第15話 高台の公園

 黄昏時。ベルリックと別れ自宅の近くまできたウィル。


(僕がフィユドレー家の生き残りという証拠がない限り似てるなっていう話だけで終わるはずだ)


 彼は先程のやり取りを思い出しながら横断歩道で信号が赤になるのを待っていると。

 向かい側の歩道でラジカセを左肩に担いで踊っている人がいた。その人物は帽子を深く被ってオレンジ色の服を着ていた。ラジカセから流れるポップな音楽に合わせてステップを踏んでいるようだ。


(ラジカセ久々に見た気がする)


とウィルは思いつつ、信号が青になったので横断歩道を渡った。


「お前、冴えない顔してるよう!」


 男は野良猫に向かってそんなことを言っていた。


(猫に何言ってんだよ)


 ウィルが男の横を通り過ぎると。


「ヘイ! 兄ちゃん! お前も冴えない顔だよう!」


 男はウィルの背中に人差し指を向けて言う。


(失礼過ぎる……とりあえず無視しよう)

 ウィルは早歩きし始めた。


「競争かよう! いいぜやってやるぜ。ほらこれやるよう」


 そう言って男は野良猫にラジカセをあげて、彼もまた早歩きを始めた。


 ウィルは自宅が近いので男を撒くことにした。

 家と家の間にある路地を通り入り組んだ道に入る。土地勘があるので別れ道に差し当たる場所を選ぶ。

 歩いて歩いて歩きまくる。


――二時間後。日は完全に暮れた。


「はぁ……はぁ……」


 膝に手をついて息を乱すウィル。ここは住宅街の高台にある公園。ブランコ、ジャングルジム、砂場、街灯、公衆トイレなど設置されている。


「楽しかったよう! 鬼ごっこぉ!」


 公園の入り口から現れる男。


「ど、どんだけしつこいんだよ。今から通報させてもらう」


 手に負えないのでウィルはポケットからスマホを取り出そうとすると。


「そのリュックに入ってる魔法物マジックアイテム渡せよう!」

「! ……な、なんのことやら」


 冷や汗を垂らすウィル。


「これのおかげで分かるよう!」


 男は懐から金属製のアミュレットを取り出す。


「それは……」


 目を丸くする青年。

 男の出したアミュレットは公安委員会が所持している魔法物マジックアイテムの一つで魔法物マジックアイテムを探知するのに使われるものだとウィルは知っていた。

 ただ、数に限りがあり厳重に保管されてる物がなんで目の前の男が持っているか分からない。


「これが何か分かるのかよう、やっぱ兄ちゃん只者じゃねぇよう」


 男は帽子を取る。

 赤髪のトレッドヘア。目の下にほくろ。その他諸々、どこかで聞いたことある特徴だった。


「君は確か……!」


 ウィルは街頭モニターで見ていたニュースを思い出す。


『――容疑者の名前はブリシュ・ナイガ』


 相手の名を思い出した後ウィルは息を呑み――、


「脱走犯」


 と呟く。


「頂戴よぉ! 魔法物マジックアイテム! そうすれば見逃してやるよう!」

「分かった、分かったから」


 ウィルは素早くしゃがんで下ろしたリュックを開けて中を弄る。触れたのは木箱。


(これは戦地から生き延びるために一族から託された物だ。簡単に渡せるようなものじゃないけど……命が懸かってる)


 リュックの中で木箱を開ける。中には黒い指輪が五つあり、全てにフィユドレー家の紋章――オリーブの枝葉が刻まれている。

 

 ウィルは指輪を見て逡巡する。この紋章は世界的に知れ渡っており、フィユドレー家と繋がりがあることがばれるとまずい。仮に世間にばれると今のような生活には戻れないだろう。クルーナやベルリックのように学校には通えるがある程度の自由はなくなる。


 また、たった一人で名家の家紋を背負って政治闘争と改革に巻き込まれては一溜まりもない。だが死んでしまっては元も子もない。


(ここで指輪を渡しても見逃してもらえる保証はない。だけど戦ったところでこの指輪に込められた魔法には殺傷能力はない……逃げるが上策だ!)


 ウィル指輪を左手の五本の指にそれぞれはめる。


「早くしろよう!」

「『スモーク』」

「うおっ!」


 ウィルは人差し指の指輪に込められた魔法を発動させ、辺り一面に煙を撒き散らす。一〇年前、戦地から逃れる際に使っていたため指輪の魔力はなくなりただの装飾品と化した。


 青年は煙の中を走って住宅街に戻ろうとする。


「『さ、サーチ!』」


 一方、脱走犯ブリシュはアミュレットを使ってウィルが身に付けている魔法物マジックアイテムを探知しようとしていた。

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