第19話18 デューンブレイド 5

 ジャルマの攻防から一年後。

 デューンブレイドは新たな仲間と装備を増やし、厳しい演習を重ねていよいよゾルーディアの元へ、大陸北へと進軍を開始する。

 北へ、北へ。

 魔女たちの本拠地は、大陸の最北だと言われている。つまり北へ近づくほど、ギマの数は多くなり、厳しい戦いになるのだった。

 進軍の合間もギマの襲撃はいつ来るかわからない。全くない日もあるが、立て続けに襲われる日もある。予測ができないのだ。

 ──そして。


 今日も、デューンブレイド達は戦っている。

 北に近い川沿いの水路の街、ウォーターロウの街での攻防戦だ。

「今日も今日とて、すげえギマの数だな。昼間でこれだったら、夜なんてとてもじゃねぇが勝てる気がしねぇ。今何もしてこないのが不思議なくらいだ」

 オーカーがうめき声を上げた。西日は山の端にかかろうとしている。戦闘さえなければ、それは穏やかな一日の終わりだ。

 ギマは街を守る運河の外にひしめいている。城壁からトウシングサで射かけて、いくらかは焼き払ったが、ギマはどこからか現れて一向に数が減らないのだ。

 ギマは眠らないので、夜も昼も関係なく襲いかかってくる。しかし人間はそういうわけにはいかない。

「オーカー、お前は今やデューンブレイドのリーダーの一人だ、リーダーが弱音を吐くな」

「わかってるよブルー。お前にだけだよ、愚痴れるのはよ。けど、この街は俺たちが守る」

 デューンブレイド隊に加わる若者達は、日に日に数を増やしていた。

 各地でのギマの討伐が噂になり、ギマを滅ぼしたい、あるいは戦えなくとも雑用を引き受けたいという人々がブルーの元に馳せ参じている。

 彼らはギマを倒しつつ前進し、大陸の北に近づいていた。魔女が好むという、寒く痩せた土地に。

「それにこの街は払いがいい。うまくいけば、ここが俺たちの本拠地になるかもしれない」

 魔女が現れてから、多くの王国や独立区が滅び、今や大陸は国単位ではなく、街や地域でギマと立ち向かっている。

「このウォーターロウで、新たに加わった仲間を訓練しつつ、魔女を追い詰める」

「魔女か……本当に実体として存在するのかな?」

 サップのつぶやきをブルーが捉えた。

「いる。俺は見たことがある。餓鬼の頃、暮らしてた街にギマが押し寄せてきた夜に、父親に抱かれて逃げながら、空を見上げたら大きな黒い影が、一瞬月を隠したんだ。あれは絶対魔女だった。目が真っ黒で光がなく、うつろに大きかった」

「それは確かに魔女なんすか?」

「ああ間違いない。すげえ恐怖だったよ。ただ、どっちかはわからない。魔女は姉妹なんだろう?」

「そう言われているな、厄災と、悲憤と。どっちにしたって厄介な存在だ」

「だから俺たちは滅ぼさなければいけない」

 ブルーとオーカーは二人してうなずき、サップは珍しく真面目な顔になる。

 彼らは若いデューンブレイドの中でも、最年長の方で二十代も後半に入ってきている。つまり、それだけ長く戦っているのだ。

「そうだ。それに今はクロウがいる。あいつの能力と度胸は心強い。俺でさえちょっと寒気がするほどだ」

「そうだな……」

「そうですよ! あの技は真似できない。それにあの人、戦っている時はほとんど誰の声も届いてないみたいなんです」

「だが、冷静さは失ってはいないぞ」

「ああ。ギマに対して非情なだけだ」

 ブルーも同意した。

 クロウはあどけなさを残す幼い子どもや、美しい微笑みを浮かべた娘のギマでさえ、容赦なく切り捨てていく。これはよほど練度を高めた戦士にしかできない、精神にくる戦闘だ。大抵は遠巻きにして火で焼き殺す。

 しかし、クロウはギマの戦法である囲い込みを切り崩すため、いつも先陣を切って、彼に任された精鋭を率いて討って出る。

「奴を仲間にした時、こいつは過去に何かあると思ったんだ。何かに取りかれたようにギマをほふる様子を見てるとさ、ますますそう思える」

「しかし存外、すんなり仲間に加わってくれたじゃないか。出会った時は孤高の戦士かと思ったが、戦闘以外では存外協調性もあるし。意外と気を使うし」

「酒は飲まんがなぁ」

 オーカーは笑った。勧めて痛い目を見たことがあるようだ。

「ああ。奴に心酔する奴も多い。戦闘訓練は厳しいが指導は丁寧だしな」

「いいのか? ブルー」

「何が?」

「カーネリアのことだよ。彼女はクロウのこと、かなり本気のようだぞ。彼女の気性じゃ、熱をあげる余り、判断を誤ったりしないかな?」

「……だが、クロウは距離を置きたがっているように見える。というか、俺たちも信頼関係はあるが、奴の心の中までは入っていけてない気がしている」

「それもそうだけど、特に女関係はストイックじゃないの。もしかして奴は女嫌いなんじゃないか? 街の娘達とも馴れ合わんし。お前と違ってな! サップ」

 オーカーは好奇心剥き出しに聞いている、若い仲間の背中をどやしつけた。

「ええ〜、とばっちり。でも俺だったら、カーネリアさんに好かれたら喜んでなびくけどなぁ」

「けど、あいつは冷たいように見せて、案外情の深いところがあるぞ。助けられる仲間を見捨てたりしないし」

「そうだ。だからみんな奴を信用している」

「けど、奴だって男だ。そのうちカーネリアと……ってことにもなりかねないぞ」

「……それは本人達の問題だ。作戦に支障をきたさない限り俺は口を出さない」

「やれやれ、あんたは立派なリーダだよ。だが今はそれよりも」

 オーカーの顔が厳しくなった。

 三人は悍ましそうに濠の向こうに視線を飛ばす。そこには鈍く光る無数の目があった。一体どのくらいいるのか考えたくないギマの数だ。

「ぞっとしますね」

「ああ。奴ら、今はほりのお陰でこちらには渡って来れないが、クロウの言う通り、<指令者>がいるとしたら、今夜にでも何かが起きるだろう。また仲間の体で堀を埋めるか、もっと悪くて……」

 ブルーは柄にもなく、ぞっとしたように身をすくめた。

「魔女が直接……」

 その先は言葉に出せなかった。


 同じ頃。

「やっぱりここにいた!」

 カーネリアは、濠の水量を調節する水門の上にたたずむクロウを見つけた。

 今日は一人ではない。彼の率いる先鋒隊の数人と、打ち合わせをしていたようだった。

「カーネリアさん、ご苦労様です!」

「この街はすごいですよ。見てくださいこの水!」

 ウォーターロウの街は、川から水路を引いて環濠かんごうにしているので、上から見ると、まるで川にできたこぶのように見える。

 水量は豊かで、そのお陰でこれほど北にありながら、今までギマの襲撃に遭わずにすんでいたのだった。

「本当すごい水量だわ」

 他の兵士たちは遠慮してか、水路を調べる様子で離れていく。

「そうだな」

「ここはいい眺めね。クロウは本当に高いところが好きね」

「……そうかな? そうかも」

「あれれ? 珍しく素直ね。高いところに、いい思い出でもあるの?」

「いや、別に。ただ見晴らしがいいんで」

「そう? でもいつも南の方を見てるわね? 故郷なの? 見かけは東の血を引いているみたいなのに」

「俺には故郷なんてない」

「まぁ、私たちはみんなそうだけどね。魔女やギマに故郷を奪われた」

「……」

「ねぇ、クロウ」

 娘の強い瞳がクロウを覗き込む。

「なに?」

「いよいよ、ゾル……魔女との決戦が始まるのでしょう?」

「そうなる」

「もし……この戦いが終わって……二人とも生き残ったら、私のことをもっと見てくれない?」

「見る? 今も見てるけど」

「もう! 鈍感な人ね! 私のことをもっと知ってって意味よ!」

 カーネリアの言葉にクロウは、はっとなった。それは以前、あの少女に言われた言葉と同じだった。


『ゆっくり私を知ってほしいの』


「知ってる……」

「ばか! 私はあなたが好きって言ってるの!」

 クロウの呟きに被せてカーネリアは言い返した。離れていた兵士たちが驚いてこちらを見ている。

「好き?」

 クロウは呆然と繰り返した。その言葉も知っている。使ったこともある。


 ああ。どうしても思い出してしまう……。

 レーゼ……会いたい。 


 つい昨日のことのように、思い出せる。

 普段は心の奥に封じ込めている愛しい記憶。

「俺には、しなくちゃいけないことがあるんだ」

「知ってるわ。あなたには何か使命があることも。本当はクロウって名前じゃないってことも」

「……」

「もし、生き延びたら、あなたの本当の名前だけでも、私に教えてくれない?」

「……魔女を倒したら、俺には行くところがある。その後でなら」

 クロウは南を見ている。

「……いいわ。南に残してきた人がいるのね?」

「ああ」

「戦いが終わったら、その人のところに行くの?」

「そうだ」

「わかった。じゃあ、とっとと魔女をやっつけてしまいましょう!」

 カーネリアは明るく言った。



   ***



現在の話に戻ります。

デューンブレイドの仲間の描写です。人間関係も必要なんです。

ウォーターロウ街の、立地のイメージがツィッターにあります。

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