最ッ低のMC

 結論から言うと。

 あたしはいきなり、初手のケンタウロスおじさんたちにころされた。


 なんだこれは。


 耳に気持ちいいリズム、気持ちいいライム、気持ちいい歌い方フロー

 なのにありえないぐらい文章が成立していて、盛られまくったメッセージ性。

 何度もリピート再生してしゃぶりついた。


 翌日、次の一枚を聴く。


 なんだこれは。


 職質を受けて焦るおっさん。合コンに行って浮気するおっさん。

 泥酔でいすいしたまま気づかずオカマと寝るおっさん。競馬で一発逆転を狙うおっさん。

 登場人物が全員終わってるカス人間の食べ放題ビュッフェみたいなリリックなのに、

 軽快なリズムとおちゃらけたフローにせられていつの間にか曲名を口ずさむ。

 かと思えば別の曲ではがっつりオラついたり、急にひらりと梯子はしごを外したりする。

 めちゃくちゃかっこいい。

 てかこれあの時のビートだし、Jewelあいつめちゃくちゃ露骨に引用サンプリングしてんじゃねーか。


 授業が終わると即家に帰り、音源を聴く日々。

 借りた4枚のCDはとっくに聴き終え、ネットやサブスク、ストアで曲を掘り漁ディグる。


 ド直球真っ正面の、少年漫画みたいな熱さに打たれてグラグラくる。

 ちょっと毛色の違ったひねくれ者の、性格悪すぎる悪口ディスに爆笑する。

 同じ国ニッポンに住んでるとは思えない、ダークな世界観におもわず痺れる。

 ガチの反社っぽい逸話エピソードとかもあって、ヒエ~ッってなったりする。

 いろんな曲で使われる共通の殺し文句パンチラインに気づいてニヤっとする。

 ラッパー同士につながりがある。良い仲も、悪い仲も、仲直なかなおりや仲違なかたがいもある。


 すっかり中毒者ジャンキーみたいにラップ漬けになった頃、心美ここみからメッセージが届いた。


【CD聴いた?】


 そりゃあ聴いてるよ。今もうそこじゃないよ。若干めんどくさくなって短く打ち返す。


【聴いたよ】


 一瞬で既読がつき、すぐさま返信がくる。


【なんか掴めたか?】


 そういえば――当初の目的をやっと思い出す。

 あたしになくて、Jewelジュエルにあるものを探ること。

 心美の言うとおりなら、今ならなにか分かるのかもしれない。


 イヤフォンを耳から外し、『詩合うたあわせ』翌日に送られてきた動画を再生する。


 先攻・Jewel。

 後攻・女媧じょかことあたし。


 スクラッチ音——『    おれがくるっ』

 一旦ストップ。駄目だ、思わず笑いがこみ上げる。


 あいつ、教室クラスの時と声違いすぎだろ。ラップすると骨格とか声帯が変形するのか?


 気を取り直して、もう一回。

 あたしとJewelじゃなく、知らない誰かと誰かのバトルのように聴かなくては。



※※※



「宇多丸 MACCHO 輪入道 般若 おれが狂ったのはやつらのせいだ

 よく来たな 挑戦者 この現場はあーしが当然勝つ

 I’m ラッパー 証明するイズム 詩和うたわレペゼン 世界があたしに気づく

 美学磨く言葉のコロシアム 玉座に刻む ジェイのイニシャル」



「その程度のスキルでよくも言えるな『狂った』 チャンピオン? 期待して損した

 典型的自己紹介ラッパー 死んでるクラゲ 韻で踏むだけ

 てか自己紹介してるくせに芯ブレブレじゃん 『おれ』とか『あたし』とか『あーし』とかはっきりさせて

 自我分裂症 裸の女王 お前が行くのは墓場の方向」



「ごめんね 自己紹介ラップで 王者はそれすらえるんだわ

 犬と弱者はよう吠えるってか でもいいよ その殺気 バッチバチにやろうよ

 わたしは拒否せんその殺気 でもJewelジュエルの前じゃただのバッピ

 かませ犬 マルセイユ くるくる自分の尻尾を追いかけて回るマユゲ犬 ハハッ」



「——『ハハッ』じゃねえんだわ バースはみ出すな そういうとこ

 かませ犬にマルセイユ? こいつはただ余裕ぶって平気なふりをしている

 対話になってない しゃらくさい アバズレ スッカスカの鳩サブレ

 伸びきったこいつの天狗の鼻 ぶち折ってここで年貢を払わす」



「そんなに対話がしたけりゃ先攻取ってそっちがなんか言えば?

 後攻取っておいて『待ち』の姿勢 こっちは別になんも言いたいこととかないわ

 てかスッカスカとか言うけどお前こそどういうやつなのか全ッ然輪郭がブッレブレじゃん

 きみ三戦も何をやってたの? ツラがそこそこ以外に個性がないないない」



「『おれ』とか『あたし』とか『あーし』とか『Jewel』とかキャラがブレてるやつに言われたくねんだよクソが

 てかこの期に及んで先攻後攻? 程度低いこと言ってるんじゃねえぞ

 あざとくてキモい自己肯定感 猿山でいばる自称皇帝さん

 鏡に向かってラップしてるだけ 妄想くん アリス症候群」



「お前からすりゃ 猿が真似事? 所詮はだれもが 毛のないケモノ

『おれ』でも『あたし』でもなんでも良んだよ ただの言葉だから真に受けんな

 本物のラッパー 芯はブレない Jewelでもクソでもなんでもいいよ好きに呼べば?

 あたしはナントカ症候群じゃない 心撃ちぬく黄金銃」



「じゃあ遠慮なくクソって呼ぶからな オイ クソ女 クソ女 クソアマ

 黄金銃だかアイウォンチューだか 言ってる頭に剛速球

 ぶつける 脳卒中 救急車で運ばれる 死亡確率上昇中

 拝ませてやる 賽の河原 眼中ねえんだよ 最初さいしょっから」



※※※



「……は?」


 愕然とした。


 自分で言うのもなんだけど韻は踏めている――ほとんど仕込みネタだけど。

 フローも大差はない。攻めっもある。そこらへんの問題じゃない。


 よくある言い回しでいうなら――中身がない。


 この、なんの主義イズムもなく、薄っぺらく、揚げ足とって、

 じゃくパンみたいなディスを永遠にこすり倒しているwackクソMCが、あたし?


 べつにずっと攻撃だけしてちゃダメってわけじゃない。

 グツグツに煮えたぎった積年の恨みをぶちまけるとか。

 相手をおちょくって、いじり倒して、やりたい放題するとか。

 そういうラッパーにも、人をきつける魅力がある。

 明白な主張テーマを持っていても、一戦だけじゃそれが見えないこともある。


 けれど、あたしがやってるのは根本的に違う。自分のことだから、尚更にそれがわかる。


 あたしは、自分をかっこいいと思いながらラップしていない。


 何も背負っていないし、底抜けに自由でもない。

 平凡な家庭でこれといって山なく谷なく生きてきた、

 他人の悪口を言うと脳みそがジュワっととろけて気持ちよくなるからバトルに参加しただけの、

 普通の女子高生だ。


 一瞬の快楽に身をゆだねるまま、相手を否定しつくして。

 それで勝ったとしてもその場に残るのは空っぽの自分と、

 それ以下の存在として貶められた対戦相手の屍だけ。

 そんなことに、なんの意味がある?


 Jewelはずっと言っている――自分はかっこいい。自分は詩和女子学園ここの王者だと。

 その主張には曇りがない。


 バトルでも、楽曲でも、そうやってラッパーたちは叫び続ける。

 複雑に絡まった糸が織りなすHIPHOPの歴史絵巻。

 幾多の新星たちが現れては消える夜空シーンで、今この瞬間、己こそが輝ける一等星であることを。


 本質はそこにある。


『お前はダサい』という呪詛だけを吐き続けるためではない。

『自分はほかよりもかっこいい』と、そう証明するために口撃ディスがあるのだ。


「ぎゃあ”あ”あ”に”ぃゃあああああああ”あ”あ”あ”っ!!!!!」

 枕に顔をうずめて絶叫した。家に誰もいない時間なのが幸いだった。


 思い出す――負けに納得がいっていないことを、隠そうともしないdossドスの表情を。

 思い出す――判定負けしたあたしを見て、ざまあ見ろってふうに中指立てるMC ヨーを。

 思い出す――笑うでも怒るでもなく、ただ寂しそうにため息をつくハーツ――心美を。

 思い出す――興味がなさそうに目を伏せるJewelを。


 ああ、誤審だ。

 誤審だ誤審だ誤審だ誤審だ誤審だ誤審だ誤審だ誤審だ。


 三回どころか一回たりとも勝つべきではなかった。

 ラッキーパンチ。すべてが間違っていた。

 ちょっと前のめりなぽっと出の新人が四天王に挑んだとあれば、

 判官贔屓ほうがんびいきなんて当たり前だ。


 恥ずかしい。何も気づいていなかった自分が。

 恐ろしい。何かの間違いでJewelにまで勝ってたら、あやまちに気づかず天狗になっていた。


 自分が自分をかっこいいと思えるような根拠。

 生まれ持ったものでも、積み上げてきたものでも、受け継いだものでも。


 そんなもの何もない。

 だってあたしはいつだって、見えない何かに阻まれたときに、すぐに諦めてきたから。


 dossも、葉も、心美も、Jewelも。

 自分から人前に立つようなMCは、きっとみんなそれを持っているんだ。


 重厚で、クソ熱くて、ダークで、批判的で、逞しくて、視点高く、虚無的で、孤高で、

 軽快で、クールで、透き通ってて、優しくて、芸術的で、カスで、楽天的で、繋がっている。

 そんな世界を構成する一員なんだ。


 他人に誘われて、電灯に群がる蛾のごとくステージに登ったあたしのようなやつ以外は。


 寂しい。そこに入り込める気がまるでしない。

 悔しい。ずるい。ずるすぎる。


 心美もJewelもあたしと同い年タメのくせに。葉に至っては年下いちねんのくせに。


 ちくしょう、ちくしょう、ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう。


 涙でぐしゃぐしゃになった顔を拭う。机に向かう。ペンシルを握りしめる。

詩合うたあわせ』の日からずっと放っぽかれていた大学ノートリリック帳を開く。


 がりがりがりがりがりがりがりがり。

 思いつくままに弾丸バレットを書き溜める。


 あたしから見える世界をぶつけてやる。おまえらの強さを否定してやる。

 この怒りを、痛みを、思い知らせてやる。


 あいつら全員、あたしがぶち殺してやる。

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