第17話 再会①

(頭のおかしいラッパーを撒こうとしたらこんなことになるなんて)


 ウィルは平和ボケしてたんだなと自身の甘さを痛感していた。


「分かった。渡す、渡すよ」


 左手に嵌めている指輪を外して右手の中に入れる。

 スーツの男は銃口をウィルの右手に向けた後、踊り場の床に向けた。地面に置けと暗に指示しているようだ。

 ウィルは恐る恐るしゃがんで五つの指輪を置く。


(確か携帯はポケットの中)


 ズボンの左ポケットに入っている携帯を意識し、立ち上がろうとすると――、


 バンッ!


 銃声が響く。


「うっ……ぁ!」


 ウィルは左手からは血が滴る。彼は指輪に相手の視線を誘導させて左手でポケットにあるスマホに触れようしたのだ。それを察知したスーツの男は発砲し、弾がウィルの手を掠めた。


「坊主、下手な動きはよせ。これでも俺はプロなんだ。ポケットにある携帯を触ろうとしたぐらい分かるんだよ」


「ぐっ……ぅ」


 ウィルは声にならない声を出し、左手を右手で握ってうずくまった。


(死ぬ! 殺される!)


 ウィルの思考は恐怖で支配される。


「ひぃ! 血は嫌だよう!」


 意外にもブリシュは目の前の光景にドン引きしていた。「あわわわ」と頭を抱えてしゃがんだ。

 スーツの男は悶絶しているウィルに近づいて傍に落ちている指輪を一つ拾うと、


「おいおい! おいおいおい! これはフィユドレー家の紋章じゃないか」


 まじまじと指輪を見つめて興奮していた。


「これはどこで手に入れたんだ?」

「っ!」


 ウィルは顔を歪ませながらも相対する男を見上げると額に銃を突きつけられた。蛇に睨まれた蛙のように動くことが出来ない。少しでも動けば撃たれるかもしれないという恐怖があるからだ。


(せめて最後にあの子と会いたかった。今じゃ、幻とさえ思えるけど僕は精霊と会ったんだ)


 目を瞑ったウィルの脳裏に過ぎるのは人型の精霊――翡翠色の髪と瞳を持つ少女と会った日の記憶。そして最後に交わした会話。


「名前教えてよ!」


 ウィルは少女に言う。


「名前ないの」

「えっ! なんで?」

「無いものはないの。だからうぃる君が付けてよ! お願い!」

「うーん、今すぐには思いつかないや」

「じゃあ次会った時に教えて! 絶対だよ!」


 と少女は微笑んでいた。その後、ウィルと少女は別れて二度と会うことはなかったはずだが、


「ウィル君! 起きて起きて!」


 少女と似たような声が聞こえてきた。


(あれ? 幻聴かな? 一昔前に流行ってた電波系男子って本物だったんだ)


 そんなことを考えていた。


「私の名前付けてくれるんでしょ? 教えて」

「名前……」

 

 ウィルが目を開くとさっきまでの光景と打って変わって真っ白な世界だった。夢心地で自分はもう死んだのかと錯覚しそうになっていたが、目の前にいる人物を見ると思考が麻痺した。


「君は」


 向かい合っている相手は翡翠色の髪と眼を持った少女でセミロングの毛先がぴょんと跳ねていた。服装は白と緑を基調としたワンピースで大きな襟が付いており、その襟の間にリボンが結んであった。

 彼女は同世代と比べて身長が低いウィルの肩よりさらに低い程度の身長だが、昔出会った少女を成長させたような容姿だった。


「そうだ名前」


 状況が飲み込めず思考は停止しかけてるものの言いたいことを言おうとしたウィルは口を紡ぐ。


「君と初めて話した日、帰って家で本を読んだんだ。でも精霊ってもう昔の存在だから抽象的なことしか書いてなくて凄く悩んでて」


 ウィルが喋っていると少女は微笑み、彼もまた口が綻ぶ。


「本によると大気の精霊の名前が『エアリエル』って言うらしいんだ。初めて会った時、君はまだ小さな光で宙に浮かんでたから合ってるなって思ったんだ。ただそのままだと芸がないから『リエル』。君の名前はリエルだ」

「えへへ、可愛い名前ありがと」


 少女――リエルは面映い表情になる。


 目の前の少女を見つめるウィルだったが、


「……あれ、てか、ここどこ? ちょっと待って、もしかして死んじゃった?」


 途端に冷静になったのか急に慌て出した。


「行こっウィル君」


 リエルは手を差し出す。


「え、う、うん。今から天国に行くのかな?」


 ウィルは差し出された手を掴むと、視界が暗転する。

 そして、銃口を額に突きつけられてるという絶体絶命の場面に戻った。

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