第20話


         ※


 ちょうどその頃、ダンジョン第五階層にて。


「む~ん……」


 海斗は腕組みをして、立ったまま俯いていた。正面には華凛がいて、落ち着きなく掌を擦り合わせていた。どちらが先に過去話をするか、決めかねていたのだ。


「だってしょうがねえだろう? 過去話してねえのって、海斗と華凛だけなんだからよ」


 泰一の言うことは最もだ。舞香や泰一のみならず、フィルネまでもが自分の過去に立ち向かったのだから、自分にできないはずがない。いや、自分もやってみるべきだ。


 海斗はすっと手を上げて、僕が先に、と一言。


「よし、じゃあよろしく頼むぜ、海斗。舞香、お前は華凛の援護を頼む」


 泰一は全員の肩を叩きながら、笑みを浮かべてそう言った。円陣を組むように床に座り込む。

 皆、慣れてきたのかな……。これを信頼と呼ぶのだろうか? そのあたりはよく分からない。だが、分からないなら分からないなりに、きちんと誠意を見せるべきだ。

 そこまで考えを詰めてから、海斗はゆっくりと語り出した。


         ※


 海斗もまた、順風満帆といえる人生を送ってきたわけではない。

 簡単に言えば、両親を亡くしているのだ。


 亡くなった原因は、観光旅行中の海難事故。海底をスキャンするレーダーが故障していたらしく、航行経路設定用のAIが誤作動を起こしたらしい。

 それだけならまだしも、年々数と強さを増す台風の存在が、被害拡大に拍車をかけた。

 客船は呆気なく転覆し、乗員・乗客は皆海に投げ出された。


 当時三歳だった海斗には、その記憶は残っていない。もし残っていたら、今回のような海洋探検に参加することはできなかっただろう。

 だが、それでも潜水艇に乗り込む瞬間には、僅かに足が震えてしまった。


 海が怖いわけではない。事故を危惧したわけでもない。

 これは、後天的に備わった危機意識によるものだ。

 自分の歩む大地や海面の下に、今も両親が眠っている――。


 いや、これでは駄目だ。足も腕も動かなくなってしまう。

 そう念じて、海斗は桟橋を歩み、潜水艇に乗り込んだのだ。もしかしたら両親の魂が宿っているかもしれない、否、取り残されているかもしれない。

 それが海斗にとっての海であり、今朝海斗の心を乱していた元凶だ。


         ※


「……そうだったのか」

「ああ、まあね」


 沈鬱な表情の泰一に対し、海斗はできるだけ気にしないように応じた。が、どうしても喉が掠れてしまい、そう上手い対応とは言えなかった。


 俯いたままではいけない。過去というものに囚われ続けてしまう。

 海斗はあぐらをかいていた自分の両膝を叩き、すっくと立ち上がった。


「どうだ、フィルネ? 今の僕の話で満足だろう? 第六階層があるんだったら、早く階段を展開してくれ」

(そんな大きな声、出さなくても平気だよ。今階段を造るから)


 やや間をおいて、ガゴン、という鈍い音が連続し、今まで通り階段が構築されていく。


(この下に、ダンジョンを寝床にしている化け物、ああ、化け物っていうのは失礼だね。まあとにかく、ダンジョンの主が寝ているから、起こさないように魔法陣のところまで向かってくれ)

「分かった」


 颯爽と歩み出す海斗。そのシャツが、ぐいっと何かに掴まれた。


「おっと!」

「あなた一人で行かせるわけには参りませんわ、海斗さん」


 意外なことに、その腕の持ち主は華凛だった。


「どっ、どうしたんだよ、華凛? 皆も一緒に来るだろう?」

「わたくしは、あなたが最も危険な先頭を行くことに危機感を覚えているのです。今回は、わたくしが皆様を先導します」


 ぽかんと口を開けっ放しで、こちらを見つめる泰一と舞香。

 キッと目を上げて海斗を睨みつける華凛。


 これは勝てない。そうとでも踏んだのか、海斗はさっと目を逸らした。その先には、たった今展開された階段の入り口がある。


「頼むよ、華凛。行ってくれ」

「畏まりました」


 素っ気なく頷いて、片手で魔弾を構成しつつ、華凛は階段を下りて行った。

 控えめな泰一の声が聞こえたが、海斗もさっさと階段へと足を向けた。

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