルをいじり出した。二人共、池波に背を向けている。


 手錠をされた振りをしていた池波は、テーブルに両手をついて逆立ちした。

 はっとして、二人が振り返った時には、池波の開脚した足先が側頭部に蹴り込まれるところだった。


「ぶっ!」

「ごはっ!」


 二人目が倒れた時、ちょうど防弾扉がスライドして、遠藤が入ってきた。

 テーブルから飛び降りた池波は肘打ちを喰らわせようとしたが、相手が遠藤であると分かってすぐに動きを止めた。


「ほう! 見事だね、池波くん。鮮やかなカポエイラだ」

「ええ。これでも自衛隊に次ぐ準軍事組織の一員ですので」


 くるりと逆方向に回転した池波。その手には、警備(というか見張り)の隊員が所持していた拳銃が握られている。


「安心してください。あなたを殺しはしませんので」

「その言葉、信じよう」


 この会話の間に、池波は銃口を遠藤の眉間に突きつけていた。対する遠藤は死が怖くないのか、眉一つ動かさない。


「ここから先の会話は録音させていただきます。何らかの証拠になるかもしれませんので。よろしいですね、遠藤監督?」

「好きにしたまえ」


 遠藤は半ば滑稽さを感じながら、池波の提案を受け入れた。


 現在のところ、『しらせ』を預かっているはずの相模修司・三等海佐は、サンダーブレイドに搭乗してダンジョンに潜入している。ということは、現在この艦内において最も階級が高いのは自分、池波美香・一等海尉だ。

 おまけに特殊作戦担当補佐官ときている。いわばこの免罪符によって、自分は大きな権限を艦内で発揮できる。


 そうでなければ、遠藤が乗艦していることすら知らずにいた可能性だってある。

 だが、現実は違う。池波はついに相まみえたのだ。自分の下から婚約者を奪った、当時の護衛艦艦長に。


「監督! 遠藤監督!」


 監視カメラで状況を見計らっていたのだろう、狭い廊下で池波はあっという間に包囲されてしまった。

 だが、と池波は考える。

 この空間ではどこかから狙撃される恐れはないし、不意をつかれる可能性も低い。

 そして何より、現在のところ自分が『しらせ』の最高責任者なのだ。


 池波は、右手に拳銃を、左手に車椅子の把手を握りながら、堂々と廊下を歩んでいく。


「遠藤監督、CIC制圧までの辛抱です」

「分かっておるよ」

「お心遣い、感謝します」


 婚約者を殺された池波としては、虫唾が走るような遣り取りだ。それでも、自分は来るべき未来に向かって進むしかない。

 慌てて拳銃を抜いていた隊員たち。だが、遠藤は余裕綽々といった態度。命令もないのだから、どうしようもない。一人、また一人と、彼らは得物をホルスターに戻していった。


         ※


 CICに踏み入ると、どよめきが池波と遠藤を包み込んだ。


「これはどういうわけだ、池波一尉?」


 毅然とした態度を見せつけるべく、副長が怒号を上げる。だが、その程度で怯む池波ではない。


「ええ、分かっています。これだけの精密機械が詰め込まれたCICで、銃撃戦はやりたくないのでしょう?」


 チッ、と副長は露骨に舌打ちをした。


「目的は何だ?」

「機密データの奪還、及び他勢力による入手の阻止」

「機密データ?」

「そうです。六年前、中東の国々でのことです。暗躍していた自衛隊内部の特殊部隊によって為された、非人道的作戦について」


 表情を全く崩さない池波に向かい、副長は大きく顔を顰めた。

 僅かな間で脳内を整理してから、副長は目を上げて再び池波と目を合わせた。


「これは推論だが……。池波一尉、貴官の狙いは二つだな?」


 副長はこう述べた。

 一つ目の狙いは、『しらせ』に搭載されたスーパーコンピュータを経由してハッキングを行い、陸自の行った中東での機密作戦の全容を掴むこと。

 二つ目の狙いは、『しらせ』のスーパーコンピュータを全て破壊することで、陸自首脳部に反論の根拠となるであろう事実を抹消すること。


 事実、狙いのうち一つは達せられた。二つ目は、三機積まれているスーパーコンピュータのうち二つを潰すところまで為し遂げた。三機目のスーパーコンピュータをまだ破壊できていない以上、任務完遂とは言えないが。


 しかし、副長にも解せないところはある。


「池波一尉、どうしてこんな閉鎖空間にあるスパコンを狙った? 陸自の駐屯地によっては、同型で同じデータを搭載したスパコンはある。それがどうして――」

「それは『しらせ』の特殊性によりますね」


 ふっと軽く息をつく池波。


「最新鋭のステルス性能と、極めて強力なレーザー通信を両立している。遠方での任務を想定されている時点で、地球のどこにいても、日本国内の情報網に触れておく必要があった。だから、その情報網とのリンク、レーザー通信回路を物理的に破壊したんですよ。ただのコンピュータウィルスでは、返り討ちに遭う可能性が高かったものですから」


 淡々と、淀みなく語る池波。彼女を前に、CICに詰めていた全員が圧倒されていた。

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