第26話 教授のお遊び:かくれんぼ編
息を荒げるマフィアたちが、「クソッ! あいつどこに行きやがった……!」と悪態をついて立ち去った。
それを見送ってから、俺はひょこっと隠れていた木箱を脱いで立ち上がる。それから、ぽつりと一言。
「人数、多くね?」
最初三人だったはずなのに、奴らが応援を呼んだのか明らかに数十人規模の追手が掛かっている。まったく、大盛況という訳だ。困ってしまうな。
「これだとジリ貧かもなぁ」
俺はボヤきながらマイペースに路地裏を歩く。
レイと一緒に追われた時よりも範囲も密度も広い状態で、俺は追われていた。すぐには見つからないが、どこに逃げても奴らがいる、という状況だ。
幸い俺はかくれんぼが得意なので、割とどうにかなるとは思うのだが。まさか農村での、過酷な労働に耐えかねて親兄弟の追跡を躱した経験が活きるとは思うまい。
そう思っていたらまた近くで連中の声が聞こえたので、俺は狭い路地の両の壁に足を突っ張る形で登った。
「チッ、あのクソ教授、どこに行きやがった……!」「あんなインテリみたいなナリしてやがる癖に、ちょこまかとよお……!」
中身は全然インテリじゃなくてごめんな、と思いながら、俺の股下二メートルを潜り抜けていくマフィアたちを見送る。俺は軽い調子で着地。
「これは何か手を打たないと、どこかでボロが出るな」
ゲーム画面から今の時刻を確認する。目算的にも―ちょっと掛かりそうなんだよな。なら、一歩踏み出してみようか。
俺は聞き耳を立てて、周囲の音に集中する。そうしながら路地の中でも目立たない、薄暗がりに包まれた場所を探す。
そこで、俺の方に近づいてくる足音を聞き取った。荒っぽい口調はマフィアのそれだ。
俺はちょうど見つけた暗がりに身を隠す。
「連中、この辺りで見失ったって話だったな?」
「なぁ……、何か妙じゃねぇか? ボスの命令でこんなに走り回ってるけどよ、一向に見つからねぇし、そもそもいつも化け物女を連れて出歩く教授のヤローが一人で歩くなんてよ」
「今更グチグチ言ったって仕方ねぇだろ! ボスが探せって言ったんだ。それともボスのところに戻って、『何かおかしいです。今からでも引き上げましょう』とでも言うのか?」
「うっ、そ、そんなこと言えねぇって……ボスの怖さは知ってるだろ……」
「だったら言うこと聞くしかねぇだろうが! ただでさえ、今回は腕利きの用心棒の先生が参加してんだぞ。ったく……」
二人組だった。言い合いながら、俺を探している。多少気の弱さがうかがえる方は、頭が回るな、と思う。
にしても、腕利きの用心棒、か。以前シメたミスティック・タトゥーのマフィアが、『お前なんか用心棒の大先生に掛かれば一網打尽だ!』とか何とか言ってたな。
アーカム市街ステージの大ボス、『用心棒バウンス』。俺はマフィアたちが足を緩めて話を始めるのに気づいて、聞き耳を立てる。
「なぁ、あんま心配し過ぎんなよ。俺たちは天下のミスティック・タトゥーだぜ?」
「で、でもよ……」
「なぁ兄弟、何が不安なんだ。ボスの開発した対『怪物女』弾で、アーカム市街を牛耳れるようになった。気味の悪い怪物女は俺たちでも殺せるようになった。だろ?」
「それは、そうだけどよ……」
「それだけじゃねぇ。俺たちには人類最強の魔術師の一人と言われる、用心棒の大先生、バウンスさんが付いてる。あの人のことは聞かされてるだろ?」
「あ、ああ……。人間じゃあ手も足も出ないような怪物女を、今まで何人もぶっ殺してきたって言うのは、聞いてる。ボスの大親友だってことも……」
「そうだ。あの人は半端じゃねぇ。神の名を冠する怪物女も単独で殺したって話だ。そんな大先生がいるんだぜ? 教授を除けば俺たちに逆らう奴なんて、アーカムには居ねぇ」
分かるだろ? と気の強いマフィアは、気の弱い方に言う。
「ボスはまさにアーカム裏社会の王だ。教授とかいうぽっと出のよく分からねぇ羽虫を潰して、これをさらに確固たる地位にする。そこに、何の不安があるんだよ」
「……そ、そう、だよな。心配いらないよな。俺、ビビってたみたいだ。ハハ、そうだよな!」
「ああ、兄弟! さぁ、気持ちを切り替えて、あのクソ教授を殺して、一つ手柄を挙げようぜ!」
「おう!」
気を取り直したらしい二人が、意気揚々と歩いてくるのが分かった。仲間同士の友情、実に美しいな。うん。感涙ものだ。
そう考えながら、俺は気の弱い方が暗がりの前を通り過ぎようとした瞬間を見計らって、奴を暗がりの中に引きずり込んだ。
「―――――っ!?」
素早く膝裏を蹴って転ばせ、ずるずると後ろから引きずる。すると人間と言うのは、自分の身長よりも低い場所で窒息する。
後は簡単だ。頸動脈の辺りをぐっと圧迫してやればいい。息を止めるのは労力がかかる上に苦しんで暴れるが、脳に血を行かなくしてやると不思議なくらい静かに気を失う。
「じゃあ次は……ん? どこ行った? おい」
するともう一人が気付く。俺は気絶させた方を適当に寄りかからせ、その背後に隠れた。粗末な隠れ方だが、暗がりなら分からない。
もう一人が暗がりに入ってくる。「何やってんだお前。おい」と近づいてくる。
そこに、俺は襲い掛かった。
Δ Ψ ∇
二人組を落とした俺は、それぞれの服をうまいことつまみ食いする形で、敵マフィアに成りすましていた。
「うん、良い感じだ」
いつもの教授服を連中のアタッシュケースに詰め込んで、俺はマフィアな黒スーツに身を包んでいた。帽子にサングラス、葉巻を口に。うーむ、お手本のようなマフィア姿だ。
これですれ違っても怪しまれることは少なくなっただろう。生憎とタトゥーまでは真似できなかったが、連中も服の内側に隠している場合もあったし、問題ないはずだ。
銃? 俺は使わないから弾抜いてゴミ箱にボッシュートだ。前世からクソエイムだったからな。下手に使わない方がうまく回る。
目算時間的には、あともーちょっとかくれんぼ、というくらいだろうか。俺は「この辺りってどのあたりだ?」と首を傾げながら、しばらく歩いていた。
数組のマフィアたちとすれ違う。その度に色々聞かれるのを、適当に騙して通り過ぎた。
「おい、複数人で行動しろって話じゃなかったか?」
「ああ、ツレがどーしても小便に行きてぇって言うからよ、ケツ蹴り飛ばして一人で動いてんだ」
「ターゲットを見かけてないか」
「分からねぇが、さっきあっちの方が騒がしかったから向かってるところだぜ」
口調の荒っぽさを真似て話すと、みんな面白いくらいに騙されてくれた。俺は内心ニヤニヤ笑いながら、適当にマフィア連中に混ざって動いたり一人で動いたりしていた。
と、そろそろ時間か、と思っていた辺りで、俺は十数人集まるマフィアの団体に混ざっていた。
……考えなしに動きすぎたかな。
「クソがっ! 何でこれだけの人数が居て、まったくと言っていいほど捕まらねぇ!」
中心人物らしい、細身で長身の男が怒鳴る。顔にカメレオンのタトゥーを入れた男だ。俺は遠巻きにそれを、おーこわ、と見守る。
「報告に上がってくるのも『あっちの方が騒がしかった』とか『あっちでそれらしい影を見た』とかふわっとしたモンばっかりだ! どいつもこいつも仕事舐めてんのか!?」
怒鳴り散らす奴を止める人間が現れないのを見るに、今回の捜索の指揮を執っているのが奴、ということらしい。
そろそろ抜け出して、皆と合流したいんだけどなぁ~、と考える。だが、そのまま逃げると銃撃リスクがちょっと高めだ。
となると、ちょいと一計案じるか。
俺はこの近くの壁を塗るために置きっぱなしになっているのだろうペンキの内、肌色に近いものに指をつけた。それから「あの」と声を上げる。
「あぁん!? 何だテメェ! 何かあったか!」
「その、これだけ探しても見つからないのに、情報は上がってくる、となると、ちょっと妙じゃないですか?」
「あぁ!? テメェ何が言いたいのかはっきりしやがれ!」
「つまり、内通者がいるのでは、ということです」
俺の一言で、マフィアたちがざわつく。一方、この場の責任者らしい男は「ほぉ……?」と注意深い目つきで俺を見つめてくる。
「お前、名前は」
「新入りのジョンです」
「なら、ジョン。お前、そこまで言うなら、内通者の裏切り者に目星がついてるってことだよな? ちょいとそいつを披露してくれや」
「もちろんです」
マフィアたちの人垣が割れる。俺はその道を通って、責任者の男の前に立つ。
「内通者がいる、と気付いてから、どの立場だとここまでうまく捜索が回らないのかを、俺は考えてました」
俺の語りに、周囲のマフィアたちが注目する。俺は半分責任者に話すように、半分周りの連中に演説するように話を始める。
「教授の奴は、あのミスカトニック大学の主です。あそこにはよく分からないモンがたくさんあります。人を洗脳するようなモンもあるかもしれません」
「そうだな。あの教授って野郎は、人間の裏切り者。化け物についた狂人だ。そのくらい簡単にするだろ」
しねーよ。
「となれば、誰が奴によって洗脳されてるか分かったもんじゃありません。むしろ、都合のいい奴がミスティック・タトゥーに送り込まれているかもしれない。その方が融通も利く」
「ほお。じゃあ、その『送り込まれた奴』ってのは誰だ」
「タトゥーを入れてないやつです」
その言葉に、マフィアたちがざわめき始める。一気に具体性が上がったからだろう。周りの奴のタトゥーが本物かどうかを、お互いに視線で吟味している。
「覚悟がなきゃ、タトゥーなんか入れられません。特にあの女の後ろに隠れるようなクソ教授の仲間だったら、そんな覚悟は無いでしょう」
「なるほど、確かにその通りだ。よしお前ら! 今から全員、タトゥーのチェックをするぞ! クソ教授の送り込んだスパイを炙りだしてやれ!」
責任者のカメレオンのタトゥーの男が、全員に号令を出す。それに割り込むように、俺は「いえ、要りませんよ」と首を振った。
「あ? 何でだ。まさか―――」
「ええ、そのまさかです。まさか、あなたみたいな責任ある立場の奴が、教授に挿げ替えられてるなんて」
俺は先ほど指に付けた肌色のペンキで、責任者の男の顔、カメレオンのタトゥーを上から塗りつぶした。至近距離だとバレるが、遠巻きに見ると、タトゥーが消えたように見える。
それに、周囲のマフィアたちが色めき立った。一斉にカメレオンのタトゥーの男に銃口を向ける。「っ!? なっ、あ!?」と動揺の余り、奴は何も言えない。
俺は言葉でトドメを刺す。
「裏切り者は見つかった! 騙される前にぶち殺せ!」
銃声が、連続する。
パニクったバカたちが、周りの制止も聞かずに発砲する。違法組織はあぶれ者の集まりだ。だから恐怖に存外弱い。恐怖を与えるのには慣れていても、与えられるのには慣れてない。
お蔭で、俺のちょっとした扇動で、カメレオンタトゥーの責任者は、踊りながらハチの巣になった。まぁなんて可哀想なんでしょう。部下にバカが多いからこんなことに。
俺は騒動の隙を縫って、逃げの体勢だ。「撃て! 撃てー!」と煽りながら人の隙間をすり抜ける。
そしてやっとのことでその場を抜けた。「これで連中は烏合の衆だな」と自分の仕事に満足感を覚えつつ、集会を後にする―――
その時、俺は背後に忍び寄るその人物に気付けなかった。
「おい、裏切り者発見の立役者の割には、随分コソコソとしてるんだな」
俺は直感した。この声の主は騙せない、と。
問いかけられた瞬間に、俺は高く、背後に足を蹴り上げた。予想通り、俺の背中に銃口を向けていた奴の手元で、銃声が上がる。俺の頭上一メートルの壁に弾丸がぶつかる。
「っ! 何だ!?」「用心棒の大先生! どうしましたか!」
髭面の男が、大声を張り上げた。なるほど、こいつが用心棒か。
用心棒バウンス。ミスティック・タトゥーにおける最高戦力。アーカム市街ステージにおける大ボス。
そいつは、髭面の男だった。アゴ、口、頬に至るまでびっしりと髭を生やし、マフィアらしい黒のロングコートを身に纏った、百八十センチはある偉丈夫。
その両手には、銃がそれぞれ握られている。右手のショットガンと、左手の弾倉の円いサブマシンガン。どちらも普通両手持ちするような銃だ。人間離れした力が窺える。
「全部こいつの嘘だ! こいつが本当の教授の、っと!」
俺はアタッシュケースを振り回して用心棒の腹に一撃入れる。だが用心棒はそれを防御した。俺はそのまま駆け出し、アタッシュケースを背負って走る。
「抜け目ねぇなっ、教授! ―――奴だ! 撃てェッ!」
背後で銃声が上がる。足元で、背中のアタッシュケースで衝撃と金属音が響く。「ひぃ~!」と俺は爆笑しながら、近くの廃墟に侵入した。
階段を駆け上がる。時間をゲーム画面で確認して、目算通りの時間であることを確認する。うん。十分遊んだな。この辺りで満足しておこう。
廃墟の屋上まで駆け上がる。道端に落ちているレンガにけつまずきそうになる。階段の下の方から、マフィアたちが登ってくる声が聞こえる。
俺はアタッシュケースを開き、その中に収めていた教授服に素早く着替えた。それから建物の下を見下ろし、「ジャストタイミング~」と言いながら飛び降りた。
自由落下。内臓に掛かる不快な浮遊感。これを受け入れられるのは、ひとえに信頼ゆえだろう。
俺は叫ぶ。
「ダニカ! 受け止めてくれ!」
「ッ!? 教授!?」
俺の真下に居たダニカが俺に気付いて、お姫様抱っこの体勢で俺を受け止めてくれる。うおおすげぇ。地上五階の高さから落ちてこのふんわりキャッチとはやりおる。
「ふぅ~、助かった。ありがとうダニカ。この体勢はちょっと照れちゃうな」
「そ、そういうこと言わないでください。私まで恥ずかしいです……」
ダニカに下ろしてもらうと、腕を組んで笑顔で激怒したハミングが俺の前に現れる。他のみんなも、ちょっと怒り気味だ。ワァ怖い。
「教授~……? わたくしたちが言いたいことは、お分かりですわね……?」
完全に説教の入り、という雰囲気が話しかけてくるハミング。それに俺は、申し訳ないながら声を張り上げた。
「総員、傾聴―――!」
『!?』
「聞いてくれ、みんな。俺はここまでの時間で、すでに囮大作戦を完了した。奴らは今大勢で俺を追っているし、ぞろぞろとこの建物の中から出てくる」
「なっ?」
「作戦はもう次のフェーズに入っている! つまり、囮による釣りだしは終わり、殲滅と蹂躙、そして情報源の確保の段階と言うことだ」
俺はハミングに微笑んだ。
「だから、君たちの力が必要だ。ここから先は俺だけではどうにもならない。みんなの力を借りたいんだ」
「っ……! ……。……はぁ。帰ったらお説教です。良いですわね? 教授」
「もちろん。終わったなら喜んで聞くよ、ハミング」
俺がにこやかに微笑むと、ハミングは僅かに頬を紅潮させ、苦虫を噛み潰したような、弱みを握られたような顔をした。よう分からんけど可愛い顔だね。
「はぁ……仕方ありません。仕方ありませんので、教授の言うことを聞きますわ。皆さんもいいですかしら?」
その確認に、みんなも怒っていいやら呆れて良いやら、という顔で俺を見た。
ため息を吐いたり渋い顔をしたりして「オヤブンはもう! 無茶しちゃダメだぞ」とか「ザコザコ人間なんだから無理しないの~」とか言いながら戦闘態勢に入ってくれる。
「では、仕方なく、仕方なく! わたくしたちは教授の指揮下に戻ります。教授、指揮を執ってください」
「ありがとう、ハミング、みんな。じゃあパーラとミミは俺と一緒に後方支援。他四人はお互い適性距離で陣形を取って」
六人が指示に従って陣形を取る。ミミだけは初参戦だが、「ワタシはスナイパーだから、適当にいい場所移ってるね」と言い残して居なくなった。心強いな……。
そこに、マフィアたちがぞろりと出てくる。俺の姿を見付けて「よくもテメェクソ教授!」と声を上げ。すぐに周りの怪物少女たちに気付いて「く……汚ぇぞ」と睨んでくる。
俺はいつものように、微笑んで言った。
「一人、強いのが居るから気を付けてくれ。それ以外はザコだ。さ、蹂躙しよう」
『了解』
怪物少女たちが己の異形を身に纏う。俺は嬉々として、ゲーム画面に表示された『戦闘開始』ボタンをタップした。
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