My sweet home~恋のカタチ。19 --moss green--

森野日菜

第1話 Serenade(1)

北都が倒れてから、てんてこ舞であった上層部もようやく落ち着きを取り戻した。



真太郎はみんなのフォローを受けて、社長代理として忙しく飛び回り。



南は事業部の仕事の傍ら、真太郎の仕事も請け負うようになった。




「あ、南さん。 税理士の鴨下先生からお電話がありましたので。 昨日の手続きの件だそうです。 もしわからないことがあったら電話を下さいとのことでした。」



萌香は外出から戻った南に丁寧に書いたメモを手渡した。



「あ、サンキュ。 ウン、萌ちゃんが細かく書いてくれたからだいたいわかるわ。 ごめんね、志藤ちゃんの仕事以外のことまで手を煩わせて、」



「いいえ。 あたしも秘書課の人間になったのですから。 できることならやらせていただきます。」



「萌ちゃんが戻ってきてくれて、志藤ちゃんも仕事がスムーズに行くようになったって喜んでたよ。 高宮も忙しいから手が回らないこともあるし。」



萌香は産休から復帰をして、子育てをしながらも精力的に仕事をしていた。




そんな時。



「ハア? なに? いっそがしいのに、会社に電話してくんなって・・」



志藤は電話口で思わず声を荒げた。



電話の主は京都の父親だった。



「おまえの携帯に電話をしても全然出えへんから・・」



2日くらい前から父からの着信が何度かあったのはわかっていた。



しかし、忙しさにかまけてほったらかしだった。



「で、なに?」



「おまえ『椿屋』は知ってるな、」



「は?『椿屋』って和菓子の、やろ? 知ってるに決まってるやん、」



「この前、和菓子協会の集まりがあってな。 そこでそこの社長と会ったんやけど。 今度、赤坂に店を出すらしいねん。 そのパーティーにぜひあのピアニストの北都マサヒロをゲストに呼びたいて頼まれたんやけど、」



「はあ???? なんで『椿屋』の社長が?」



「もともとずっとピアノをやっていて、クラシックが趣味みたいでな。 もし良かったらスポンサーにもなりたい言うてはるんやけど。 で、ウチの息子が北都フィルの責任者やって聞いたみたいでな。 それで・・」



「それ、いつやん、」



「店をオープンするのは今年の夏やそうや。 パーティーもそのころ言うてたけど・・とりあえず一度連絡をしてくれへんか。」




京都の『椿屋』といえば。



室町時代から続くと言われている、老舗中の老舗の和菓子屋で



東京でもデパートなどにも入っているので、おそらく知らない人はいない大店だ。



電話を切った後、志藤は父から聞いた電話番号のメモを見ながら考え込んでいた。




「『椿屋』さんですか、」



萌香がお茶を持ってきた。



「ウン。 スポンサーにもなってくれそうみたいなんやけど・・・・。 一度おれが会ってみようか。 あとは斯波に任すけど、」



「これだけの大きなスポンサーさんもなかなかいませんし。 いいお話なんじゃないでしょうか。 社長がこちらにいらした時にでもお食事の席を設けましょうか。」



「そやな・・」




始まりは志藤の父からの1本の電話だった。



偶然という言葉を



このあと思い知ることになるとは思いもせずに。





秋に赤坂に店をオープンするということで、『椿屋』の社長は週に1、2度は東京を訪れているらしかった。



会合の機会は思ったより早くやって来た。




「はじめまして。 『椿屋』の津村と申します。」



その人はまだ50そこそこ、といったくらいの大店の主人とは思えぬほど腰の低い紳士だった。



「ようこそおいで下さいました。 北都エンターテイメントの志藤と申します。 父がお世話になっております、」



志藤も丁重に頭を下げた。



「いえいえ。 先日の会合で突然ごあいさつさせていただきまして。 志藤さんの息子さんが北都フィルの責任者をしてらっしゃると噂でお聞きして。」



二人は名刺を交換した。



「今は部下に渡して。 ぼくは取締役の仕事をしているんですが。 もちろん北都フィル関係のお話でしたらお伺いさせていただきますので。」



そして志藤は後ろに控えていた萌香を前に出すようにして



「秘書の栗栖です。」



と津村に紹介した。



「栗栖と申します。 よろしくお願いいたします。」



萌香がそう言って頭を下げると



「えっ・・」



津村は小さな驚きの声をあげた。



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