勇者候補?

「おお、召喚に成功したぞ!」


 びしょ濡れのオレを見て、ローブを着た大人の男が叫ぶ。

 言葉の響きには、まったく覚えが無かった。英語とかフランス語とか、そういうのに近い気がするけど、全然ちがうような気もする。なのに不思議と、意味が伝わる。

「奇妙な装束。明らかに異世界よりの放浪者! 預言が叶いますぞ、女王陛下!」

「そうさな……確かにルスヴァースの者ではないようだが」

 ローブの男に答えるのは、オレから一番離れた場所に立つ、鎧の騎士を従えた女性。

 女王陛下と呼ばれていたから、かなり偉い人なんだろう。

 ルスヴァースっていうのは、なんなんだろうか?

『この世界か、国の名前じゃないです? 文脈的に』

 頭の中の声が言う。こいつの言う事は信用できないけど、その可能性が高いか。

「しかし童だな。お主、名は何という」

「オレですか? ……ええと、真辺秀悟です。姓がマナベで、名前がシュウゴ」

 十二歳ですと名乗ると、女王は「若いな」と言って眉をひそめた。

 子どもだと都合が悪いんだろうか。

 オレはオレの都合で「異世界に行く方法」を試したけれど、こっちの人たちはこっちの人たちで、何かの理由で異世界人を「召喚」したらしいし。

「悩ましいな。預言に齢の記述は無かったのだから、マナベが勇者である可能性もある」

『聞きましたシュウゴ君、勇者ですって! 剣と盾持って魔王とかと戦うアレですよ!』

 女王の言葉に、声は『似合いませんね』と頭の中で大爆笑する。

 いやそりゃ、ふつうに生きてた十二歳の子どもが勇者とか、無理な話だけどさ。

(にしても、勇者って)

 オレはネットで見た「異世界に行く方法」を試して、六回目で何とか成功した。

 ネットには行先の世界について書かれてなかったから、色々と想像はしたんだけど。

(まさか召喚とか勇者とかがあるファンタジーっぽい世界とは……)

 ああいう方法で行けるのって、もうちょっと近い世界じゃないの?

 なにかの常識が一つだけちがうパラレルワールドとか、現実世界の裏側とか。

 そういう現代日本と隣り合わせの異世界かなと思ってたんだけど。

『だから言ったじゃないですかァ~。何処に繋がるか分からないって』

 どうするんです、と声が訊く。

 どうするもこうするもない。オレの目的は、最初っから一つだ。


「女王様、ひとつ聴きたい事があるんですけど」

「うん? 良い、質問を許すぞマナベ」


 オレが問いかけると、女王様は自信たっぷりにうなづいた。

 すごく偉そうな女王だけど、話はしてくれるらしい。オレは安心して、一番大事な質問を女王様にぶつけた。


「オレは姉を探しています。この世界に、真辺澪という女性はいませんか」

「……マナベ、レイ。知らんな。そも、お前の世界の人間がこちらにいるのか?」

「分かりません。少なくとも、オレの世界のどこにも姉さんはいなかった」


 オレの姉、真辺澪は行方不明になっていた。

 それもただ消えたのではない。車に轢かれそうになっていたオレを助けて、はねられて……それっきり、姿を消してしまったのだ。

 車のレコーダーには、姉の姿が映っていた。車体にも凹みがあって、事故の目撃者もいる。だけど激突の後、姉の姿を誰も、誰一人、見ていない。


 オレは元の世界で、必死に姉さんを探し続けた。

 だけど、いない。だったらもしかして、姉さんは違う世界にいるのかもしれない。

 そう思って、調べた怪しいオカルト知識から、こうして異世界までやってきたのだけど。

(また「知らない」か)

 この言葉を、オレは何百回聞いたんだろう。

『期待外れでしたねェ、シュウゴ君。気を落とさないで下さいね』

 声はわざとらしい調子でオレをなぐさめる。

 本心じゃないのは分かっていた。この声は、いつでもオレに本当の事を教えない。


「……あのぅ……」


 オレが心の中でため息を吐いていると、ひかえめな声と共に手を挙げる者がいた。

 銀色の髪と、白い布地の多い服を着た、オレと同じくらいの年頃の女の子。

(子どもいたんだ)

 周りは大人ばっかりだと思ってたのに。

 ルビーみたいにキレイな目をしたその子は、オレの肩の辺りをちらちら見ながら、女王様に発言の許可を求める。

「なんだ、遠慮せず申してみよユアリ」

「はい。その、さっきからその勇者様から、別の方の声が聴こえるんですが……」

『あっ』

「えっ」

「別の声?」

 戸惑うオレとオレの頭の中の声。

 女王様は眉を寄せ、ユアリと呼んだ女の子に、詳しく言えと命ずる。

「女王様には聴こえませんか。魔導士の方々も?」

「聴こえん。マナベの声は加護にて翻訳されているが、その影響ではないのか」

 女王様は問い返す。

 オレが女王様たちの言葉を分かるのには、何か理由があるらしい。

 でも問題はそこじゃない。あのユアリという子には、オレの頭に響く声が聴こえるんだ。

『あららァ。感受性豊かですねェ。苦手なオーラ放ってらっしゃいますけど!』

「ほらまた! 聴こえました! 軽薄そうな声が!」

「分かる。胡散臭い声質だよな」

『えーッ、シュウゴ君ヒドイです!』

「待て待てユアリ。お主らだけで話を進めるな。つまり、どういうことだ?」

 深く息を吐いて、女王様がユアリに説明を求めた。

 その時になって、初めてオレは「マズいかも」と思い至る。

 こいつの声が聴こえるって事は、こいつの存在を感じ取ってるってことだ。


「はい女王様。この勇者様、有り得ないくらい呪われていますっ!」


 ユアリは、胸を張って女王に報告した。

 ……そう、オレは呪われている。この声の主と、その他大勢の怪奇に。


『アハハァ~ッ! バレちゃいましたよシュウゴ君! という事は次の展開はッ!』

「呪い、か。ならば致し方あるまい……異界人マナベを、牢に」


 というわけで。

 オレは牢屋に入れられる事になった。

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