6 原西の怯懦

 期末考査三日目。

 吹部が一時間の自主練習だけなのは今日まで。明日がテスト期間の最終日で、つまりは部活動の解禁日である。半分弱にも満たない部員が、ぽつんぽつんと現れてはそそくさと帰っていく、なんて雰囲気の日は、当面巡ってこないだろう。

 テストもおおむね山を越えた感じだし、居残りを装って準備室の中を漁りまわれるのは今日しかない、と早苗は腹を決めた。

 先日聞いたばかりの、夏実叔母の情報の裏付け作業をしてやろうと思ったのである。

 十八年前の支部大会直前で、事故に遭ったというフルートの一年生。ピッコロソロをも兼任したほどのその大役を引き継いだのは誰か? 聞いてびっくり、指揮役の三年男子がフルートに入って担当したというのだ。つまり、指揮棒を振る前はフルートパートだったというわけ。というより、フルートのその三年生が指揮を受け持つ羽目になったので、一年生の彼女にピッコロソロまでのしかかってきたというのが真相らしい(もう二人ほどいたはずの、二年だか三年だかのフルートの子たちの技量については、この際深入りしないでおこう、と早苗は思った)。

 さて、そうなると今度は指揮が空席になる。支部大会で指揮者を務めたのは誰か? さすがにその時は顧問の先生が引き受けたんでは、と予想した早苗はしかし、夏実叔母の言葉に愕然とした。

 ――いや、だから直前にどこかから引っ張ってきたんよ。

 ――どこかってどこですか!?

 ――知らん。とにかく大人やなかったらしい。生徒の中から頼んだんちゃう?

 つまりは、やはり中学生ということのようだ。吹奏楽部の中で棒振りが務まりそうな控え部員がいたのか、それとも部外から……?

 とは言っても、小学校の合奏参観じゃあるまいし、急ごしらえでコンクールの指揮ができたほどの生徒って……しかも、支部大会で銀を獲ったほどの……。

 これは、例の写真をもう一度見てみないことには収まらない。ということで、部の過去資料のガサ入れをすべく、早苗は個人練習を続けながら、部員の出入りが途切れるのを待っていた。場所は音楽室の階下の理科教室。ただでさえ中学生が敬遠しがちな場所なもんだから、誰ともバッティングせずに練習ができる(なぜか理科室の怪談にはめっぽう強い早苗である)。

 じーっと機会を窺っていると一時間枠をオーバーしそうだけれど、どうせみんな三十分程度で帰っていくから、いちいち咎められることはないだろう。ただ、さっきからずーっと、階段の踊り場でパーカッションのメンバーが練習台を叩き続けているのが気になった。

 どうやら数人で代わる代わる練習し続けているようだけど、なんだか人数が減っていってる感じがしない。あっちも時間オーバー上等で粘るつもりなんだろうか。吾郎の専門が打楽器なので、パーカスだけはこの春から目に見えてレベルが上がり、部員のやる気も俄然上昇してる、とは、人づてに聞いた評判だ。早苗自身はあまり接点のない面々ながら、これだけ打ち込んだ練習ぶりを耳にしていると、知らず知らずムキになってしまう。気がついたら、いつの間にかテクニックの限界みたいなメニューへ手が伸びていた。

 結果、じきに汗だくになってバテてしまい、今日はもうここで区切りをつけるしかないな、という状態に陥る羽目に。今日のテストは二時限だけだったけれど、そろそろ時刻は十二時を過ぎ、空腹感も募ってきた。なのに、規則正しい一つ打ちのスティックの連打はまだまだ止む気配がない。もうこの際、人目についてもいいから奥の資料棚に直行しようかと考える。別に閲覧が禁止されてるものでもないのだ。「また余計なこと嗅ぎ回って」みたいには見られるだろうけれど、その事自体はいまさらである。

 一度楽器をケースにしまいかけた早苗は、ふと、理科室の扉の先で、空色のなにかを見たような気がして、視線を上げた。意外な人がそこにいた。スカイブルーのワンピースの女性だ。いつかの土手の草むらで会った時と同じ姿で、入り口付近から黙って早苗を見つめている。

「あ……ど、どうも」

 実は女性とはあれ以来もしばしば顔を合わせている。ニレの木陰で野外練習している時に、気がついたらそばに佇んでいた、という感じで、何回か会った。少し前には、中庭の渡り廊下で音出ししていたら、これまた偶然という感じで、彼女が近くで耳を傾けている姿に気がついた。いずれも会話らしい会話もなく、お互い軽く会釈をしただけで終わっている。でもそうやって見守ってくれているのがなんだか嬉しくて、けれどそれ以上関係が深まることもなく、未だにこの人がどこの誰なのか、早苗は確認してないままだ。

 最近の音楽室は楓谷中のOB・OGが何人もやってきて賑わうこともあるから、そういう人たちの一人なんだろうなと、深く考えないでいる。とは言え、今日みたいな日に校舎の中にまで入り込んでいるのを見ると、さすがに、あれ、と思わないでもない。

「ええっと……布施先生、ですか?」

 どうも布施吾郎の妹らしいので、顧問に会いに来たのかと思って訊くと、ゆっくりかぶりを振った。首を傾げる早苗の前で、女性は斜め上の天井へ視線を動かし、ちょっと何かを気にしているような表情になる。

 つられて早苗も顔を上げて、ああ、と思った。トランペットの自主練習の音が音楽室から聞こえていた。有り体に言うと、やたら危なっかしい音だ。響きはいいし、それなりに「三年生の音」と呼べそうなレベルには仕上がっているのだけれど、楓谷が地区大会はもちろん、県大会でも代表金を狙っている、と知らされた上で聞いたら、「大丈夫か、あれ?」と心配したくなるほどには不安定感があるのだ。

 もちろん早苗は奏者のこともよく知っている。三年生の原西匠人たくとだ。ちょっとお調子者ですぐに粋がる、まあトランペット向きと言えばその通りな男子部員なのだけれど、やや優柔不断で勝負弱いところもふんだんに見せてくれるキャラでもある。「世話焼きなお姉さん役とか妹役がおらんとあかん人やねん」とは夏実のセリフ。が、その手の部員は今年のペットにおらず、今いち相性が良くない三年の女子と、子分格の男子どもがパートメンバーを固めている。「生まれてくる年度を間違えたのよ」とは夢子の言。

 アンニュイな気分でちょっと情けないペットソロの練習を聞いていると、不意に女性が、何かを問いかけるような視線を早苗に向けてよこした。

「え?」

 いいの? と尋ねているような目だ。いや、もちろん良くはない。けれども。

「いや、その……私に、何とかしろ、と?」

 こくこくと頷く女性。ちょっと目がマジだ。ええええーっと声を上げたくなるのは押し隠して、早苗は弱り顔で眉根を寄せてみせた。

「いや、でも、私なんかが、その」

「あなたしかできないと思う」

 不意にこぼれたセリフは、でも言われてみるとしごくごもっともな気がした。吾郎があんなだから、今この部には金管の演奏法に関してはっきりした意見が言える人間がいないのだ。時折、金管の先輩たちがやってきては、それなりのアドバイスを残していってるようだが、少なくとも原西の音に劇的な変化はなく、吾郎の方でも手を出しかねている状況らしい。

 はっきり言って、原西がダメな理由は早苗の目からだと一目瞭然だ。なぜ誰もその欠陥を指摘しないのかと苛立たしく思うほどに。でも、二年生で転校生の自分が横から意見するのも、色々とまずいだろうと自制が働いて、これまでそのことは夢子たちにすら言っていない。

 ほら、と、促すようにもう一度女性が早苗に頷きかけた。どうなっても知りませんよ、という顔で女性を睨むと、大丈夫、というように微笑みを返してくる。まあ、家が学校の近くにあるんなら、無様なペットの音に毎日苛ついていたのかも知れない。それはそれで申し訳ない、と思って、理科室を引き上げてそのまま音楽室へ階段を上っていく。女性はついて来なかった。

 三階手前の踊り場では、なおもカンカンとビートを刻んでいるパーカスの面々が、一斉に早苗へガンを飛ばしてきた。心当たりはないけれど、先方には先方の事情があるんだろう。そのまま通り過ぎようとしたら、いい体格の女子部員が、

「いつまで練習してんのよ」

と嫌味を投げてよこした。

 名前だけ辛うじて憶えている相手だ。猪阪いのさか輝未てるみ、二年生。確か隣のクラスだったはず。

 自分らは棚に上げて、何ケンカ売ってんの――などと口にするのも面倒なので、物憂げな瞳でじいっと相手を見返してやる。ゴムまりっぽい体格の輝未は、それだけでなにか気味悪くなったようで、戸惑ったように口ごもる。横にいた一年生も、勝手にびびった気分になったのか、先輩の夏服の肩口を引っ張って止めに入った。

 どうも、部員たちの暗黙の合意に反して早苗が色々調べて回ってることが、この頃ではイッタンモメン並の尾ひれをつけて悪意混じりに解釈されているらしい。すでにして早苗本体は全身に呪いが回っている、とでも見立てられているんだろうか。

 まあこれはこれで便利かも、とも思ったんで、ひそかに唇を皮肉の形に歪めつつ、打楽器の連中を振り切って廊下を進み、音楽室の扉を開ける。

 一人だけで音楽室を占拠している原西の、「風追歌」の腰砕けなソロが早苗の鼓膜を直撃した。ミ、ラーと高音に伸び上がるパッセージで、どうしてもつまづいてしまうようだ。全開した窓の彼方の山並みにベルを向け、シルエットだけはかっこよく、原西は不毛なフレーズ練習を繰り返していた。

 ――こんなんじゃ、ミスる練習をしてるのと同じだよ。

 いらっときた早苗は、話しかける段取りも何もかもうっちゃって、気分丸出しで声を掛けてしまった。

「ねえっ!」

 びくっと原西の肩が震えて、まんまるになった目が早苗を振り返る。至近距離に他の部員が立っているとは思わなかったんだろう。でも、単にびっくりしただけの目は、すぐにはっきりと怯えの色をにじませ始めた。

「な、何?」

 日頃横着な物言いなのに、声まで弱腰だ。何か触れてはいけないものを身近にした人間のように。こいつもか、とつい苦々しさが顔に出てしまう。

「いえ、あの……原西先輩。もし気に触ったら申し訳ないんですけど……音を上げる時に首、伸ばしてません?」

 早苗のセリフが頭に染み込むまでにしばらくかかったようだ。たっぷり運動会用ファンファーレ一回分の時間が経過してから、ようやく原西は、ああ、と頷いた。

「首? 言われてみりゃ、そうかもしんねえけど、それで?」

 早苗がきちんと敬語で話しかけてきてるのに安心したからか、微妙に横柄な口調に戻りつつ、原西が疑わしそうに早苗を見た。

「それ、逆にしてみてくれませんか? 心持ち高音であごを引くぐらいに」

 一瞬、興味を惹かれて前向きに応じそうに見えた原西は、けれどもすぐに思い直したように動きを止め、さっきよりも警戒したような表情で黙り込んでしまう。

 食いつきの悪さに早苗はいささか面食らったけれど、こんなところで話を止めるわけにはいかない。

「ちょっと、吹いてみてください」

 そう重ねて口にしても、原西はまだ動かない。え、いや、と目を泳がせてから、いかにも不用意という感じで、妙なセリフを漏らしてしまう。

「そ、それって、まさか……その、〝呪い〟が――」

「はあ?」

「い、いや、何でもない……」

 見ると、原西の顔つきは、やはり明らかに早苗をクトゥルフの魔物の眷属か何かと同一視してるのが丸わかりで、とても演奏技術の話をするどころじゃない。なにかこう、本能的に身を引いてしまうような何かを、勝手に感じ取っているようだ。

 さすがに早苗は考え込んだ。さっきの猪阪輝未を蹴散らした時は面白半分だったけれど、三年の先輩にまでここまで距離を置かれるというのは……いや、この原西が人一倍精神年齢が低いのかも知れないけど……。

 しばし知恵を巡らせてから、早苗は音楽室の奥の扉を開けた。準備室の手前にある書棚から、心覚えのあるムックを取り出し、ページを開きながら原西のもとに戻ってくる。

「吹奏楽のお悩み Q&A」というタイトルの本だ。演奏に関する悪い癖の直し方なんかにも、ふんだんにページが割いてある。

「ほら、先輩、ここ見てください。私が言ってるのと同じこと、書いてるでしょ?」

 突然イラスト入りの音楽記事を突きつけられて、戸惑ったように本と早苗を見比べる原西。

「ここ。高い音で顔を上向きにするとか、首を伸ばすとかの症状。先輩の動きとおんなじじゃないですか」

「……ほんとだ」

「そういう動きをしたら、喉が閉まるから、却って音が出しにくくなるはずなんです。出しにくい動きが癖になってるから、高音でコケるんです」

「…………」

「私の言ってること、わかります?」

「…………ああ」

 演奏法の本という権威を盾にする形で、どうやら早苗は言い分を理解してもらえそうだった。安堵と嬉しさで、つい柔らかい笑みがこぼれた。

「じゃあ、さっきのソロのところ、ちょっと聞かせてください」

 本を横から差し出している姿勢だったせいで、顔同士は息がかかるほどの距離だった。原西が急にどきっとした表情になる。微妙に顔が赤らんでいた。ん? と早苗が首を傾げると、慌てて横を向いて楽器を構える。

 ヘンな反応の意味がわからなくて、しばらく目をすがめていると、唐突に夏実の原西評が頭の中でリフレーンした。

 ――あの人なあ、世話焼きのお姉ちゃん役とか妹役がそばについてんと、あかんタイプやねん。

(妹……役?)

 妙にたどたどしいフレーズを聞きながら、早苗はいきなり怖気が背中を駆け上がるのを自覚した。さすがにそれが〝呪い〟などとは全く無関係なことは分かっていたけれど。


     ◆◆◆


 三十分ほどの特訓で、原西のソロは見違えるほど伸びやかになり、ミスもほとんど出なくなった。思いもよらなかった急成長に、本人は嬉しさを隠しきれないようで、早苗ともだいぶん打ち解けた話し方になっている。というか、もはや馴れ馴れしい。

「いやー、いい練習だったぜ。もう成功率百パーじゃね? まー俺が本気出しゃ、こんなもんだけどな」

 正確さと安定さが増したのはその通りだけれど、姿勢が正しければこの境地には二年前にたどり着けたはずなのだ。その回り道を悔いる気分にはならないのだろうか。もっとも、この楽天性があってこその1stトランペッターではある。

 時刻は一時を回っている。特訓中、何人かもの珍しそうに顔を覗かせた部員がいたけれど、どうやら一人残らず帰ってしまったらしい。パーカスの音もいつの間にか止んでいた。これ以上音楽室にいたら、そろそろ誰か先生が怒鳴り込んでくるかも知れない。さっさとこの人追い払って、準備室でガサ入れやりたいんだけど。

「にしても、椎路がこんなに優秀なトレーナーたぁ思わんかった。能あるトンビは油揚げってか?」

 そう言ってカカカと笑う。え、今のギャグのつもり? それとも正しい日本語のつもり?

 困った。このままフラグが立ち続けたらどうしよう? ただでさえお調子者なのに。悪い人じゃないんだろうけど――。

「なんか、お前が〝呪いの芯〟だって話聞いたけど、ヘンな噂はこれでチャラだろ。どうだ、明日からずっとペットと組むってのは? 俺がバックについてりゃ、お前も気楽になれるんじゃねーか? 他の奴らも教えてやってくれりゃ――」

「ちょっと待って。え? 呪いの……シン?」

「そう。中心の芯。聞いてなかったか? まあ面と向かって言える度胸のあるやつぁ――」

「それ何なんです?」

「いや、詳しくは知らねえけど、まあ呪いの震源地、みたいなもんじゃねえかな?」

「震源地だったら、何がどうなるんですか?」

「え、だから詳しくは知らねえけど……色々起きるんじゃね? 本人か、近くの誰かがケガするとか、ヘンな物音が聞こえたりとか、人影が映ったりとか」

 一瞬で、いくつもの感情が早苗の中に溢れかえった。憤り、不服、困惑、恐れ、疑念、etc、etc。

 そんな話、夏実叔母との話でも全然出てこなかった。分かってる。たぶん、生徒の間での噂話が色々発展して、そんなバケモノじみた解釈が出来上がっていったんだろう。なるほど、部員のあちこちから妖怪のような目を向けられるわけだ。「風追歌」の伝説は、今なお発展途上ということか。

 でも、これはチャンスだ、とも思った。魔物扱いはともかく、今日、いまのこの妙な空気をとっぱらうには、それだけの材料、実に重畳――。

「でも、そんなこと、無責任な奴らが面白おかしくほざいてるだけ……椎路?」

「先輩、それ、半分当たってるかも知れません」

「え、どゆこと?」

「私、実は少しですけど、霊感みたいなのもあって。ほとんど誰にも言ってないんですけど」

「そ……そうなの、か」

 もちろん大嘘である。が、この相手になら大丈夫、という確信があった。確信が持てる時は、演技にも磨きがかかる。抑えた口調とやや伏せ気味の顔の角度で、早苗はつまらないことでも語るように〝打ち明け話〟を続けた。

「聞こえたり、見えたりって、割とあるんですよね……ここの練習の時でも、たまに」

「そそそ、そうなん、だ……」

「あれ? そう言えば、もうみんな帰ったんですよね? 私たちだけ、ですよね?」

「あ、多分そのはず……だけど……椎路?」

「いえ、ついさっきも……十分ほど前ですけど、なんか声が聞こえたなあって。なんか、『来る』『もうすぐ、来る』みたいなことを誰かが。でもそれから準備室にも誰も出入りしてないみたいだし、部員じゃ……なかったのか……それとも」

「…………」

「……人じゃ、なかったの、かな?」

 表情を消して原西を振り返る。楓谷の愛すべきエーストランペッターは、ほとんど泣き笑いの顔だった。

「お、おいっ! 先輩をからかうんじゃねーぞっ!」

「いえ、変なこと言ってすみません。やっぱりわざわざ口にすることじゃないですよね……。あ、私、ちょっとだけ楽器の手入れしなきゃならないんですけど、先輩はまだ練習――」

「あ、もうこんな時間かっ。まずいなっ。明日の理科と保健、俺ヤバイんだっ。すまん、椎路、先帰るわ!」

「はい。お疲れ様でーす」

 ひらひらと手を振って原西を見送り、にぃーっと笑う。うん、完璧。

 原西の足音が遠くに消え去ったのを確認して、さて、と楽器ケースを持ち上げる。途端に、どこかで何かが落ちたような微かな音がした。びくっと周りを見回す。耳を澄ませても、それから何の物音もしない。

 急にさっき自分自身が語った即席怪談が脳裏に甦る。「『来る』『もうすぐ、来る』みたいなことを誰かが」。

「来るって何が?」と訊かれたら、もちろんこう返すつもりだった。

 ――何がって……呪いが、じゃないんですか?

 なんだか手が震えてきた。どこにもないはずの怪談を脳内再生して勝手に怖がってって、何やってんだ、あたし、と一人ツッコミをやっても、ぜんぜん効かない。涙目になりそうだ。


 早苗が勇気を出して準備室の奥へと足を進めるまで、結局行進曲一曲分ほどのチャージタイムが必要だった。


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