第42話40 ひとときの休息 4

「あなたはえっと……カーネリアさん」

 上がろうとした湯に再び浸かりながらレーゼは、赤い髪の娘を見上げた。

「ええそう。改めての挨拶は初めてだったわね。私はカーネリア。カーネリア・ホルバイン。デューンブレイドの投擲とうてき隊の隊長よ」

「隊長さんが、こんな時間にお風呂を?」

「ええそうよ。今までと戦術について話し込んでいたので、すっかり遅くなってしまったの」

 カーネリアは身を覆っていたタオルを取り払った。

 日焼けた滑らかな肌の下には、戦士らしく引き締まった素晴らしい筋肉がついている。

 ナギと同じように、いくつか傷跡はあるが、体つきは豊満で、表情と同じようにくっきりとした輪郭を持つ娘だ。

 レーゼには女同士で体を見せ合うという概念はないが、それでも相手がやや攻撃的に、自分を曝け出していることは伝わる。理由はわからない。

 だからレーゼは反射的に胸の宝石を握りしめた。しかし、は今は何も反応しない。

「レーゼさん、あなたもこんな時間にお風呂を使っているの?」

「ええ……その、あまり慣れていなくて……」

 レーゼは無意識に、カーネリアを直視しないよう体を斜めにした。

「そう? でも女同士よ、遠慮はいらないわ」

 そう言ってカーネリアは、遠慮なく湯に滑り込むと、レーゼの肌に指を滑らせた。

「まぁ、なんて生っ白くて、すべすべの肌なのかしら?」

 カーネリアはそっとレーゼの胸を自分と比べた。レーゼの胸の谷間には、青い宝石が光っているが、胸は自分の方が大きい。


 なぁんだ。白いだけで大したことないじゃない。


「ナギのおかげです。彼が呪いを解いてくれたから。それまでは紫色の痣に侵蝕されていて……」

「そうなの。クロウが誰かのために戦っていたのは知ってたけど、今ならわかるわ。全部あなたのためだったのね?」

「クロウ……ナギのことですね?」

「そうよ。私にとってはクロウなの。レーゼさん、歳はいくつ?」

「多分……二十歳」

「多分? 私はもうすぐ二十三になるわ。クロウは十九歳よね? お互い彼より年上だってわけね」

「うん。昔は私と同じくらい小さかったけど、すっかり大きくなってて、びっくりしたわ」

「昔? それはいつくらいのこと?」

「五、六年くらい前かな?」

「詳しく聞かせてくれない?」

 レーゼは素直に、クロウとの出会いを語った。

 山の裂け目から墜落し、地下水に乗って流れてきた彼を助けたこと。

 ルビアと共に塔で暮らした一年間のこと。結界を破ってレーゼを助けるために旅立った日のことを。

「そう、そうだったの……だからクロウは、あなたに恩義を感じていたのね。命の恩人として」

 カーネリアは断言した。

「私たちはね、戦いの中で出会ったの。あの頃のデューンブレイドは、まだ軍団としては未熟で、ある街を守っていた時、ギマに襲われて仲間が次々に殺された。わたしたちは全滅を覚悟していた時、彼が現れて<伝令者>を倒してくれたの。クロウは本当に強くて……私、すぐに仲間になってくれって頼んだのよ」

「ナギは元シグルという組織にいたの」

「ええ知ってるわ。そして彼はデューンブレイドの仲間になってくれた。それから共に戦って五年になるわ」

「……五年」

「そう。つまり私の方が、彼と一緒に過ごした時間は長いってわけ」

「……」

「取らないで」

「え?」

「彼と私は恋人同士なの。あなたに恩義があるから、彼はあなたを守ろうとしてるけど、心は私のものだわ。だから取らないで」

「でも、私を好きと言ってくれるわ」

「……っ」

 レーゼの言葉に、カーネリアの眉が吊り上がる。

「そりゃ恩人を嫌いになんてならないわよ! おまけにあなたは妙な能力があって、戦わない特殊な司令官だわ。そりゃご機嫌も取るわよ」

 カーネリアの鋭い言葉がレーゼに突き刺さる。

「私あなたの言葉がよくわからない……ごめんなさい。少し長くお湯に浸かり過ぎたようだから、私はもう出るね」

 そう言って、レーゼは湯から上がった。

 細い肩、小さな背中、強靭さこそないものの、王家の血を引く優雅な曲線。そして世にも珍しい白藍の髪。

 それらをカーネリアは憎々しげに見送る。


 好き。

 そんな言葉をクロウが言うのを聞いたことがない。

 物にも、人にも。

 あの子は何か勘違いしているのだわ。ひどく世間知らずのようだから、絶対何か間違っている。

 私は認めない!


「あんたになんかあげないから!」

 カーネリアはレーゼの背中に叫んだ。


 お姫様、あんたの能力がどんなに凄いか知らないけれど、戦士の気持ちは戦士にしかわからないわ!

 私たちは長い間、共に戦ってきた存在なのよ!


 カーネリアは、大きな音を立てて湯に身を沈めた。

 自分が嫌な女だとはわかっていた。


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