第21話20 悲憤の魔女 2
「ゾルーディア!」
ナギは叫んだ。彼の発する激しい気に押されたか、粘っこい魔力がするすると引っ込む。
「この額にあるのは、レーゼからもらった青い守り石だ! お前の血など混じってなどいない!」
『そうかえ? だが、妾には感じ取れる。確かにひどく薄まってはいるが、それは確かに妾の血じゃ。あの気の毒な娘に与えた時のな』
「なっ……!」
ナギの脳裏にあの日の出来事があざやかに蘇る。
レーゼに<シグル>の入れ墨を
レーゼは一生懸命に、俺の額に刻まれた番号を削ぎ落としてくれた。
あの時、彼女は恐ろしさに震えていた。自分が見えないのに、俺の体に傷をつけることが怖くて。
しかし、彼女は勇気を振り絞ってやり遂げ、母親からもらったという、青い守り石をルビアに割らせて、傷口を埋めてくれた。
その直前、レーゼはなんと言ったのだったか?
指。
指を……?
『刃の先でちょっと
「……」
クロウは
二人の血はあの時、確かに混ざり合ったのだ。その思いを察したかどうか、闇が
『くくく……さぁ、若者よ。妾は待っているぞ。森の奥を目指して進め』
「ではゆく!」
素早く立ち直ったナギは、恐れげもなく森の中へ、北へと足を踏み入れる。
雨はまだ降っているが、気味の悪い粘り気は、この森に入ってから少なくなったように感じる。意外にもギマも出てこない。
濡れそぼりながら、森の闇をクロウは進んだ。
どのくらい歩いただろうか、やがて一際巨大なイトスギの前に出た。
この森で一番古い樹木なのだろう。太い幹には蔦のようなものが幾重にも絡みついている。
──その前に。
背の高い女が立っていた。
いや、浮かんでいるというべきか。ナギの身長の二倍以上ある高さのところに、白い面のような顔が浮かび上がって見えたのだ。
黒い服を着ているのか、その体は背後の樹木と重なって見えない。
「お前がゾルーディアか! 降りてきて俺と戦え!」
『下りては行けぬ』
雨と共に声が降ってくる。
『ここから相手をしてやるゆえ、妾に挑むがいい。若者よ』
その言葉が終わらぬうちにナギは跳んだ。
隣の木を足がかりにして、魔女を斬ろうというのだ。しかし、雨でぬるつく幹は良い足場になってくれない。
ナギは滑り落ちそうになりながら、靴に仕込んだ金具を幹に叩きつけ、なんとか幹と枝の間で体勢を整えた。そこでいつもの剣を捨て、背中に背負った大剣を抜き放つ。
「はっ!」
白い顔に向かってナギは跳んだ。
しかし、剣の間合いにたどり着くまでには至らない。ひゅ、と空中から何かが彼を叩き落としたのだ。
「くそっ! なんだ!?」
確かにそれは植物の
邪悪な蔓。魔力で強化された
ひゅる、と蔓が
──これは
まともに食らっていたら、かなりの衝撃となる一撃だ。空気を裂く音がするのが唯一の救いだった。
「くそっ!」
しかも蔓は一本ではない。ぐんと空中に伸び上がり、
これがゾルーディアを木の幹に固定させているのだろう。
体を突き抜けられたら終わりだ。
ナギは再び跳躍するために膝を落とした。
ひゅん!と闇が鳴り、ナギが跳んで避ける。しかし、何十回とできる運動ではない。いかに疲れを知らぬナギとても、息をも持つかせぬ連続かつ、不規則な攻撃に、次第に肩が上下し出す。
別の木の後ろに隠れると、一瞬だけ呼吸を整えることができるが、長い蔓にすぐに回り込まれてしまうのだ。浅い傷はすでに無数にできている。
ゾルーディアに近づきたくとも、これでは逃れるだけで精一杯だ。
くそ、どうすれば……!
その時、ナギはふと気がついた。
全身濡れて手足は冷え切っているのに、額だけはほんのりと温かい。それは鉢金の下に隠されている、レーゼの石から発せられるぬくもりだった。
「……レーゼ!」
ナギが隠れた木の影から姿を現したのは、半ば本能だ。
待っていたとばかりに蔓が二本、上方から襲いかかってくる。
ナギが飛び退いたすぐ後の木の幹に、交差した蔓の先端が交差しながら突き刺さった。その中央にナギは自分から跳び移る。
「う……く!」
ぐんと体が上昇する感覚にナギは耐え、うっすらと笑った。
思った通り、自分が飛び上がるよりもずっと容易く、この太くて丈夫な蔓が自分を持ち上げてくれる。
しかし、別の蔓がさらに二本、上方からナギに向かって打ち下ろされた。
「来たな!」
鞭のようにしなる蔓が自分を打つ寸前、ナギは違う蔓に跳び移った。足場にしていた部分はその蔓の攻撃で激しくぶつかり合い、四本ともちぎれ落ちていく。
思った通りだ。
この蔓は攻撃するばかりで守ることを想定していない。
「行くぞ! ゾルーディア!」
ナギは蔓の上を、悲憤の魔女に向かって駆けた。
***
伏線回収!
棘(いばら)は本来蔓性の植物ではないのですが、そこはそれ、ご都合で。
いかがでしたか?
雨の森、闇の中での戦闘、イメージできますでしょうか?
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