第15話
※
そもそもの、紀元前における戦い。それは、現代にも通ずるものがある。
簡単に言えば、地球環境を守ろうと呼びかける自然主義者と、自分たち人間さえよければ構わないという自由主義者。この二大勢力による、世界規模の軍事的紛争だ。
世界規模といっても、それは現代ほど広いものではない。過去に現存した高度機械文明と言えど、地球を丸々支配下には置くことはできず、人間の生存は一つの大陸に限られていた。
だからこそ、領土争いから派生した主義主張は、その内容を僅かに、しかし確かに人類の存在自体を蝕むようなものになっていった。
こうして自然主義者と自由主義者の過激派による戦闘が頻発するようになったのは必然だ。取り分け、絶滅に対する恐怖に囚われ、暴力行為を厭わなくなった自然主義者を、人々は、人類滅亡論者、などと呼ぶほどになった。
しかし、その戦争と退廃した文明に終止符を打ったのは、どれほど過激な軍事国家でも、ましてやテロリストでもなかった。
大陸を割り、海水を沸き立たせ、落雷によって人類を薙ぎ払っていく。怒涛の如く巻き起こった多くの天災に、人間はあまりに無力で無様だった。
その一週間に及ぶ災厄の日々を、生存者たちは『アイラ・ディ』――神の怒りと呼んだ。
※
その場にいた全員が、沈黙していた。
皆に語りかけていたフィルネを除いては。
(私たちの目的は、自由主義者を片っ端から駆逐すること。主に過激派と呼ばれる連中をね。でも、気づいた時には遅すぎた。その罰を、今私たちが背負っているというわけ)
「おそ……すぎた……?」
顎を外した海斗の言葉に、フィルネは俯いたまま、ぐっと顎を引いてみせた。
(私たちは、自然主義者によって創造されたホムンクルス。そして文明の終焉を見届けた最後の生存者。……いや、生存者、っていう言い方はおかしいな。そもそも私たちは人間じゃないからね)
先ほどの弾け飛ぶような怒りはどこへやら。フィルネは冷静に、淡々と語り終えた。自嘲気味に口を歪ませて。
青い顔をした舞香が、ゆっくりと尋ねた。
「それで、あなたは何をしたの? 遅すぎた、って言ったけれど」
(まあ、人殺しだよ。一言でいえばね)
小声で答えるフィルネ。
(私たちがあなたたち人間と同じ姿をしているのは、少しでも敵の戦意を削ぐため。だから、私たちホムンクルスの姿を見た敵は、必ず瞬殺しなければならなかった。まあ、普通に戦う時と同じ要領だけどね)
――やっぱり死神、なんて呼ばれるのも仕方ないな。
その一言が、海斗の胸に突き刺さった。いや、杭を使って打ちつけられたと言った方が正しい。
自分たちの生存のために奮闘する海斗たち。彼らからすれば、心を冷たい掌で握り込まれたような、そしてそのまま握り潰されそうな気配さえあった。
海斗はさっと片手で顔の上半分を覆った。
耳の中で、死神、という言葉がぐわんぐわんと反響しているような気がした。
自分が死神、などと言われたことは一度もない。想像したことすらない。
逆に、フィルネは自分とは桁違いの心理的ダメージを受けていたのだと言える。
「フィルネ」
(……)
「無理はしなくていい。僕の話に耳を貸してくれ」
海斗はごくり、と唾を飲んだ。同時に両の掌をぎゅっと握り込む。
「君の言動を、僕なりに考えてみた。フィルネ、君は僕たちの戦いに手を貸すつもりはない。そうだろう?」
無言を貫くフィルネ。やっぱりそうか。
「もしそうなら、疑問が生じる。こんな手の込んだ構造物を建てて、一体何がしたかったのか? 恐らくは、優秀な人材をふるいにかけて、ダンジョンを攻略できた者に生命の保証を与え、攻略できなかった者には何らかの制裁を加える。だから君たちは、人間たちからすれば案内役だったんじゃないかな。だから、今も侵入者に手助けをしようとしない。違うかい?」
(……)
「昔のことは分からないけど、人口が増えすぎたがために争いが起こった。自然主義者も自由主義者も、生活がままならなくなった。だからこそ、このダンジョンを通じて、神の怒り、『アイラ・ディ』に打ち勝てる人間だけを選抜し、生き残らせ、次の文明のための布石にした。こんなところじゃないかな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
そう言って、泰一がよろよろと会話に割り込んできた。
「なあ、人間を選ぶなら、どうしてこんな海の底にダンジョンを造ったんだ? いくらなんでも、こんなところに人間は来られないぜ?」
「違うんだ、泰一。ここは元は陸地だったんだよ。日本は地震が多いだろう? その度に海底が揺さぶられて、この建物は沈み込んでいったんだ」
(ええ、その通り)
やっと口を利いてくれたか、フィルネ。
海斗は安堵した。フィルネに黙り込まれては、ダンジョン攻略に支障が出ることは間違いないだろうと思っていたからだ。
四人に向かい、フィルネはさっと視線を遣った。
(結局、私が死神、なんて呼ばれるゆえんになったのは、私自身が持ってる殺傷魔術のせいじゃない。いや、もっと酷い。今まで何千、何万という人々が挑戦し、脱落し、無残な死に方をしてきたか。それをずっと、助けようともせずに見つめてきたから。だからこその死神なのよ)
フィルネは正面に向き直り、眉間をぐっと強くつまんだ。涙の跡が、頬にはっきりと見て取れた。
今度は、フィルネは泣き出すことも、肩を震わせることもなかった。ただただ、過去の自分を責め続けている。海斗にはそう見えた。
(うん……そうね。海斗の言う通り。ただ、一つ補足させてもらうなら、私を生み出した文明の痕跡は、可能な限り抹消されたはず。あるいは、推定されるであろう時代を大幅に狂わせて。でも、何故かこのダンジョンだけは、あなたたち現代文明の人類に発見されてしまった。そこが、私には理解の及ばないところなのよ)
そう言って、フィルネは自分の肩を抱いた。
「あ、あの」
(ん?)
恐る恐る挙手したのは舞香だった。
「あたしたち、その調査の過程を見学させてもらえることになってるの。でも、最初の潜水艇が深海の海流に巻き込まれて、気がついたらここに……」
(ふむ……。どうしてそんなことが起こったのか、そればかりは私にも測りかねるな。ただ、このダンジョンは周辺の重力場に影響を与えている可能性がある。だから、ある程度接近してくる物体があれば、それを引っ張り込むっていう性質があるのかもしれない。何が原因なのかは分からないけれど)
海斗は今回の、また、今までのフィルネの言葉を信じることにした。いや、信じようと信じまいと、自分たちの生殺与奪はフィルネの思うがまま。
だったら、思いっきり悪あがきをして死んでやろう。そんな気持ちだった。
「……ん?」
どこか浮ついた声がする。どうやら華凛の声らしい。さっと振り返り、彼女の視線の先を追う。しかし、そこには何もなかった。石を積まれた壁面以外には。
全員が臨戦態勢を取った時には、壁面は一部がパタパタと折れ曲がり、縮小して、広々とした横穴を顕現してみせた。
「こ、これは……」
皆の視線がフィルネに集中する。が、フィルネもまた首を傾げるばかり。
「これってもしかして、フィルネが自分の過去を明かしたから、それがワンカウントされた、ってことじゃねえのか?」
泰一の言葉に、はっと息を呑む女性陣。
海斗もまた、その考えを吟味する。今までのところ、危険な化け物には遭遇したが、地形が変化する、という現象には立ち会っていない。
と、いうことは。
もしかしたら、今までも同様に壁面に空いたスペースを通って次の階層へと向かってきたのではないだろうか。
「皆、進もう。ここから第四階層だ」
海斗が改めて剣を鳴らすと、皆が己の得物をぎゅっと握り締めた。
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